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2015.01.31

『真田魂』連載開始 家族の物語と未知の世界の物語と

 この1月末より、WEBマンガサイト・ヤングアニマルDensiにおいて重野なおきの戦国四コマ漫画『真田魂』の連載が始まりました。言うまでもなく主役となるのは真田家――幸隆、昌幸、信幸、幸村ら真田一族の活躍が、作者一流のコミカルかつ丹念な筆で描かれております。

 信長×2、官兵衛、政宗ときて、これで作者の戦国四コマは5作目(『戦国雀王のぶながさん』を除く)。
 どの作品の主人公も、いずれも戦国時代の人気もの揃いですが、しかしその人気という点では、本作の主人公の一人である幸村も負けておりますまい。それだけに本作は満を持しての連載開始、という印象があります。

 その連載第一回は、真田幸隆が武田家に身を寄せて数年後の戸石城攻めから始まります。
 この戸石城攻めは、かの武田信玄(晴信)が惨敗した戸石城を、戦闘ではなく調略のみで陥落させてみせたという、真田一族の物語の開幕に相応しい逸話ですが、これを冒頭2ページで消化してしまいます。

 その後、幸隆の子・昌幸の結婚のエピソードが分量的には今回の中心として描かれるのは、一見奇妙に思われるかもしれませんが、しかし昌幸の「眼」の良さをギャグの原動力としてテンポよく進む物語の前には、そんなことはすぐに気にならなくなるのは間違いないところ。
 何よりも、昌幸と彼の妻となる山手の姿からは、何ともほほえましく暖かいものが伝わってくるのが嬉しいのであります。


 考えてみれば、本作は作者の戦国ものでは初めて、武将個人ではなく、一族が主人公となる作品。その血の繋がりで結ばれた者たちを描くのに、その根本とも言うべき結婚から始まるのは、むしろ当然かもしれません。

 そしてその先に描かれるのは、作者が得意とする夫婦の、家族のありようではないでしょうか。
 今回は二人の間に信幸・幸村ら子供が誕生ところで終わりましたが、それもまた象徴的と感じます。
(ちなみに昌幸の妻、信幸と幸村の母が宇多頼忠の娘ということは、あの人物とも因縁が生まれるわけで……その点も今から楽しみなところです)

 そしてもう一つ楽しみなのは、作品の舞台です。
 本作の舞台になるであろう関東甲信越はこれまでの作者の戦国ものでは描かれてこなかった未知の地域。それはとりもなおさず、未知の戦国武将たちが登場し、未知の戦が待っているということにほかならないのですから。


 家族の物語と、未知の世界の物語と――新たな切り口で描かれる重野戦国史、楽しみな作品がまた一つ、なのであります。

『真田魂』(重野なおき ヤングアニマルDensi連載)


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2015.01.30

『亀戸妖犬伝』 少女と犬神が「境」を駆ける

 亀戸村の蓮光寺で育ったお聡は、幼い頃から常人には見えないものを見る力を持っていた。そのお聡が幼い頃から一緒に育った黒犬の阿刀丸は、弘法大師の霊験によって人語を解する犬神。お聡と阿刀丸は、人外の者が次々と引き起こす事件解決に奔走するのだが、そこにはある因縁が……

 相変わらず元気な廣済堂モノノケ文庫、その中でも妖怪ものは定番となっている感がありますが、この『亀戸妖犬伝』もその一つ。妖怪と交流することができる少女・お聡と犬神・阿刀丸のコンビが妖怪・怨霊の引き起こす事件に挑む物語です。

 亀戸といえば梅の名所・亀戸天神で知られた土地、個人的にも馴染みの深い土地ですが、江戸時代の亀戸はギリギリ朱引の内、町と郷の境にある地であります。

 そんな土地だから……と言っては申し訳ありませんが、亀戸が舞台の一つとなる物語はあっても、亀戸がメインとなる物語はかなり珍しい印象。それだけでも本作のユニークさが感じられます。
 物語の方も、そんな地理的側面を活かした内容なのが本作の特徴でしょう。

 第1話でお聡と阿刀丸が挑むことになるのは、村娘を攫ったという大猪ですし、第2話に登場するのは「葛の葉」を地で行くような狐女房(志願の狐)。どちらも地方色豊かであり、登場するのも農民・庶民であります。

 その一方で、第3話以降は亀戸を発端に江戸の町の部分に繋がっていく物語であり、登場するのも商人、そして武士に……と、境の地にある亀戸ならではの展開と言えるでしょう。

 そして「境」にあるのは、亀戸という土地だけではありません。お聡の恩人である寺の住職・浄観も、実は武士であった過去を持つ人物。
 ある事件から若くして身分を捨て、仏道に入った彼は、しかし未だに過去と今の間で揺れる人物。物語の後半は、ある意味彼の物語と言える展開となるのですが、それは彼の中の「境」を描く物語とも言えるでしょう。


 こうした舞台・構造の面白さに加え、妖怪ものとして見ても、第3話の河童の扱いなどなかなかユニークであり、もちろん主人公コンビのやりとりも微笑ましい本作。
 そうした点は水準以上ではあるのですが、実は個人的には今ひとつ乗れなかった、というのが正直なところ。

 それは一つには、本作の地の文がト書き的で、どこか無味乾燥に感じられたという点があるのですが、妖怪小説として気になってしまったのは、妖怪や幽霊といったものが、あまりに便利な装置として使われているような印象がある点です。

 不可思議な現象はもちろんのこと、表には現れないような人の所業といったものの謎・秘密をいかに顕していくか、いかに描いていくかというのは、これは妖怪ものに留まらず物語の一つの醍醐味であります。

 本作はその点で、妖怪があっさりと核心の情報を持ってきたり、教えてくれたりすることが多すぎるため、その部分が薄味になっている印象は否めません。
(特に今は幽霊となったお聡の実の母は便利すぎる存在)

 そのために物語やキャラクターへの感情移入が削がれている印象があり……それは非常に勿体ないお話だと感じるのであります。
(ある意味それは、それ以外の部分がそれなりによく出来ているからこその印象なのかもしれませんが……)


『亀戸妖犬伝』(五十嵐ひろみ 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
亀戸妖犬伝 (廣済堂モノノケ文庫)

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2015.01.29

『猫鳴小路のおそろし屋』(その二) 得体の知れぬその店の秘密は

 風野真知雄の新シリーズ、『猫鳴小路のおそろし屋』の紹介の続きであります。第1話から第3話までで、江戸時代の骨董品店「おそろし屋」を舞台に語られた物語が、第4話で舞台とするのは……

 そう、本作をさらにユニークなものとしているのは、ラストの第4話のみ、時代が飛んで現代のおそろし屋が舞台に展開されることであります。
 初代のお縁から数えて四代目、銀座の古びたビルにひっそりと存在する店を継いだ若き店主が語るのは、日露戦争の最激戦地・二百三高地攻略戦を進言した参謀という経歴を持つ老軍人の軍刀にまつわる奇譚。

 老軍人の家の書生が目撃した数々の怪事と、奇妙な言動を繰り返す家の人々、そして軍刀に浮かんだ赤い染みのような跡――
 最後まで何が起きているかはっきりと見えない、曖昧模糊とした中で終わる物語は、なかなかによくできた時代怪談であると同時に、そこに見え隠れする作者の想いは、作者の初期の作品(特に『盗撮』シリーズ)に通じる批判精神を感じさせるのも実にいいのです。

 そしてこの第4話を含めて、本作の各話で描かれる奇譚は、いずれも老・病・死という、人がいずれも忌避する――そして決して避けることができない――ものを題材としているのも印象に残るところであります。
 作者独特の軽妙な、飄逸な文章で描かれるためにさまでの暗さを感じさせないものの(それはそれで短所でもあるのですが)、ここに描かれる物語はいずれも重く、そして切ないものであり……「過去」から「現在」に伝わる品物に込められたものとして、相応しく感じられるのです。


 ……が、冒頭で述べたように本作に得体の知れぬ印象を与えているのは、その構成と、最後に示されるものによります。

 連作スタイルで数話の短編エピソードを語り、そして一冊を通してそれを連ねる縦糸として、主人公にまつわる物語を描くというのは、文庫書き下ろし時代小説の定番であり、作者も得意とするところです。
 そして本作もスタイルとしてはこれに同じ、ここで縦糸となるのは、おそろし屋の主人であるお縁の存在そのものなのであります。

 まだうら若き女性ながら、様々な骨董を集め、、その背後の秘事とも言うべき奇譚を知るお縁。果たして彼女は何者なのか――それが、本作を、いや本シリーズを通じて語られる(であろう)縦糸として存在することになります。

 物語の核心に触れる形となって恐縮ですが、本作においてはそれが明かされることはありません。しかし、第4話――彼女の子孫の物語において、それが秘めたものの重さ、大きさが、仄めかされることとなります。

 作者のシリーズの第1弾のラストで爆弾が落とされるのは例えば同じ角川文庫の『妻は、くノ一』などでも見られる趣向ですが、本作のラストで語られるそれは、あまりにとてつもないもの。
 一体この物語は何を描こうとしているのか、何に繋がるのか――「得体が知れない」というのは、まさにこの点に依ります。


 様々な時代と場所を舞台にして語られる奇譚と、時代を超えて存在する巨大な秘密と――果たして物語がどこに転がっていくかわからない、それだけに先が気になる物語の誕生であります。


『猫鳴小路のおそろし屋』(風野真知雄 角川文庫) Amazon
猫鳴小路のおそろし屋 (角川文庫)

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2015.01.28

『猫鳴小路のおそろし屋』(その一) 時間と空間を超えて集まった奇譚たち

 ヒットに安住せず、次々とユニーク……というより冒険的な作品を発表してきた風野真知雄の新シリーズは『猫鳴小路のおそろし屋』。江戸は新両替町にひっそりと佇む骨董品店を舞台に、そこに集まる品物に込められた因縁を語る連作集ですが……しかしそれに留まらぬ、得体の知れぬ物語であります。

 物語の舞台――語り起こしの場所となるのは、新両替町(今で言う銀座)の路地裏に隠れるように営まれる骨董品店「おそろし屋」。
 基本的に常連客のみを相手とするこの店にあるのは、どこから集めてきたのかいずれも珍奇な品物、しかもその品物には奇怪な曰く因縁付きのものばかり――

 というわけで、おそろし屋に持ち込まれた品物に込められた奇譚・秘話を、店主であるうら若き美女・お縁が客に語るというのが、本作を構成する全4話のうち、3話までの(何故このような表現になるかは後ほど)スタイルであります。

 ここで取り上げられるのは、
・血の染みのついた武田信玄の風林火山の旗
・何者かの歯形がついた水戸黄門の杖
・葛飾北斎の「百物語」幻の六枚目
という歴史上の有名人にまつわるものばかり。しかもそれぞれが、彼らのイメージを覆しかねないものばかりで……という趣向であります。

 骨董品もの(古道具もの)とでも言いましょうか、歴史を経てきた様々な品物を中心に据えた物語は、時代ものに限らず、一つのサブジャンルとして成立している感があります。
 本作もその一つということになりますが、しかしそうした作品の多くが、「現在」を舞台にしているのに対し、本作はその品物が生まれた「過去」の物語を中心にしているのが面白い。なるほど、この手法であれば、時代や場所を問わず、バラエティに富んだ物語を作り出すことが可能でありましょう。

 そしてまた、語られる個々の物語が面白いことも言うまでもありません。特に信玄の死後、彼の遺言で死を秘している期間中に信玄の幽霊が甲斐に出没するという第1話など、一度事件が解決したかに見えて、更にその背後にとんでもない秘密が……という奇想が実に楽しいのであります。


