『モンテ・クリスト』第3巻 第二の仇に挑む復讐者の根底にあるもの
伝奇エンターテイメントの金字塔たる『モンテ・クリスト伯』に、アクションと情念の迸りを繊細にして、叩きつけるようなタッチで新たな生命を与えてみせた熊谷カズヒロの『モンテ・クリスト』の第3巻であります。自分から全てを奪った仇敵への復讐劇は、ここに第二章に突入することになります。
悪意と裏切り、陰謀によって、幸福の絶頂から地獄へと叩き落とされ、数奇な運命の果てに超人モンテ・クリストへと生まれ変わった男、エドモン・ダンテス。
第2巻では三人の仇の最初の一人であるダングラール男爵を公開処刑に等しい形で叩き潰したモンテ・クリストですが、この巻で彼のターゲットとなるのは、第二の仇、マルセイユで検事総長にまで登りつめたヴィルフォールであります。
ダングラールが「財」に取り憑かれた男だとすれば、ヴィルフォールは「権」に取り憑かれた男と言うべきでしょうか――
かつてヴェルサイユ情報旅団の一員としてエドモン・ダンテスを陥れた際に謎の結社・永劫教会と繋がりを得たことをきっかけに、罪なき者を罪に落とす裁判の「シナリオ」を武器に法曹界でのし上がり、今は政界入りを目論む男であります。
モンテ・クリストは、そのシナリオライターとして、名と経歴を偽りヴィルフォールの懐に飛び込むのですが……
地方から都市部へ、企業家から法曹家と、舞台も敵も代わったこの巻は、復讐の仕込みの段階ということもあってか、前の巻とはだいぶムードも変わった、抑えめの印象。
しかし物語の方はもちろん、停滞や退屈などといったものとは全く無縁であることは言うまでもありません。
特に印象に残るのは、ヴィルフォールのキャラクターでありましょう。
「シナリオ」のリハーサルをはじめとする他者との前での、過剰なまでにハイテンションな、己の激情と虚栄心を存分にまぶした大人物めいた振る舞いを見せるヴィルフォール。
しかし一人の時には、自分を英雄に見立てた子供の落書きめいた物語を記したキャンパスを前に、架空の「友だち」であるぬいぐるみに語りかける様は、彼の病的な内面性を垣間見せてくれます。
以前から作者は、悪役の異常性の描写において印象的なものがありますが、ヴィルフォールのそれは、これまでにあまりないような、エロスの方面とは別の「厭らしさ」を感じさせてくれるのであります。
そして彼と対するモンテ・クリストもまた、単純なヒーローではありません。
この第3巻の冒頭でのマラソンバトル(作者一流の超作画によるアクション描写が冴える!)でも垣間見せたように、そして何よりも第2巻のラストで爆発させたように、超人たる――いや、過剰に「人」であるからこそなのかもしれませんが――彼もまた、暴力への衝動にとらわれ、暴走しかねぬものを抱えているのであります。
それは人間の最も古い感情の一つであろう「復讐心」を生きる原動力にする彼にとって、ある意味必然なのかもしれませんが――
しかしその一方で、少しずつ増えつつある彼の協力者たち(その中に、彼の伝奇……いや伝記作家として、かのアレクサンドル・デュマがいるのが実に楽しい)の存在と、彼らに向けるモンテ・クリストのまなざしを見れば、そこに一つの可能性も感じられるのですが……
まとまりがなくなってしまい恐縮ですが、こうしたキャラクター描写をはじめとして、キャラクターや用語の名前、ちょっとしたビジュアルといった物語の細部に至るまで、本作からは作者の入れ込みようと、それと背中合わせの一種の余裕が感じられるのです。
作者の作品のほとんどで、その基調を成してきたエロスとタナトス――それは、復讐という行為の根底にあるものであり、そしてそれ故にこそ、この題材と作者の方向性がこれほどまでにスイングしているのではないか……そんなことも考えさせられるのです。
物語の背後で少しずつ見え始めた――本作の基調を成すスチームパンク風味を色濃く持つ――「永劫教会」の企みが果たしてモンテ・クリストの復讐行に如何に絡むのか、そして最後の仇たるフェルナンがいかなる姿で現れるのか……
読者として楽しみにほかならないそれが描かれる日を、待ち、しかし希望いたしましょう。
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