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2014.12.30

『僕僕先生 零』 逆サイドから見た人と神仙の物語

 神話の時代、炎帝・黄帝・西王母の三神が育む天地に、異変が発生するようになっていた。この事態を解決するため、人間の姿に変えられた水の神・拠比と、彼の相棒の料理の仙人・僕僕は、全ての始原である「一」の破片探しを炎帝から命じられる。不自由な人間の体で旅する二人の前に待つものは……

 このブログでもこれまで欠かさず紹介してきた中華ファンタジー『僕僕先生』の、タイトル通りエピソードゼロに当たるのが、本作であります。

 本編の舞台となるのは唐代でありますが、しかしこれまでのシリーズの中でほのめかされてきたのは、この時代に至るまでの遙かな時間の中に、起きた数々の戦いと、その中で僕僕と関わってきた神仙たちの存在。
 いずれそれも語られるであろうと思っておりましたが、本作のように一種独立した形で、というのは少々意外かつ、大いに興味をそそられるところであります。

 そしてまず驚かされるのは、本作の主人公となるのが拠比――『先生の隠しごと』の中で、僕僕にとっては長年忘れ得ぬ男(ひと)であったあの拠比である点です。
 その時点で期待は非常に高まるのですが、さらに驚かされるのは、彼と対になる存在であり、冒険の旅の相棒となる僕僕が、拠比の食べるものを作るために生まれた料理仙人である、という設定であります。

 その過去については本編でわずかに触れられているところですが、『さびしい女神』においては、今の美少女の姿とはうって変わった恐るべき姿を見せた僕僕。
 しかし本作で描かれるのは、それらとはまた異なった――しかし紛れもなく僕僕だと納得させられる――彼女の存在であります。
(この辺り、本編との微妙なキャラクターの描き分けが見事)

 そしてユニークなのは、彼らが人間の姿形、そして人間の生理を与えられている点でしょう。
 本来は人とは全くかけ離れた姿と能力を持つ神仙たち。拠比自身もその一員として水を自在に操り、そして大剣を自在に振るう剣士として知られた存在であります。
 しかし今の彼は――そして相棒の僕僕は――炎帝のある意図により、人間の体に入れられているような状態。神仙としての力は相当に弱まり、そして何よりもすぐに「空腹」に悩まされる存在なのです。

 そして他の者は神仙・人間を問わず大喜びで食べる僕僕の料理を、彼のみはおいしいと思えない、という設定がまた面白いのですが……


 さて、そんなスタートの時点でエピソードゼロとしてはかなりポイントの高い本作でありますが、その物語の内容は、いかにも作者らしいスタイル――どこか暢気に旅する主人公たちが、天地の秩序・世界の再編を巡る争いに巻き込まれるという展開です。

 天地に住まうものを次々と創造を続ける炎帝、天地に秩序を与えようとする黄帝、そして彼らの間にあって作り出された存在を生み殖やす西王母――
 原初以来、三神の営みによって作り出されてきた天地に、あり得べからざる異変が生じたことが物語の発端。はその打開のために旅立つ拠比と僕僕ですが、彼らの旅する先では、人という新たな存在を生み出した黄帝が何やら不穏な動きを……

 そんな物語は、正直なところ、まだまだ本作の時点ではプロローグ、本編とは繋がるものの全く異なる(すなわち馴染みのない)、よりファンタジー色の強い世界設定の紹介編という印象はあります。

 しかし本作からは、シリーズ本編で、そして作者の作品の多くで描かれてきた人と人以外の存在の関係性の物語――そしてそれは人自身の存在を見つめ直すものでもあるのですが――を、裏側から描こうという試みが感じられるのであります。
 そしてそれは非常に新鮮で、そして魅力的に感じられるのです。


 エピソードゼロである以上、物語の帰結は、本編で断片的にせよ描かれたそれと異なるものではありますまい。それを思えば、燭陰や黄帝など、主人公二人以外に登場する面々も懐かしい……というより切ない気分にさせられるところであります。

 しかし、そこにあったものが果たして悲しみだけであったのか。それ以外の希望――今もなお僕僕の中にあり、彼女を動かしているであろうもの――もまた、必ずそこにあるのではないか。
 そんな期待を胸に、描かれざる物語の続きを待ちましょう。


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