 しかし本作をさらにユニークなものとしているのは……と、長くなりますので次回に続きます。


『猫鳴小路のおそろし屋』(風野真知雄 角川文庫) Amazon
猫鳴小路のおそろし屋 (角川文庫)

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2015.01.27

通し狂言『南総里見八犬伝』 通しで観る八犬伝の楽しさ、難しさ

 古典芸能好きと言いつつしばらくご無沙汰していて大変お恥ずかしいのですが、久しぶりに歌舞伎に行ってきました。国立劇場の新春歌舞伎、通し狂言『南総里見八犬伝』――言うまでもなくあの曲亭馬琴の原作を、発端から大詰めまで五幕九場で歌舞伎化したものであります。

 今回の通し狂言のベースとなったのは、昭和22年に渥美清太郎が脚色したもの。今回は当代の尾上菊五郎が犬山道節を演じ、実質的な物語の中心人物となっております。
 そんな今回の構成は以下のとおり――
発 端(安房)富山山中の場
序 幕(武蔵)大塚村蟇六内の場
/本郷円塚山の場
二幕目(下総)滸我足利成氏館の場/同 芳流閣の場
三幕目(下総)行徳古那屋裏手の場
四幕目(武蔵)馬加大記館対牛楼の場
大 詰(上野)白井城下の場/(武蔵)扇谷定正居城の場

 初演時は通しで5時間程度だったようですが、今回は正味2時間半程度、初演にあった荒芽山のくだり(犬山道節の乳母の家を舞台に、五犬士が集合離散する場面)がカットされ、その代わり、ほぼ百年ぶりに上演されるという道節の刀売りのくだりが加えられた形となっております。

 さて、こういう時に、まず原作との異同が気になってしまうのが八犬伝ファンの悪いところでありますが、しかしあの長大な原作をどのように取捨選択してみせたのか、というのはやはり大事な点でしょう……などと言い訳しつつ主立った点を挙げてみましょう。

・里見家が扇谷定正に滅ぼされている
 原作では存続している里見家が、序幕の時点で既に滅んでいます。この点は最大の相違点ですが、八犬士まわりの比較的入り組んだ設定を、お家再興のために定正を倒す、という構図に整理したのは理解できます。

・丶大法師、玉梓、船虫が登場しない
 八犬伝ものには必ずと言っていいくらい登場するこの三人が登場しないのは珍しい(丶大の場合、伏姫は自決するので出番なし)。しかしそれでも話が成り立つのには感心です。

・大角、親兵衛の出番がほとんどない
 大角は化け猫のくだりが省略され(刀売りとのトレードオフのようですが)、古那屋のくだりが信乃・現八・小文吾が義兄弟の誓いを交わす内容に変更されているため親兵衛が登場せず……というわけで、二人の登場は実質ラストの八犬士勢ぞろいに駆けつけるような扱いとなっています。

 さて、それで内容の方はといえば、まず感じたのは、特に発端・序幕のテンポの良さ。この辺りは、どんな八犬伝ものでも(ごく少数の例外を除けば)必ず描かれるくだりですが、それだけに何度も見ていると、もう少しどうにかならないか、と思ってしまうのが正直なところです。それをこの通し狂言では非常にテンポよく(時間にして一時間強)で描いてしまうのは好印象であります。

 また何よりも印象に残ったのは、芳流閣の場で、通常使われる屋根のほかにもう一つ、より高い屋根が用意されており、回り舞台を使って上下左右立体的な大立ち回りを見せていただけたのは、これはもう実際に舞台を観ることの醍醐味といいますか、理屈抜きの楽しさなのであります。
 その他、ド派手な道節の火術や、信乃が桜の枝を手にした腰元たちと立ち回りを見せる花軍(はないくさ)など、いかにも新春らしい賑やかな楽しさがあったのですが……

 しかし、通しで観ると、やはり無理があった部分は否めない、とは感じます。

 駆け足になってしまったのは仕方がないとしても、思った以上に犬士が揃っての場面が少ないというのは、やはり寂しい限り。
 特に大詰めの八犬士勢ぞろいの場面が、思った以上にあっけなく、出で立ち的にも皆鎧姿で個性が薄く、盛り上がりに欠けたのは残念でありました。
 実は序幕のラストにも、イメージシーン的に八犬士が勢ぞろいいたします。こちらの衣装は各人の背景を踏まえたようなもので(特に親兵衛が子犬の皮を被って登場するのは面白い)良かったのですが……

 特に刀売りの場面は、思っていた以上に淡々とした場で、道節の菊五郎を立てるためとはいえ、ほかの場でもよかったのではないか、とは感じてしまったところです。


 などとうるさいことを述べましたが、八犬士が定正を追いつめての大団円の賑やかさを観てしまうと、新春だしあまり野暮なことを言っても……と思ってしまうのは、これも八犬伝ファンの宿痾でもありましょうか。
 やはりお馴染みのキャラクターたちが、目の前で活き活きと動き回るのを観るのは格別のものですから……


関連サイト
 国立劇場公式

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2015.01.26

『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!

 日露戦争で「不死身の杉元」の異名を取った男・杉元佐一は、ある理由から一攫千金を目指して渡った北海道で、網走監獄の死刑囚が隠したというアイヌの黄金の存在を知る。手がかりになるという脱獄囚たちの体に彫られた刺青を求め、杉元と父を殺されたアイヌの少女・アシリパの冒険が始まる。

 以前からその高い評判を聞いていた『ゴールデンカムイ』。蝦夷地を舞台とした活劇と聞いては黙っていられず、単行本第1巻を手にしてみれば、なるほど評判も納得の作品でありました。

 本作の主人公となるのは、日露戦争は二〇三高地での活躍から「不死身の杉元」と呼ばれた元軍人の青年・杉元と、幼いながらも凄腕の狩人であるアイヌの美少女・アシリパ。
 どう考えても共通点のないこの二人が、奪われたアイヌの黄金を求めて、命がけの争奪戦の中に飛び込んでいくこととなります。

 そもそもこの黄金の由来は、アイヌが和人に対する反抗のための軍資金として集められたもの。それに目を付けたある男によって、黄金の在処を知る男たちは虐殺され、男もまた、網走監獄に厳重に囚われることとなります。
 しかしそこで男は同じ監獄の囚人たちの体に刺青の形で黄金の在処を暗号として残し、刺青の囚人たちは監獄から脱走したのでした。

 ある理由から大金を必要としていた杉元は、偶然その囚人の一人と出会ったことから黄金の存在を知り、そして殺されたアイヌの一人の娘であるアシリパとともに、囚人たちを――囚人たちの刺青を追うことになるのであります。

 しかしこの刺青、体の一部ではなく、体の正中線を境に、全体にわたって彫られている……すなわち(あまり想像したくないところですが)皮を剥がして開くことを想定して彫られたもの。
 つまり、その刺青の模様を手にするには、囚人に協力させてスケッチするか――さもなくば、殺して皮を剥ぎ取るしかない、ということになります。

 そして黄金の秘密を知る者、囚人たちを追う者は、杉元とアシリパだけではありません。黄金を奪った謎の囚人、最強を謳われる北の帝国陸軍師団……さらに脱獄した囚人たち自身も、当然ながら自分たちの刺青の価値を知り、それを手放すはずもありません。
 二人の旅は、そんな連中を相手にしての危険極まりないもの。それに加え、熊や雪崩など、蝦夷地の自然が容赦なく牙を剥くのであります。


 ……と、シチュエーションだけ挙げれば、非常に殺伐とした、血なまぐさい殺人ゲーム的な物語を想像してしまうかもしれませんが、しかし実際に読んでみての印象は、むしろカラッとした、陽性とは言わぬまでも陰湿さを感じさせない――冬の日の晴れた朝のような感触が、本作にはあります。

 それは一つには、杉元のキャラクター造形に依るところがあるでしょう。
 日露戦争の屍山血河をくぐり抜け、自分が殺される前に殺すという生き方が染みついた杉元。しかし彼は自分自身で語るように好んで人を傷つけるような人間では決してなく、またアシリパ――一般的に当時の和人がアイヌをどのような目で見ていたかは、言うまでもありますまい――に対しても、対等の存在として付き合うことができる、むしろ好漢とも言うべき青年であります。

 そんな彼の印象は、彼の過去、そしてこの争奪戦に身を投じた理由から、より強まるわけですが、戦闘者であっても殺人者ではなく、黄金を求める理由も我欲であって我欲ではない、そんな彼のキャラクターは、本作のよう殺伐とした設定の物語において、一服の清涼剤として感じられるものであります。

 そしてまた、そんな彼らの戦いを包み込む蝦夷地の自然と、それに寄り添って暮らすアシリパらアイヌの文化に対する、新鮮かつ当を得た描写もまた、魅力的であります。

 この時代の蝦夷地を舞台とした物語、特に活劇は、決してないわけではない、むしろ名作も多いものの、やはり一般には縁遠い舞台ではあります。
 本作の絵と語り口は、そんな舞台を巧みに描き出し――そしてその中においては、人の欲と欲のぶつかり合いも、自然の営みの一部として、包み込まれてしまうように感じられるのです。


 そんな本作は、幸い単行本は二ヶ月連続刊行とのこと。終盤には想像もしなかったようなとんでもない人物の名が出てきたこともあり、続きが待ちきれなかっただけに、ありがたい話であります。


『ゴールデンカムイ』第1巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 1 (ヤングジャンプコミックス)

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2015.01.25

『ケダマメ』第1巻 未知の時代に現れた未知の男!

 1246年、ある殺人事件を追って鎌倉を訪れた役人・戸浦は、傀儡一座の隻腕の若者・虚仮丸から異様な匂いを感じ取る。常に人をはぐらかすような言動を見せる虚仮丸の真の顔とは何か。鎌倉に天変地異が起き、奇怪な宗教教団・髑髏道が動き出す時、虚仮丸がその真の姿を見せる……

 『オメガトライブ』『かもめ☆チャンス』と一作毎に大きく題材を変えてきた玉井雪雄の最新作は、時代もの――それも鎌倉時代中期を舞台とした、ミステリアスな物語であります。

 時は1246年、北条時頼が第五代執権に就任し、クーデターを起こした前将軍・九条頼経が時頼により鎌倉を追われた年。
 巷では遊び女が次々と何者かに――刃物ではなく、何かで断ち切られたかのような姿で――殺され、髑髏道なる人の髑髏を弄ぶ奇怪な宗教集団が闊歩する、そんな混沌の巷たる鎌倉が舞台となります。

 そして主人公となるのは、その鎌倉にやってきた傀儡一座の一員である左腕のない若者・虚仮丸。
 一体どこから来たのか、そして何故一座に加わったかも一切不明、他人から何を問われても突拍子もない話(虚仮)ではぐらかす虚仮丸は、一座の踊り手であるまゆから、半ば親しみと半ば疑いの目で見られている……そんな状況であります。

 そんな中、次々と何者かに襲われることとなる虚仮丸とまゆ。髑髏道が、幕府の役人が彼らを追う中で、虚仮丸が語った彼の使命、そして彼の真の姿とは……!


 第1巻ということもあり、まだまだ先の展開が全く見えない本作。物語自体はテンポ良く進み、対立関係なども比較的シンプルに見えるのですが――

 しかし、全てを混沌の中に叩き込むのが、主人公たる虚仮丸の存在。上で述べたように虚仮ばかり語るような彼ですが、しかし彼が物語の随所で見せるその「能力」は、こちらの目を疑わせるようなものであります。

 彼のその能力の正体は、彼の真の名と思しき、そして本作のタイトルである「ケダマメ」とは、彼が来たという明日(アケシダ)とは……
 わからない、全くわからないことだらけなのですが、全く目が離せないのは、その圧倒的な筆力で描かれる虚仮丸の異形、そして混沌たる鎌倉の姿があまりに魅力的であるからにほかなりません。


 思えば鎌倉時代というのは、百数十年足らずという期間にもかかわらず、その初期と末期、あとは元寇前後を除けば、フィクション不毛の時代。
 裏を返せば、我々読者にとっては未知の時代でもあります。

 そんな未知の時代を舞台に、未知の男が何をするのか……わからないからこそ見てみたい、そんな物語の幕開けであります。


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2015.01.24

『モンテ・クリスト』第3巻 第二の仇に挑む復讐者の根底にあるもの

 伝奇エンターテイメントの金字塔たる『モンテ・クリスト伯』に、アクションと情念の迸りを繊細にして、叩きつけるようなタッチで新たな生命を与えてみせた熊谷カズヒロの『モンテ・クリスト』の第3巻であります。自分から全てを奪った仇敵への復讐劇は、ここに第二章に突入することになります。

 悪意と裏切り、陰謀によって、幸福の絶頂から地獄へと叩き落とされ、数奇な運命の果てに超人モンテ・クリストへと生まれ変わった男、エドモン・ダンテス。
 第2巻では三人の仇の最初の一人であるダングラール男爵を公開処刑に等しい形で叩き潰したモンテ・クリストですが、この巻で彼のターゲットとなるのは、第二の仇、マルセイユで検事総長にまで登りつめたヴィルフォールであります。

 ダングラールが「財」に取り憑かれた男だとすれば、ヴィルフォールは「権」に取り憑かれた男と言うべきでしょうか――
 かつてヴェルサイユ情報旅団の一員としてエドモン・ダンテスを陥れた際に謎の結社・永劫教会と繋がりを得たことをきっかけに、罪なき者を罪に落とす裁判の「シナリオ」を武器に法曹界でのし上がり、今は政界入りを目論む男であります。

 モンテ・クリストは、そのシナリオライターとして、名と経歴を偽りヴィルフォールの懐に飛び込むのですが……


 地方から都市部へ、企業家から法曹家と、舞台も敵も代わったこの巻は、復讐の仕込みの段階ということもあってか、前の巻とはだいぶムードも変わった、抑えめの印象。
 しかし物語の方はもちろん、停滞や退屈などといったものとは全く無縁であることは言うまでもありません。

 特に印象に残るのは、ヴィルフォールのキャラクターでありましょう。
 「シナリオ」のリハーサルをはじめとする他者との前での、過剰なまでにハイテンションな、己の激情と虚栄心を存分にまぶした大人物めいた振る舞いを見せるヴィルフォール。
 しかし一人の時には、自分を英雄に見立てた子供の落書きめいた物語を記したキャンパスを前に、架空の「友だち」であるぬいぐるみに語りかける様は、彼の病的な内面性を垣間見せてくれます。

 以前から作者は、悪役の異常性の描写において印象的なものがありますが、ヴィルフォールのそれは、これまでにあまりないような、エロスの方面とは別の「厭らしさ」を感じさせてくれるのであります。

 そして彼と対するモンテ・クリストもまた、単純なヒーローではありません。
 この第3巻の冒頭でのマラソンバトル(作者一流の超作画によるアクション描写が冴える!)でも垣間見せたように、そして何よりも第2巻のラストで爆発させたように、超人たる――いや、過剰に「人」であるからこそなのかもしれませんが――彼もまた、暴力への衝動にとらわれ、暴走しかねぬものを抱えているのであります。

 それは人間の最も古い感情の一つであろう「復讐心」を生きる原動力にする彼にとって、ある意味必然なのかもしれませんが――
 しかしその一方で、少しずつ増えつつある彼の協力者たち(その中に、彼の伝奇……いや伝記作家として、かのアレクサンドル・デュマがいるのが実に楽しい)の存在と、彼らに向けるモンテ・クリストのまなざしを見れば、そこに一つの可能性も感じられるのですが……


 まとまりがなくなってしまい恐縮ですが、こうしたキャラクター描写をはじめとして、キャラクターや用語の名前、ちょっとしたビジュアルといった物語の細部に至るまで、本作からは作者の入れ込みようと、それと背中合わせの一種の余裕が感じられるのです。

 作者の作品のほとんどで、その基調を成してきたエロスとタナトス――それは、復讐という行為の根底にあるものであり、そしてそれ故にこそ、この題材と作者の方向性がこれほどまでにスイングしているのではないか……そんなことも考えさせられるのです。


 物語の背後で少しずつ見え始めた――本作の基調を成すスチームパンク風味を色濃く持つ――「永劫教会」の企みが果たしてモンテ・クリストの復讐行に如何に絡むのか、そして最後の仇たるフェルナンがいかなる姿で現れるのか……
 読者として楽しみにほかならないそれが描かれる日を、待ち、しかし希望いたしましょう。


『モンテ・クリスト』第3巻(熊谷カズヒロ 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
モンテ・クリスト 3 (ヤングジャンプコミックス)


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2015.01.23

『暗闇坂心中』 惨劇と謎の先に浮かぶ「鬼」の顔

 市ヶ谷暗闇坂近くに出た屋台で飲んでいた鬼板師(鬼瓦職人)の多見次の眼前で、逃げてきた娘の首を斬った若い武士。仇を討ちたいという娘の兄に頼まれ、武士を探す多見次だが、彼の心中には隠れた望みがあった……

 戎光祥出版の都筑道夫時代小説コレクションの第4巻『変幻黄金鬼 幽鬼伝』には、簡単に言ってしまえば短編集『変幻黄金鬼』と短編連作スタイルの長編『幽鬼伝』が収録されているのですが、それに加えてもう一編収録されている短編が、本作『暗闇坂心中』であります。

 この『暗闇坂心中』は、作者の『幽鬼伝』の冒頭二編を含む短編集『梅暦なめくじ念仏』に収録されて以来、単行本への収録はなく、私も未読だったのですが、今回ある意味ボーナストラック的に収録されたことで、ようやく読むことができました。

 いずれ『変幻黄金鬼』『幽鬼伝』とも改めてご紹介いたしますが、今回この一編のみを紹介させていただく所以であります。


 さて、そんな本作は、ジャンルで言えばミステリ風味のある時代ホラーと申せましょうか……
 おでんの屋台に集まっていた人々の眼前で、肌も露わな姿で逃げてきた娘が首を落とされるというショッキングな(しかし作者の筆にかかると決して悪趣味に感じられないのですが)幕開けから始まる本作。

 何故娘は殺されたのか、下手人は何者なのか、そして彼を犯行に駆り立てたものとは何なのか……そんな謎を追っていく主人公・多見次が、流しの鬼板師というのがまた興味をそそるところであります。
 鬼板師と書くとおどろおどろしいですが、要は鬼瓦職人のこと。しかし多見次が事件に興味を持ち、のめり込んでいく「動機」が、その彼の稼業、職人としての魂ゆえ……という、主人公の設定と、物語の構造とが密接に結びついているのには唸らされます。
(これはすぐには調べが付かなかったのですが、鬼板師は鬼を作るという稼業ゆえ、念仏が唱えられないという描写にも感心)

 そして彼の調べが進んでいくにつれて明らかになる真実からは、彼を含めた作中の登場人物の多くが、大なり小なり、心の中に「鬼」を隠していることが(しかし決してあからさまでも説教臭くもなく!)浮かび上がり――
 結末の捻りも加えて、何とも言えぬうそ寒さを感じさせてくれるのは、やはり作者の筆の冴えでしょう。個人的には作者の時代ものは短編の方により切れ味の鋭さを感じるのですが、本作はその好例であります。


 ちなみに本作は、岡っ引きがゴーストハンター役を務める変格捕物帖とも言うべき『幽鬼伝』の原型とも言える作品とのこと。
 なるほど、主人公や物語設定自体は大きく異なれど、怪異を探偵(役)が追う、あるいは探偵が追う事件の背後に怪異が潜むという構造自体は共通であります。

 こうしたスタイルの物語自体は、妖怪時代小説全盛の昨今ではさまで珍しいものではありませんが、そのいわば源流に近いものと言えるのではないか――というのはいささか大袈裟かもしれませんが、その融合の巧みさは、注目しておくべきではありますまいか。

 この点についてはまたいずれ、『幽鬼伝』紹介の際にも考えてみたいとは思っているところです。


『暗闇坂心中』(都筑道夫 戎光祥出版『変幻黄金鬼 幽鬼伝』所収) Amazon
変幻黄金鬼・幽鬼伝 (都筑道夫 時代小説コレクション 4)

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2015.01.22

『蛇変化の淫 素浪人半四郎百鬼夜行』 繋がる蛇と龍の怪異譚の陰にあるもの

 時代ものとしての完成度の高さと、描かれる怪異の独創性で続巻が待ち遠しかった芝村涼也の「素浪人半四郎百鬼夜行」シリーズの第三巻であります。不可思議な運命のなりゆきから、江戸に蠢く怪異と対峙することとなった青年・榊半四郎の戦いは、新たな段階に踏み込んでいくこととなります。

 ある過去の事件から絶望のうちに藩を捨て、江戸をさまよっていた半四郎。彼はある晩出会った不思議な老人・聊異斎と小僧・捨吉に導かれるまま、愛刀・鬼鍛刀を手に、江戸に続発する怪異と対決することとなります。

 そんな中で、北町臨時廻り同心・愛崎哲之進をはじめとした友人・知人ができることとなった半四郎は、彼らとの交流の中で、少しずつ人間的な気持ちを取り戻していくのですが、しかしその一方で江戸を覆う怪異はいよいよ力を増していくことに――

 そして本作の第1話「蛇髪変容」では、その愛崎が手がけることとなった、出会い茶屋でのとある商人殺しの捜査に、半四郎が引っ張り出されることとなります。
 下手人と目される女が、浅草寺境内の見世物小屋で踊り子となっていることを知った愛崎につきそった半四郎は、そこで不思議な魅力を持つ蛇踊りの女と出会うのですが……

 と、内容的にはこの第1話はおとなしめなのですが、そこから続く3話は、どんどんと登場する怪異、そして物語のスケール・展開の起伏がパワーアップしていくこととなります。

 大店の主が何者かに取り憑かれ、腕利きの修験者までもが返り討ちにされるという怪異に挑む第2話「土瓶(トウビョウ)遣い」
 第2話の事件のきっかけとなった大店の跡取り息子の後を追う半四郎が、その背後に存在する、想像を絶するモノと対峙する第3話「龍女狂乱」
 そして一連の事件の陰で暗躍する「敵」の存在と、そのの恐るべき企みが明らかにされる第4話「炎龍飛翔」

 これまでのシリーズは、短編集的色彩が強い、すなわち描かれる個々の事件は独立したものであったのですが、本作においてはそれぞれのエピソードが連続し、蛇と龍にまつわる一つの長編を形作っている点が、最大の特徴でありましょうか。
 また、(これは物語の核心に触れかねないため、紹介が難しいのですが)登場する怪異とその原因が、超自然の怪異でありつつも、強く人間臭さを感じさせるのもまた、特徴と言えます。

 それだけに、これまでの作品で見られた得体の知れない恐怖感は薄めではあるのですが、しかしその一方で印象に残るのは、この世界に在りつつも、片隅に追いやられ、束縛された暮らしを送るほかない者たちの哀しみの姿。
 本作の主な舞台となるのが浅草寺境内の芸人小屋というのが、またその感覚を強めるのですが、言うまでもなく、半四郎もまた、そうした人々に近い側に立つ男。
 半四郎が辛うじて踏み込まずに立つ世界の住人たちとの、彼の危うい交流の姿は、日常と非日常の狭間を描く本作ならではの味わいがあると言えるでしょう。


 しかし……そうした全てを上回るのは、ラストに語られるある「目的」の壮大さ、壮絶さ。
 こうした伝奇的アイディアには馴れているつもりの私も、そのあまりのとんでもなさには愕然とさせられたところであり――そして本シリーズの設定年代、さらに作中の描写から窺われる「敵」の正体(まだはっきりと語られていないため、これは私の想像ではありますが)に至っては、ここでこの人物を持ってくるか、とただただ驚かされる次第。

 シリーズの好評に応えてか、装幀等が変わり、出版社側もより力を入れてきたという印象もある本作ですが、いよいよ物語は核心に近づいていく、ということでありましょうか。
 ……と思いきや、次の巻は時代を遡って、いわばエピソードゼロが描かれる、というのには少々驚きましたが、こうしたことが可能となるのも、人気の証でありましょう。
 この後――いやこの前に、半四郎が人と怪異の境で何を見て、何を感じるのか……興味と期待は尽きないのです。

『蛇変化の淫 素浪人半四郎百鬼夜行』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
蛇変化の淫 素浪人半四郎百鬼夜行(三) (講談社文庫)


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2015.01.21

『忍者物語』(その二) 忍者という名の人間たちの姿

 東郷隆の『忍者物語』の紹介後編です。江戸時代を舞台とした残り四編を紹介します。

『二代目』
 おそらく江戸時代の忍者にまつわる事件で最もよく知られているのは、本作に取り上げられた伊賀者のストライキ事件ではないでしょうか。幕府の伊賀同心が、上司の非違を言い立て立て籠もりを起こしたという前代未聞のこの事件の原因となったのが二代目――二代目服部半蔵こと正就であります。

 伊賀同心を自らの使用人のように扱った上に乱行三昧、これが戦国の気風を残す伊賀者たちの気に障るまいことか、結局は正就の命取りとなるこの事件となったわけですが、本作で描かれるのは、その首謀者となった一人の忍びの姿です。

 隠密御用を引退した男が如何に動き、何をもたらしたのか……物語の展開自体にはさまで新味はありませんが、結末に何ともいえぬ不気味な余韻が残ります。


『はるの城』
 忍者が最後に戦場で活躍したのは、(幕末を除けば)江戸時代最後の合戦とも言える島原の乱であった……というのは、ご存じの方も多いかもしれません。
 幕府の総指揮官ともいうべき松平伊豆守の配下として、甲賀者が参陣したというのは、これは記録に残っていますが、本作はその甲賀者たちの姿を、何とも言えぬペーソスを込めて描き出します。

 生まれ育った地を離れ、幕府に仕えた者たちがいた一方で、甲賀を離れず、郷士として忍びの腕を磨いていた者たち。島原の乱は彼らにとって千載一遇のチャンス、勇躍伊豆守の下に参上するのですが、しかし戦場を知るものは皆老人で……という時点で切なくなりますが、しかし忍びの戦いは、何も刀槍を持ってのものではありません。

 意外と言っては失礼ですが、潜入に諜報と力を発揮する彼らは、伊豆守にも重用されていくのですが……その先に待つ結末の味わいを何と言うべきか。彼らの奮闘ぶりが印象的なだけに、何とも切ないのであります。


『川村翁遠国御用噺』
 ある意味、最も「時代小説」的な味わいの本作で描かれるのは、御庭番による長岡藩の抜け荷探索の顛末であります。
 御庭番も抜け荷も、時代ものには定番の題材ですが、本作が基とするのは、明治時代に旧幕臣の証言を集めて編まれた「旧事諮問録」だけに、まず探索行に出発するまでのディテールが並みではありません。

 任務の受領手続きから身支度、現地での足場固めなど、時代ものでは描かれているようで存外描かれていない世界の描写は、それだけで興味深いのですが、そんな御庭番たちを襲う危機また危機の展開にも引き込まれます。
 しかし、身分は高くないとはいえ御庭番は歴とした士分、そんな彼らが破落戸にまで身をやつして潜入捜査を行う姿からは、泰平の時代にもなかなかどうして忍者稼業は辛いことが痛いほど伝わってくるのであります。


『異国船御詮議始末』
 そして最終話の舞台は幕末――かのペリーの黒船に忍者が忍び込んでいたという、意外な、しかし忍者ファンには有名な逸話を描いたものであります。

 江戸時代を通じて明確な「外敵」(となり得る存在である)黒船に対して、必死に情報収集を行う幕府、そして諸藩。その描写だけでもファーストコンタクトものSFのような興趣がありますが、その最前線で活躍した各地の探索方(隠密)たちには、戦国時代以来の地縁のネットワークがあった、というダイナミズムがたまりません。

 当時最新のテクノロジーを有する相手に挑むのは、戦国時代以来の技を伝える忍者たちだった、というシチュエーションには痺れますが、その末に彼らが掴んだものが何であったか――何ともほろ苦く、そして象徴的な結末でもって、本書は終わります。


 以上七編は、史実をベースとしつつも、いわば裏面史とも言うべき内容であり、必然的に物語も暗い色調となる部分はあります。
 しかしそれでもどこか不思議な暖かみが本書から感じられるのは、たとえ彼らが一般の武士からは卑賤なものと扱われようとも、彼らもまた血の通った人間であることを、本書は描いてきたからではありますまいか。

 そしてそれを可能としたのが、本書の史料を踏まえた緻密な描写であることは、言うまでもありません。歴史を描くということは、人間を描くということ――いささか綺麗すぎるまとめかもしれませんが、本書を読み終えた後、そんな想いが残った次第です。


『忍者物語』(東郷隆 実業之日本社) Amazon
忍者物語

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2015.01.20

『忍者物語』(その一) 史料に残る忍者、史料に残らぬ「真実」

 東郷隆を評するには、まず「博覧強記」という言葉が浮かびます。本書も作者のその博覧強記ぶりが遺憾なく発揮されたユニークな作品集、資料を基に、史実上の忍者にまつわるエピソードを題材とした七編を集めた作品集であります。

 本書は、『ジェイ・ノベル』誌上に不定期に掲載された七編を、舞台とする時代順に並べ替えたもの。『忍者物語』という非常にストレートなタイトルは、同じ作者の『初陣物語』を敷衍したものでしょうか。
 そして収録された七編が、どれも実に興味深い作品ばかり。基本的に史料に残る忍者たちを題材としているため、忍者好きであればよく知られたエピソードもあるのですが、その料理の仕方は巧みの一言。以下、一編毎に紹介していくこととしましょう。


『鈎の系譜』
 忍者で鈎と言えば、甲賀(忍者)がその名を轟かせた甲賀鈎の陣であります。
 幕府の権威が地に落ちた室町時代後期、公然と幕府の命を無視し始めた六角高頼を九代将軍足利義尚が攻めた戦である鈎の陣。戦の中で甲賀に身を寄せた高頼の依頼で攪乱策に出た甲賀勢に幕府軍は苦しめられ、やがて撤退することとなったのであります。

 本作はその鈎の陣を舞台とした物語でありますが、甲賀忍者(と同盟を組んだ伊賀忍者)たちの合戦に関する描写はむしろ少なめで、そこに至るまでの地道な諜報戦・情報戦の部分に光を当てているのが面白い。
 なるほど、確かにゲリラ戦も忍者の受け持ちかもしれませんが、何よりも彼らが力を発揮するのは、その様々な形の潜入術を活かしたスパイ活動でありましょう。そんな彼らが、ラストで思わぬ歴史の変転を生じさせてしまうという皮肉も楽しい作品であります。

 さらに、明治時代のうろん売りが、好事家の老人の求めに応じて先祖代々の秘話を語る……という物語の構造も面白く、この辺りは作者の話術の冴えというものでしょう。


『蜘蛛舞い』
 本作の背景となるのは、やはり室町時代後期に興福寺の宗徒から身を起こして大和を支配した古市氏の存在。悪党にして文化人であり、古市氏の最盛期をもたらした古市澄胤……の兄・胤栄が物語の中心となります。

 長男ながら生まれつき心優しく、武者の器にあらずと父にも言われた胤栄。その彼が頼ったのが、代々古市氏と縁を持つ頸猿(うなさる)なる小男の忍びでありました。
かの土蜘蛛の末裔と言われる頸猿は、胤栄を助け、幻術としか思えぬような技を見せるのですが……

 正直に申し上げて、古市氏と忍びや土蜘蛛の繋がりについては私は初耳であったのですが、その虚実はともかく、本作の魅力の一つは室町時代の秩序が崩れゆく中に生きる人々の姿、特に、そこに生きざるを得なかった胤栄の姿であります。
 弟に比べて武者には向いていなかった彼を、何故頸猿は助けたのか……結末に明かされるその答えは、混沌の時代に咲いた小さな花のように、美しく感動的なのです。


『伝鬼坊の死』
 斎藤伝鬼坊(伝鬼房)は戦国時代の兵法者、江戸時代から現代に至るまで残る天流の流祖であり、忍者という記録は残っておりません。そんな彼が本書に登場するのは、若き日の彼が実は忍者と関わっていたから……という組み合わせの妙が楽しめるのが本作です。

 その忍者の名は山田八右衛門、忍術書として名高い『万川集海』にその名が挙げられた一人であります。人の心の虚を突くことでは名人と謳われた彼は、信長による伊賀の滅亡に伴い忍びを辞め、兵法者を目指すことになる……と、これまた奇想天外な物語でありますが、彼の目に映った当時の風俗社会情勢、特に兵法者周りの描写は実に興味深い。

 そしてその八右衛門が出会い、対決することとなったのが若き伝鬼坊だった……という意外史もさることながら、そこで道を違えることとなった二人が、それぞれどのような人生を送り、その帰結が再び交錯する結末が何とも味わい深い。
 人として幸せだったのは果たしてどちらだったのか……そんな想いも浮かぶ、本作の結末であります。


 以下四作品は次回取り上げます。


『忍者物語』(東郷隆 実業之日本社) Amazon
忍者物語

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2015.01.19

『修羅走る 関ヶ原』 「死」を越える「義」を求めて

 今回も、昨年のベスト10に挙げたにも関わらずまだこのブログでご紹介していなかった作品であります。昨年惜しくも亡くなった山本兼一が、最後に遺した長編、関ヶ原の戦の開戦直前から決着までの長い一日を、参加した武将一人一人の視点から、一種のリレー形式で描いた大作であります。

 戦国時代、最初で最後の大戦ともいうべきものであり、東軍西軍合わせて十万の軍勢を率いる数々の将が、それぞれの想いを込めて激突した戦である関ヶ原の戦。
 この戦については先日も取り上げましたが、その東西の将それぞれに思惑と背負うものがあり、それが激突する様に、我々は大きく魅せられるのであります。

 本作は冒頭に述べたとおり、その将一人一人の視点を繋げる形で、この大戦の姿を浮き彫りにした作品です。
 その数、実に17人33章。石田三成、徳川家康はもちろんのこと、黒田長政、福島正則、宇喜多秀家、島左近、大谷吉継、明石全登、井伊直政、さらには可児才蔵、織田有楽斉、吉川広家、蒲生郷舎、松野重元、竹中重門、そして三成の臣である土肥市太郎・市次郎兄弟――

 彼らが関ヶ原において何を想い、いかに戦ったのかが、本作ではまさしく一気呵成に描かれることとなります。

 ここで正直なことを申し上げれば、武将たちの人物造形についてはステレオタイプな印象は否めません。狸親父の家康に直情径行の正則、怯懦な小早川秀秋等々……特に西軍びいきにほぼ等しい視点も相まって、昔ながらの軍記物的色彩が濃いと感じてしまう方もいらっしゃるかもしれません。

 また、雑誌連載時の原稿から作者が手を入れる間もなかったということもあり、あるいはもう少し別の形になる構想であったのかもしれません。特に各章の主人公については、もう少しバランスを取った顔ぶれになってもよかったのではないか……という印象もあります。

 しかし――それでもなお本作を読み進めるうちにただただ圧倒されるのは、作中に充ち満ちているのが、男たちの「義」と「死」であるからにほかなりません。

 本作の印象的な題名のとおり、そこに参加した誰もが修羅と化して駆け抜けることを余儀なくされた関ヶ原の戦。
 そしてその行き着く先に待つのは、相手を殺すか、あるいは自分が殺されるか――いずれにせよ、「死」以外ないのであります。

 しかし本作はその「死」に満ち満ちた修羅の巷に、それを超える価値観を見いだすのであります。
 それこそが「義」――恥を知り、利に屈せず、義を貫くこと。それを成した者は、たとえ敗れて命を落としたとしても名を千載に残す――すなわち、死を超えるのだと。

 本作の物語の中心となるのは、史実でも関ヶ原の戦の勝敗を分けた小早川秀秋らの去就――彼らが西軍にあって義を貫くか、それとも裏切って東軍に付くか、その行方であります(その中心にある秀秋の心中は描かれないというのはなかなか面白い)。
 まさにそこにその「死」と「義」のせめぎ合いがあるのであり、そして「義」を貫く者たちの美しさを、本作は強く強く訴えるのです。


 ……そこに作者の願いにも似た想いを見てしまうのは、これは作者の人生を作品に過度に投影しすぎているものでありましょうし、不謹慎ですらあるかもしれません。
 しかし、作者の生き様というものが垣間見える作品には、それだからこその感動があるのもまた事実でありましょう。

 数多くの男たちの、そして作者の生き様が込められた一冊であります。


『修羅走る 関ヶ原』(山本兼一 集英社) Amazon
修羅走る 関ヶ原


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2015.01.18

『天地雷動』 結果が分かっていても面白い長篠の戦

 昨年の時代小説ベスト10に挙げておきながら、このブログで取り上げていなかった作品が幾つかありますので遅ればせながらご紹介しましょう。いま脂の乗り切っている伊東潤が、かの長篠の戦を、織田方、武田方様々な角度から描いた『天地雷動』であります。

 天正3年(1575年)に、長篠城を巡って織田・徳川連合軍と武田軍の間で行われた長篠の戦については、特にその結果については非常によく知られているでしょう。
 無敵を誇ってきた武田の騎馬隊が、織田の鉄砲隊の前に惨敗、武田家は信玄を支えてきた功臣の多くを失い、終わりの始まりとも言うべき状態となった……そんな結果であります。

 しかし冷静に考えてみれば、何故この戦が起こったのか、そして何故このような結果となったのか――ある意味結果以上に重要なこれらの点について、実はあまり知識を持っていないことに、気づかされます。
 本作は戦のそのものの模様はもちろんのこと、まさにこの点に切り込んだ作品です。

 そして本作がそれを可能としているのは――それも史実の羅列ではなく、骨太で、それでいて血沸き肉躍るドラマとして成立させている最大の理由は、本作が家康・秀吉・勝頼・そして武田方の鉄砲足軽として戦に参加した地侍・宮下帯刀の四人の人物の視点から、この戦を描いていることでしょう。
(ちなみに帯刀は、作者のデビュー作であり、本作のその先を描いた『武田家滅亡』にも登場する人物であります)

 勝者と敗者、率いる者と率いられる者……本作は四つの視点より、この戦いの始まりから終わりまで、いや勝頼が武田家を継ぐこととなった信玄の死から戦の結末に至るまでを描き出すのです。


 そしてこの四人はいずれもこの戦いに生き残りを賭けた者ですが、その意味合いはそれぞれに異なります。

 信長という漬け物石の重みに耐えながらも戦うしかなかった家康。立身のために信長の命に応えて戦の準備に奔走した秀吉。家臣に自分の力を認めさせるために勝ち続けるしかなかった勝頼。生活のため、家族のため、戦いに参加した帯刀――

 そんな彼らそれぞれの視点からこの戦を描くことにより、ある意味平等な、特定の側からでない、多面的な描写・分析を本作は可能とします。
(特に、この戦の勝敗を決した鉄砲・火薬、その調達を巡る駆け引きという視点には感心させられることしきりであります)

 そしてそれは同時に、どちらか一方、誰か一人ではなく、四人の主人公全員に我々読者の感情移入を可能にするものであり――合戦を描く作品で、それがどれだけ物語を盛り上げるか、言うまでもないでしょう。


 作者自身が本作を評するに、「結果が分かっていても面白い」という言葉を使っていますが、それに対して文句のつけようもない――いや、本作を読めばむしろ、我が意を得たりと賛同するほかない作品であります。

『天地雷動』(伊東潤 角川書店) Amazon
天地雷動 (単行本)

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2015.01.17

『青天 包判官事件簿』 現実的で、理想的な名判官のお裁き

 中国もの、特に壮大な歴史絵巻だけでなく、江湖の人々の冒険を趣向を凝らして描くのを得意とする作家は何人か浮かびますが、その一人が井上祐美子であることは間違いありますまい。本作はその作者が、中国の民衆に広く知られた名判官・包青天こと包希仁の活躍を描いた連作集であります。

 ……と言っても、なかなか日本では包青天の名は知られていないかもしれません。

 包希仁(包拯)は11世紀に北宋第4代皇帝・仁宗に仕えた実在の政治家。若くして科挙に合格し、両親に仕えるために職を辞した空白期間があったものの、以降は地方の知事、中央の官僚と順調に出世した人物であります。
 彼は賄賂を嫌い、朝廷の貴族・高官の収賄も容赦なく摘発したことから民衆の人気が高く、それが後に伝説化し、弱きを助け強きをくじく理想の役人として知られるようになった――

 というわけで、日本でいえば大岡越前や遠山の金さんを想像していただければ、当たらずとも遠からずではないかと思います。
(日本では滝口琳々の少女漫画『北宋風雲伝』に登場するのが最も知られた包青天かもしれません)

 さて、その包希仁を主人公とした本作に収録されているのは、全部で5つの短編。
 端州知事として赴任した希仁が、土地の富豪の牛の舌が切られるという怪事件の背後の謎を解く『雪冤記』
 端州知事を退任間近の希仁が、隣州から逃げてきたという盗賊に対して取った手段を描く『赤心』
 巡察使としてとある州を訪れた希仁が、良家の子女を暴行した罪で捕らわれた青年を救う『紅恋記』
 開封府知事となった希仁が、罪人の処遇を巡る汚職を裁く『黒白』
 同じく開封府で、古道具屋ともめ事を起こした朝廷の権力者の縁者を巡り、希仁の名声が危機に晒される『青天記』

 これらの物語に登場する希仁は、確かに推理力・洞察力に長けた切れ者ではあるのですが、しかし中国では「閻魔」と例えられるような恐ろしげなイメージとは全く異なるキャラクターとして描かれているのが何とも楽しい。

 何しろ、仕事中に宙を見つめてボーッとしたり、いくら周囲から注意されても着物や書類に墨をはね飛ばしたりと、かなりのぼんやり者。端州時代から彼に仕える老役人の孫懐徳も苦労が耐えません(それもまた本作の楽しさの一つであることは言うまでもありませんが)。
 もちろんそれは彼一流の韜晦ではあるのですが、お裁きの方も単純に厳格なのではなく、清濁を併せ呑んで一方の顔も立てつつ、より弱き者、より貧しき者を助ける結果となるのが、何とも心憎いのであります。

 短編集という性質上、そしてこの希仁の性格上、物語の規模はあまり大きくならず、おとなしい印象を受けるものばかりのため、その点は物足りないという方もいるかもしれません。
 しかし、既存のイメージを踏まえつつも、よりリアルで、しかしやはり理想的・魅力的な名判官像を本作が作り出していることは間違いなく――私はその適度な虚実の距離感が、何とも楽しく思えるのであります。


 なお、本書の収録作のうち、『雪冤記』は1998年に雑誌掲載、『黒白』は2007年にアンソロジーに掲載されたもの(その他の作品は、本書の刊行に合わせて書き下ろされたもの)。
 そんなシリーズれが今になっていわば復活した理由は存じませんが、折角復活したからには、まだまだ活躍していただきたいもの。
 現実的で、しかしあくまでも理想的な名判官の粋なお裁きを、まだまだ味わいたいのであります。


『青天 包判官事件簿』(井上祐美子 中央公論新社) Amazon
青天-包判官事件簿

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2015.01.16

『御用絵師一丸』 絵師の裏の顔と、「今」と向き合う人々と

 時は老中・水野忠邦の天保の改革が始まらんとする時代、大奥をはじめ幕府に隠然たる力を持つ先代将軍の正室・広大院に仕える御用絵師の一丸には、もう一つの顔があった。改革遂行のためであれば手段を選ばない忠邦一派の陰謀を阻むため、広大院の指令を受けた一丸の「絵」が今日も悪を討つ。

 白泉社が時代小説文庫を、というだけでも驚かされた「招き猫文庫」ですが、さらに驚かされたのは、あのあかほりさとるが時代小説に参戦ということでしょう。
 あかほりさとるといえば、特に90年代にアニメを見ていた人間にとっては印象深い脚本家。脚本家から、アニメ界から時代小説界に移行する作家は少なくありませんが、ある意味これほどのビッグネーム(それも時代ものとは接点がそれほど多いようには思われない方)が……と驚かされます。
 そのあかほりさとるが心機一転ということか、あかほり悟名義で発表したのが本作なのです。

 本作の主人公は、タイトルにあるとおり、御用絵師の青年・一丸であります。
 普段は子供にも優しく、それでいてどこか飄々とした青年ながら、時折別人のように鋭い顔を見せる彼が仕える相手は、西ノ丸大奥の主・広大院篤姫(後の天彰院篤姫とは別人)。
 大奥における最高権力者――すなわち幕府も無視できぬ存在である広大院に仕えるとあれば、絵師としてみれば非常な名誉ではありますが、しかし当の一丸は嬉しいどころかむしろ迷惑げな顔を見せるばかり。それどころか彼は、かつては武士として両刀を差す身だったのですが……

 と、時あたかも天保の改革前夜。言うまでもなく水野忠邦が遂行した改革ですが、本作の忠邦は、幕府のみが力を持つ強い国を作り出すためであれば、他者を犠牲にして憚ることのない一種偏執狂的人物。
 そしてその忠邦の懐刀となるのがかの鳥居耀蔵――とくれば、当然(?)この二人の企みは悪だくみであることは言うまでもありません。

 そして一丸の隠れた顔こそは、広大院の命を受け、ある秘術を以て悪を討つヒーローだったのであります!


 ……というあらすじからすると、いささか品のない言い方をすれば、よくある時代活劇ものにも見えるかもしれない本作ですが、その印象は良い意味で裏切られることとなります。
 というのも本作は、キャラクター造形といい物語展開といい時代ものとしての描写といい、とにかく丁寧に描かれた、と評するに相応しい作品なのですから。

 例えば一丸という特異な職業・過去を背負った主人公はもちろんのこと、彼をとりまくメインキャラクターや、あるいは一話限りのゲストまで、彼らの細やかな心情の動きからそれまでの人生で背負ったもの――言い換えれば彼らの行動原理がきっちりと描き込まれております。
 もちろんそれは悪役である水野や鳥居も変わることなく、特に鳥居の、水野の才と力を認めつつも、それ故に彼に対して冷笑的となる造形などは(その後の史実を考えても)なるほど、と唸らされた次第。

 そしてそんなキャラクター描写の中から浮かび上がるのは、彼ら一人一人が、「今」とどう向き合おうとしているか、その姿であります。
 今を宿命として受け入れ縛られる者。今を変えるために昔を復さんとする者。今を変えるために他者を踏みつけにする者。そしてそのどれも選べず、今を流される者――

 そんな彼らの姿が活写される本作は、しっかりと時代ものでありつつも、同時に「今」を生きる者として、現代の我々に通じるものを描こうとする意欲もまた、感じられるのであります。


 もう一つ、伝奇ファンとしては一丸の正体にも驚かされると同時に、なるほど! と唸らされたのですが、これは読んでのお楽しみ。

 とにかく本作の端々から感じられるのは、作者が本作に、時代小説に賭ける意気込みであり――それは確かに形になっていると感じられます。
 この先もこの作者の作品を読みたい……そう思わされた次第です。


『御用絵師一丸』(あかほり悟 白泉社招き猫文庫) Amazon
御用絵師一丸 (招き猫文庫 あ 2-1)

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2015.01.15

『ヤマダチの砦』 山の民と成長劇と時代ウェスタンと

 とある小藩の江戸家老の三男・新三郎は、見かけは美男だが品性愚劣な遊び人。父に京までの使いを頼まれた新三郎は、気楽な気分で旅に出るが、箱根山中でヤマダチ(山賊)の襲撃を受ける。強弓を自在に操る謎の男・魁に救われ、行動を共にすることになった新三郎。だが事件には複雑な裏が……

 まことに申し訳ないことですが、特に理由はないにも関わらず、すっぽりと紹介しそびれていた作品というものがあります。
 ユニークな時代活劇を次々と発表する中谷航太郎のデビュー作であり、後に「激闘秘録 新三郎&魁」のタイトルでシリーズ化された本作も、その一つであります。

 本作の主人公となるのは、シリーズタイトルにあるように、新三郎と魁の二人の若者ですが、これが実に対照的な二人。
 新三郎は小藩とはいえ江戸家老の息子という歴とした武家の生まれ。六尺豊かな長身に、不釣り合いなほどの美貌の持ち主なのですが、その中身はどうしようもない品性愚劣、何よりも女に目のない放蕩児であります。
 一方の魁は、生まれついての野生児であり、並みの男では引くこともできない強弓の使い手。普段はそれなりに陽気な男ですが、戦いに当たっては一切の感情を捨てて相手を屠る戦闘マシーンなのです。

 そんな二人が出会ったのは箱根の山中。父に頼まれ、気楽な使いと、飯盛り女目当てで旅に出た新三郎ですが、獰猛なヤマダチ(山賊)の群れに襲われ、あわやのところを魁に助けられることとなります。
 しかしヤマダチが新三郎を襲撃したのは偶然ではなく、実は彼が父から託された書状目当て。そして魁の側にも、ヤマダチと戦う理由があったのであります。
 ゲリラ戦の達人ともいえる魁によって次々と倒されていくヤマダチ。しかし彼らの本拠である砦は難攻不落、魁の属する山の民の一族という頼もしい味方が加わっても、攻略は困難を極めることに……


 そんな物語である本作は、様々な要素を持ちます。その一つは、いわゆる「山の民」ものという点でしょう。
 定住する地を持たず、山中を漂泊し、狩りなどで生活するサンカなど山の民は、時代ものには時折登場する存在であり、最近では長谷川卓の『嶽神』シリーズなどの題材となっています。

 確たる支配制度が確立された江戸時代においても、それに束縛されることなく自由に生きる山の民、というのは、多分に後世の理想が混じった概念でありましょう。
 それを承知の上でなお、太平の時代の武士としての生き方に縛られ(というよりむしろ安住し)てきた新三郎や、己の欲の赴くままに無秩序に暴れ回るヤマダチたちに比べ、魁たちの姿は魅力的に映ります。

 そしてそんな彼らと接するうちに新三郎が大きく成長していく、成長小説としての側面が、本作にはあります。
 冷や飯食いとはいえ生活の心配もなく、日々呑気に遊び暮らしてきた新三郎。そんなどうしようもない軟弱者であった彼が、否応なしに生死の境に放り込まれ、さらに魁をはじめ自分とは生まれも育ちも考え方も全く異なる人々と接することにより、戦士として、いや何より人間として大きく成長していく……そんな青年の爽やかな成長劇も、本作の魅力の一つでありましょう。

 しかし本作の最大の魅力は、物語の大部分を使って繰り広げられるアクションの連続――それも時代劇としてのチャンバラ以上に、西部劇的な弓と銃による大乱戦にあります。
 無法者たちが集まった山賊とは言いつつも、銃器を揃え、下手な軍隊顔負けの戦力を持つヤマダチたち。山中に作られた堅牢な砦に籠もる彼らとの戦いは、ある意味自然に飛び道具の応酬となります。

 果たしてこの時代、ここまでの銃器を集められるのか、という疑問はなきにしもあらずですが、幕末や明治時代の蝦夷地はともかく、享保の内地を舞台に、ここまで爽快にウェスタンしてみせた作品は、そうはありますまい。
(もちろん、銃撃戦にとどまらず、それに対して弓矢で挑む野生児・魁のゲリラ殺法もまた最高に燃えるのであります)


 文章や構成等、デビュー作ゆえの粗さはあります。何よりも新三郎が比較的早い段階にイイ子になってしまい、彼の最大の特徴である品性愚劣さがほとんど生かされていない点は気になります(この辺り、『晴れときどき、乱心』に反映されているのでしょう)。

 それでもなお、これまで述べたような本作を構成する様々な要素と、それを巧みに組み合わせた物語は実に魅力的であり、そしてそれ故に現在にまで至るシリーズとして、物語が展開しているのでしょう。
 遅れた分少々気合いを入れて、シリーズを紹介していきましょう。


『ヤマダチの砦』(中谷航太郎 新潮文庫) Amazon
ヤマダチの砦 (新潮文庫)

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2015.01.14

『操の護り 御広敷用人大奥記録』 走狗の身から抜け出す鍵は

 まだまだ続く吉宗と大奥の対立。吉宗の尖兵として大奥を相手にする御広敷用人・水城聡四郎の戦いもまた、いつ終わるともわかりません。しかしこの巻では再び吉宗の愛する竹姫に魔手が――それも卑劣極まりないものが迫ることになります。それに対する聡四郎の秘策とは……

 吉宗の打ち出した大奥改革に激しく反発する天英院と月光院。その矛先は、これまで大奥で忘れられたように暮らしていた、そして今や吉宗の想い人である竹姫に向かうことになります。
 茶会の場で彼女に恥をかかせようという陰湿な企みは吉宗の計らいで阻まれたものの、天英院は竹姫を大奥から放逐するため、さらなる悪辣な企みを巡らせます。

 ここで述べるのも憚られるような、あまりに汚らわしく下劣な企みの内容は本作のタイトルから察していただくとして、それを阻むべき聡四郎の方も、己の身に降りかかる火の粉を払うのに必死であります。
 ほとんど私怨に近い形で続く伊賀者の襲撃は止むことなく、自宅で保護していた伊賀のくノ一・袖にまで突然の攻撃を見舞われる始末。
 襲撃の首謀者たる御広敷伊賀者頭・藤川は、その座から放逐されたもののかえって執念を燃やし、さらなる策を巡らせます(さらに、御広敷用人内部でも地味に陰謀が……)

 その状況を一気に打開する、とまではいかないまでも、一石二鳥となる聡四郎の策の効き目は……


 と、そんな本作で特に印象に残るのは、しかし、聡四郎以上に、過酷な運命に追いやられた人物の存在であります。

 それは天英院と結ぶ館林松平家から、大奥に五菜(大奥で働く男の使用人)として送り込まれた男・太郎。
 最下級とはいえ武士の身分から、権力者の道具として五菜にされ、家族まで人質に取られた彼は、本作においてある命を与えられます。

 あまりにも愚劣にして理不尽な命に逆らいたくても、上役の命令と家族の生命、幾重にも縛られ、従うしかない彼の姿は、まさに走狗としか言いようがありませんが――
 しかし、その彼を愚かと無条件に笑うことが果たしてできるのか、大いに考えさせられるのです。

 権力者に見込まれたばかりに難題を押しつけられ、苦闘を強いられる――それは上田作品の主人公には定番ではありますが、しかし彼らの敵に回る側にも同様の状況があります。
 権力者でなければ走狗となるしかない……というのは極論かもしれません。
 しかし、果たしてそのような状況に陥った時に如何に行動するべきか、そして何よりも、主人公たちとそれ以外を分かつものは何なのか――上田作品を手にする時、そんな思いは常に胸をよぎるのであります。
(そして今回、その権力者たる吉宗に対して、竹姫への下劣な企みにも匹敵する嫌悪感を感じてしまうのは、これは無理もないことではないでしょうか)


 しかし、その苦しみから抜け出す鍵の一つは、個人と個人のポジティブな結びつき――男女の愛、家族の愛にあるのでしょう。
 本作で描かれる、聡四郎の右腕とも言うべき大宮玄馬とある女性の間に生まれつつある感情は――あまりにも不器用すぎて不思議な微笑ましさすらあるのですが――その希望の萌芽として感じられるのであります。

 思えば作者の作品では、デビュー以来一貫して継承を巡る暗闘と、その中での権力と個人の相剋が描かれてきました。
 その先に何があるのか、本シリーズならではの答えが出される日は遠くないのではないか。本作の結末からは、そう感じさせられるのです。


『操の護り 御広敷用人大奥記録』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
操の護り: 御広敷用人 大奥記録(七) (光文社時代小説文庫)


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 今日も二本立て 「大江戸火盗改・荒神仕置帳」&「破斬 勘定吟味役異聞」
 「熾火 勘定吟味役異聞」 燻り続ける陰謀の炎
 「秋霜の撃 勘定吟味役異聞」 貫く正義の意志
 「相剋の渦 勘定吟味役異聞」 権力の魔が呼ぶ黒い渦
 「地の業火 勘定吟味役異聞」 陰謀の中に浮かび上がる大秘事
 「暁光の断 勘定吟味役異聞」 相変わらずの四面楚歌
 「遺恨の譜 勘定吟味役異聞」 巨魁、最後の毒
 「流転の果て 勘定吟味役異聞」 勘定吟味役、最後の戦い

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2015.01.13

『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』 貸し物が生み出すモノと人のドラマ

 白泉社猫の手文庫の創刊第二弾の一つは、平谷美樹初の人情もの、貸し物屋の支店の店主となった少女を主人公とした、作者らしい個性に溢れた作品。創刊第一弾のアンソロジー『てのひら猫語り』に掲載された短編『貸し猫探し』の、本編とも言うべき作品であります。

 貸し物屋とは、今で言うレンタル屋のこと。借料を損料と言ったことから、損料屋とも言われる稼業です。
 レンタル屋といっても、何となく我々に想像できるような家財道具や紋付き袴などおろか、褌まで置いていたという江戸時代の貸し物屋の中でも「よろず貸し物 無い物はない」というある意味人を食った看板を掲げているのが、本作に登場する湊屋であります。

 この湊屋、貸し物屋としては看板の文句もあながち嘘ではないような大店で、客層も庶民から武家まで様々、初代は将軍の血筋などという噂もある、何ともユニークな店。
 そして当代の若き主人・清五郎は、長身の優男ながらどこか浮き世離れした男、店のことは下に任せ、暇さえあれば刀を振っているような変わり者であります。

 そんな湊屋が新たに開いた、両国広小路に面した支店の店主こそが本作の主人公、可愛らしくも男勝りの少女・お庸であった――というのが本作の基本設定。
 全四話で構成された本作の第一話は、このお庸が店主となるまでを描いた、いわば誕生編とでも言うべき内容であります。

 腕の良い大工の棟梁として何不自由なく暮らしていたものが、ある日突然、凶賊の手によって両親を奪われたお庸。
 奉行所の調べも当てにならず、思いあまった彼女は、一度であったことのある清五郎に、「仇討ちのための手」を貸して欲しいと訴えたのであります。

 その代価として清五郎が求めたのが、お庸が支店の店主となること。気まぐれとも見える清五郎の真意はともかく、密かに清五郎に憧れている彼女にとっては渡りに船のチャンス! というわけで、タイトル通りの店主誕生となるのであります。

 そして始まる物語は、貸し物屋に置かれた品物同様、なかなかに多様にして個性的なものばかり。
 開店前日に中間が高価な雛人形を借りにきたことから意外な事件に発展する第二話、穴の開いた笊が欲しいという奇妙な依頼の背後にある切ない人情を描く第三話、そして両親の新盆を前にお庸の実家で騒ぎを起こす少女の霊を巡るジェントルゴーストストーリーである第四話……

 いずれも時代小説デビュー以来、一つとして同じような作品のない、アイディアマンの作者らしいバラエティに富んだエピソード揃い。冒頭で作者初の人情ものと述べましたが、作者が人情ものを書けばこうなるのか、と唸らされた次第です。

 それにしても感心させられるのは、物語の舞台を、貸し物屋とした点であります。
 実を言えば、「モノ」を題材としているという点でいえば、作者には、モノが変化する付喪神を相手とする『修法師百夜まじない帖』があります。
 しかし貸し物屋にあるモノは、古きものであるだけでなく、人に貸され返ってくるもの、そこに人の存在が必然的に――それも一方向ではなく、双方向のコミュニケーションが――関わってくるものであります。

 その点において、本作はモノにまつわる、そして人の、人の情の絡むドラマがより発生しやすい構造であり、そしてそれこそが本作のバラエティに富んだ内容を支えていると申せましょう。


 そしてまた本作をさらに魅力的なものとしているのは、そのキャラクターの個性でありましょう。
 何しろ主人公のお庸からして、見かけは可愛いにもかかわらず一人称は「おいら」の男勝り、客と口げんかも日常茶飯事という荒くれ。それでいて清五郎にはメロメロ…というのが周囲にはバレバレというのも楽しく、ややもすると(そもそも彼女自身の背負ったもの自体がそうなのですが)重くなりがちな物語を明るくしてくれるのです。

 その他、上に述べた清五郎や、謎めいた用心棒の半蔵に底抜けのお人好しの(しかし折に触れて切れ者ぶりを見せる)手代・松之助、さらには昼行灯のようでいて底が知れない同心の熊野など、どのキャラクターもどこか必ずひねりのある造形で、彼らのやりとりを見ているだけでも楽しいのです。

 物語世界も、登場人物も、もちろん展開される物語も、この作品ならではの燦めきを持つ本作。まだシリーズは始まったばかりですが、これからの展開が待ちきれないところであります。


『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』(平谷美樹 白泉社招き猫文庫) Amazon
貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる (招き猫文庫 ひ 1-1)


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2015.01.12

『神変武甲伝奇』 古き良き世界の横軸を超えて

 大店・伊勢屋の寮の留守居を頼まれた素浪人・村尾平四郎は、店の若旦那が殺され、用心棒が謎の割腹を遂げたことから、べらぼう村正の不良旗本・左文字小弥太らと事件の謎を追うことになる。彼らの前に現れる奇怪な尼僧たちと黒装束の怪人たちは何者か? 驚天動地の変転を遂げる物語の舞台とは……

 時代小説シーンにおける昨年の密かなニュースは、長らく幻となっていた都筑道夫の伝奇時代小説が一挙に復活したことではありますまいか。
 幻の作品の発掘とくればこの人、とも言うべき日下三蔵の編によるこのシリーズに収録されたのは全三作ですが、本作はその一つ。伝奇時代小説の王道を行くと見せかけて、途中で驚くべき世界に飛翔する、作者らしいユニークな作品であります。

 古き良き伝奇時代小説のパターンの一つといえば、江戸で平和に暮らす知勇に優れた主人公が、突如として奇怪な事件の渦中の中に巻き込まれ、怪人・怪盗・妖術師など複数の勢力が入り乱れる中で、巨大な謎に迫っていくというものでありましょう。
 多くの場合その謎の正体は隠された巨万の富であり、そしてクライマックスでは舞台は江戸を離れ、秘宝の隠された地での攻防戦が……

 と、本作は、まさにそのスタイルにピタリと当てはまるものであります。明るく剣技に長けた浪人・村尾平四郎が、大店の若旦那とその用心棒の死から始まる怪事件に巻き込まれ、彼の前に現れるのは、妖術を操る尼僧集団に黒衣の忍者たち、むささび小僧の異名を持つ盗賊に、大凧に乗って宙を舞う美剣士――
 そんな面々が争奪戦を繰り広げるのは、百万両の財宝の在処を示した六枚の迷子札。平四郎の味方となるのは、竹光で真剣のように相手を叩き斬る不良旗本に、侠な大酒飲みの清元師匠、腕利きの岡っ引きと、いやはや、ある意味見事なまでの布陣であります。

 作者一流の考証の妙――よそではまずお目にかかれない(スルーされてしまう)ような江戸の風物を、物語の興を削がぬ形で物語に織り込んでいく巧みな文章も心地よく、古き良き伝奇時代小説の世界が、ここに見事に再生されているのですが……


 が、あの都筑道夫が、ミステリは言うまでもなく、創成期のSF・ファンタジーの分野においても活躍した作者が、古きものを古きもののままとして描くはずがありません。

 本作についてはぜひ新鮮な驚きを味わっていただきたいため、物語の先に何が待ち受けているか、それをここでは述べません。
 しかし本作の中心にあるアイディアは、少なくとも私の知る限りでは、時代伝奇小説においてはほとんど空前絶後のもの――今に至るまで、同様のものをほとんど見ない、それだけにインパクト絶大なものであります。

 述べないといいつつ少しだけ語ってしまえば、日下氏の解説によれば掲載誌において本作の前に連載されていた半村良『妖星伝』が、時間という世界の縦軸を巡る物語だとすれば、本作は空間という世界の横軸を巡る物語とでも言うべきでしょうか……
 そしてまた、先に述べた巧みな時代考証、地に足の付いたこの世界の描写こそが、その衝撃をより大きなものとしていることに、改めて気付くのであります。

 本作のタイトルにある「武甲」とは、作者の言によれば武州から甲州へと移っていく物語の舞台を指すものですが、それすらも一種のミスリーディングともいえる、大いなる仕掛けが施された作品である本作。
 長らく幻となっていたこの快作が、ここに復活したことを大いに喜ぶものであります。

 なお、私は以前刊行された角川文庫版から久しぶりに本作を読みましたが、本書にはその角川文庫版に掲載されていた秋津透による解説に加え、上で触れた日下三蔵の解説も付されております。

 本作の連載時のタイトルが『憑魔伝』であったこと、それから類推して本作が上記の『妖星伝』に続くものとして出版社から期待されていたのではないかという論考等、実に参考になる解説であったことは、ここに触れておきべきでしょう。


『神変武甲伝奇』(都筑道夫 戎光祥出版都筑道夫時代小説コレクション) Amazon
神変武甲伝奇 (都筑道夫 時代小説コレクション3)

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2015.01.11

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 この年末年始は長いと大喜びしていたのもつかの間、もう休みは空けて新年のお仕事もスタート。そんな中で楽しみなのは時代伝奇アイテムですが……純粋に日数が少ないなかにどれだけのアイテムが発売されるか、期待と不安の2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、故あって今回は漫画の方から紹介しますが、まず驚き&期待は、廉価版コミックで発売される外薗昌也の『鞍馬天狗(仮)』。まず間違いなく、以前『コミック乱ツインズ』誌に連載された作品かと思いますが、実は単行本は中絶状態。
 今回こそ全て収録されることを祈っております。

 さて、その他もなかなかのラインナップ。
せがわまさきはいよいよ本戦突入の『十 忍法魔界転生』第6巻に加え、新装版『鬼斬り十蔵』第1巻が登場。長らく幻の作品となっていただけに嬉しいところです。

 また、何が起こるかわからない決戦の真っ最中の水上悟志『戦国妖狐』第14巻、いよいよ物語も核心に近づく睦月ムンク『陰陽師 瀧夜叉姫』第6巻、もはや安定の域の梶川卓郎『信長のシェフ』第12巻、前巻からかなり短い間隔の刊行で嬉しい驚きの永尾まる『猫絵十兵衛御伽草紙』第12巻、物語もこれからが本番であろう漆原玖『姫路城リビングデッド』第2巻――
 楽しみなシリーズものの最新巻が並びます。

 また、袴垂を主人公とした連作シリーズの最新巻である河村恵利『平安怪盗伝 恋の秘めごと』、新釈水滸伝も無事に続巻登場の琥狗ハヤテ『メテオラ』第2巻なども楽しみなのです。

 もう一つ、これを時代ものと呼ぶと怒られますが、個人的に大好きなそにしけんじ『トロピカル侍』第3巻も……
 武蔵はハワイに行ったり現代で暴れたりと相変わらず大変ですね。


 さて、文庫小説の方ですが……これが驚くくらい少ない。あまりに寂しいので漫画の方を先にしてしまったほどであります。

 『夢の燈影』も好評の小松エメルの久々のシリーズ最新巻『うわん 2(仮)』、ラインナップも楽しみながら戸部新十郎の(もしかしたらアンソロジー?)『身は錆刀 忍者小説セレクション(仮)』、そしてシリーズもいよいよクライマックスであろう中谷航太郎『シャクシャインの秘宝 秘闘秘録新三郎&魁』。

 これだけというのはまことに残念ですが、いずれも粒選り、見逃せない作品であります。


 しかしそれにしてもあまりに寂しい……来月は過去の名作も合わせて読むことといたしましょうか。



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2015.01.10

『お伽もよう綾にしき ふたたび』第3-4巻 過去から繋がる人と人の絆

 室町時代を舞台に、もののけを招く体質の少女・鈴音と、修験者の青年・新九郎のカップルがもののけや怨霊に挑むファンタジー『お伽もよう綾にしき』の続編の第3,4巻であります。以前も触れたように、今回は前日譚がメイン。新九郎の視点から、前作に至るまでの物語が描かれることとなります。

 妖術師・大木現八郎や大怨霊・八重から伊摩の国を守り抜いた鈴音と新九郎ですが、二人の縁は10年前の出会いに遡る……というのは、前作の第一話に描かれたとおり。
 今回紹介する第3巻と第4巻の中盤まででまず描かれるのは、その出会いに至るまでの新九郎の過去の物語であります。

 元は歴とした武家の出ながら、戦乱で一族は滅び、老いた侍女・竹野とともに落ち延びてきた幼い新九郎。
 そんな彼は病に倒れた竹野を救おうと奔走するうち、やはり元武士の修験者・正験と出会い、己の隠れた霊能に気付くことになります。

 やがて訪れる竹野との別れを経て、正験の弟子となった新九郎。やがて現八郎との出会いと決別、正験との別れ、そして旅立ち……と、前作で語られた部分も多いのですが、しかしここで新九郎の目から丁寧に描き直される物語は、なかなかに新鮮かつ印象的であります。

 特に新九郎が二度にわたって肉親代わりの人々と永遠の別れを告げる場面は、(こういう言い方はいかがなものかと思いますが)経験者であれば必ずやその時のことを思い出して、胸を突かれるような想いとなるのではありますまいか。
 過度にエモーショナルではなく、むしろ静かな、サラリとしたものとすら見えるにもかかわらず、ここまで印象的なのは、作者の筆の力というほかありますまい。


 そして新九郎の物語はさらに続きます。鈴音との初めての出会い、前作ではほとんど伝聞で語られるのみだった10年前の現八郎との対決の過程、そして時は流れ、おじゃる様と一体化した中からの成長した鈴音との再会――

 新九郎の少年時代以上に、この辺りのエピソードは、前作のリトールドであり、その意味では新鮮さはありません。
 しかし既に語られた物語であるからこそ、そこから漏れたディテール――新九郎の感情というものが、より鮮明に伝わってくるのもまた事実です。

 特に過去と現在、二度の鈴音との出会いにおける新九郎の心境の違いが実にいい。
 過去においては、「ととさま」と呼ばれて大いに戸惑いつつも、やがて自分のそれに通じる鈴音の孤独感を理解するようになる姿。
 そして現在においては、美しく成長した鈴音に戸惑いつつも(おじゃる様の目を通しているためか、最初は異なった姿で鈴音が見えるという描写の細かさにも感心)、彼女に惹かれる自分を自覚し、受け入れていく姿……

 本作が人ともののけの対決を中心に据えつつも、どこまでも柔らかく暖かい印象を受けるのは、こうした人と人の絆を丁寧に描く点によると、今更ながらに再確認させられた次第です。


 そして第4巻の後半から物語は現在のその後の物語――再び後日譚としての続編に移行します。
 伊摩の国の寺に現れ、ある名簿を奪って消えたもののけ。夫婦揃っての追跡を命じられた新九郎と鈴音、そしておじゃる様と現八郎天狗は、大した妖気もないことから物見遊山気分でこれをのんびり追いかけるのですが……

 まだ物語は謎の提示の連続という印象で、ほとんど全く先は見えないのですが、メイン四人のやりとりは相変わらず楽しく、そして新キャラクターもなかなかに可愛らしい。


 発売されたばかりの第5巻にもすぐ手を伸ばしているところであります(ようやく追いつきました……)


『お伽もよう綾にしき ふたたび』第3-4巻(ひかわきょうこ 白泉社花とゆめコミックス) 第3巻 Amazon/ 第4巻 Amazon
お伽もよう綾にしきふたたび 第3巻 (花とゆめCOMICS)お伽もよう綾にしき ふたたび 4 (花とゆめCOMICS)


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2015.01.09

『決戦! 関ヶ原』(その三) 関ヶ原という多様性

 関ヶ原の戦アンソロジー『決戦! 関ヶ原』の紹介も残すところあと二作品。残るは西軍の中でも(ある意味)最大の敗者ともいうべき二人の武将を主人公とした作品であります。

『真紅の米』(冲方丁)
 関ヶ原で敗れて命を失った武将は幾人もいますが、最終的に勝者となった――いやそれどころかある意味最大の功労者であるにもかかわらず、不朽の(?)汚名を背負うこととなった武将はただ一人、小早川秀秋のみではないでしょうか。

 フィクションの世界においても、最近は三成の再評価が進んでいるように感じられる一方で、秀秋を良く描いた、あるいは行動にそれなりの理を以て描いた作品はほとんどなかったのですが……その難事に挑んだのが本作であります。

 本作で描かれる秀秋は、後世に伝わる暗愚さとは裏腹の、青年らしい進取の気概と聡明さを合わせ持った人物。
 しかし晩年はほとんど狂気の如く周囲の人間、なかんづく親族を排除していった秀吉の目を逃れるため、暗愚を装っていた――それが本作の基本設定であります。

 果たして自分は何者なのか。何が自分を生かしているのか。
 そんな幼い頃からの歪んだ環境が生んだその想いを抱える秀秋は、戦の繰り返しではなく、実学を踏まえた国作りを基盤においた家康に共感を覚え、それが関ヶ原での行動に繋がっていくのですが……

 「この人物は実は○○でした」というのは、どんな話も作れてしまう、ある意味反則に近いアイディアですが、本作はそこに秀秋の聡明さが向かった先として米――国作りの象徴として、そして何よりも人を活かす基ととして――を提示してみせることにより、不思議なリアリティを生み出しています。
 言葉の使い方、文章の構造等、明らかに他のプロパー歴史作家と違うのも、また本作の、一種のリアリストとしての――そして現実が見えすぎるがゆえの彼の悲劇なのですが――秀秋像にはマッチしていると感じられるのです。


『孤狼なり』(葉室麟)
 そして、家康を描いた『人を致して』始まった本書の掉尾を飾るのは、この戦の最大の敗者ともいうべき石田三成であります。

 この戦の原因について、冒頭の『人を致して』が家康と三成の共謀説を描いたのに対し、本作はこの戦の背後で駆虎呑狼の計を巡らせていたある人物の存在を浮かび上がらせることとなります。

 駆虎呑狼――豹に向かって虎をけしかけ、その隙に狼に虎の穴を狙わせる。己にとって邪魔となる者たちを戦い合わせて弱らせ、自らは利を得る。それを企んだ人物が誰であるか、そしてその先に何を狙っていたのか、もちろんそれをここでは語りません。
 しかしその人物の立ち位置を、そしてこの戦での行動を考えれば、なるほどあるいは……と思わされるのであります。

 幾重にも張り巡らされた糸に絡め取られ、「狼」として「虎」たる家康と戦うこととなった三成。その彼が最後の最後、親友とともに放った一手とは……
 関ヶ原の戦最大の敗者が、戦の果てに狙ったものは何であったのか。人に操られることを拒み、誇り高き牙を剥き続けた「孤狼」の姿がここにはあるのです。


 以上七編、これまで述べてきたように登場人物も設定も視点も異なる作品揃いですが、ここの作品のレベルの高さはもちろんのこと、その多様性こそが、関ヶ原の戦の(こういう表現はいかがなものかと思いますが)面白さをはっきり示していたと感じます。

 実に17万の兵が激突した戦国最大の戦いたる関ヶ原。当然のことながら、双方の戦力の大きさは、そこに集った武将たちの多さをも意味します。
 それぞれの理由から東西に分かれつつも、その中でも更にそれぞれの思惑を秘めて戦った武将たち。その多様性が生み出すドラマこそが、我々が関ヶ原の戦に魅力を感じる最大の理由なのではありますまいか。

 そんな関ヶ原の戦の魅力を知るのに、本作は最良の一冊と申せましょう。
 冒頭と巻末の作品のある意味対になった構成といい、折り込みの対陣/武将相関図といい、企画の巧みさも印象に残ります。


『決戦! 関ヶ原』(伊東潤ほか 講談社) Amazon
決戦!関ヶ原

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2015.01.08

『決戦! 関ヶ原』(その二) 勝者と敗者の間に

 七人の時代・歴史小説家による関ヶ原の戦アンソロジー『決戦! 関ヶ原』の紹介のその二であります。

『有楽斎の城』(天野純希)
 戦国時代を舞台とした作品を多く描きつつも、いわゆる有名人ではなく、その陰にあった人物を主人公としてきた作者が本書で描くのは、あの信長の弟、織田有楽斎。
 有楽斎といえば、武将というよりもむしろ茶人、というより後者としての名がほとんどかと思いますが、実は本能寺の変・関ヶ原の戦・大坂の陣のいずれにも居合わせた上に、尽く生き延びているという希有な人物です。

 本作は、その有楽斎による一人称で語られるユニークな物語であります。
 信長の弟として周囲からは色眼鏡で見られながらも武将とはさっぱりの有楽斎。そんな彼がようやく見つけた安らぎの世界である茶道においても、師である千利休はいわば政治の犠牲となって命を落とし……

 そんな良いことなしの人生でせめて一花咲かせるべく関ヶ原に参戦した有楽斎――と、お話であればここで彼が大活躍して周囲を見返すという展開になるのですが、「現実」はそんなにうまくいくはずもありません。
 幾万もの兵が入り乱れる戦場の中で翻弄され、いざ敵が向かってくれば腰が抜けてしまうような有楽斎の姿には、思わず苦笑してしまうのですが……

 しかし考えてみれば、そんな彼の姿を笑うことはできますまい。
 戦国時代だからとて、武門の家に生まれたからといって、皆が武将として活躍できるわけでもないというのは考えてみれば当たり前の話。そんな有楽斎を笑うのは、彼の周囲の無神経な人間たちと変わりますまい。

 しかし運命は皮肉なもの。戦の末に彼が得たものとは、そして後の時代に残ったものとは……ここにきて我々は苦笑ではなく、にっこりと笑うことができるのです。


『無為秀家』(上田秀人)
 ここからは敗者となった西軍側の武将を描いた作品となります。その最初の作品は、備前の雄・宇喜多秀家のその時を描いた作品であります。

 西軍の、いや豊臣家恩顧の大名の多くがこの戦の後に早々と命を落とした中で、五十年以上の長寿を保った秀家。
 その意味では極めて特殊な存在とも言える秀家ですが、本作で(作者独特のモノローグの多用により)語られる彼の胸中は、それ以上に特異なものを感じさせます。

 戦国屈指の謀略家として恐れられた父を早くに失い、戦国の荒波に否応なしに揉まれた秀家。その彼の父というべき存在となったのは秀吉であり、そしてその秀吉の子たる秀頼は、彼にとっては弟ともいうべき存在であります。
 それ故に、彼にとって秀頼を(形だけとはいえ)奉じる西軍につくことは考えるまでもないことだったのですが……

 しかしそんな彼を翻弄するのは、戦場での武と武のぶつかり合いではなく、その背後で繰り広げられる政と政のぶつかり合いであった……というのが、文庫書き下ろし時代小説などでも「政」の世界を中心に描く作者らしいところでありましょう。

 まさに勝敗の決するその時となってそれに気付いた秀家の胸中を――そしてその後の運命を思えば、索漠たる想いとならざるを得ません。


『丸に十文字』(矢野隆)
 本書で最も異彩を放つ作者による本作で描かれるのは、期待通りと言うべきでしょうか、関ヶ原の戦である意味最も苛烈な戦闘を行った島津義弘の姿であります。
 期待通りというのは作者がデビュー以来ほぼ一貫して生死の境に身を置いて戦う男の姿を描き続けてきたからであり、そしてその題材として、もはや戦闘民族とも言うべき当時の島津家を題材としたからにほかなりません。

 本国の部隊ではなく、わずかな手勢で参戦、初めは東軍側に参戦したはずが伏見城の戦を経て西軍に参加、いざ戦が始まってもほとんど動かず、勝敗が決した後に敵陣に突撃しての「島津の退き口」……
 冷静に考えてみればかなり無茶を重ねたこの時の義弘の行動ですが、しかしこの作者の筆を通せば、その荒ぶる魂の赴くところに何の矛盾もなかった、と思えてしまうのはさすがと言うほかありません。

 自分の魂の欲するまま、丸に十文字の旗印の下に死地に馳せ参じる義弘らの姿には、むしろ爽やかさすら感じられるのであります。


 残る二編は次回の紹介といたします。

『決戦! 関ヶ原』(伊東潤ほか 講談社) Amazon
決戦!関ヶ原

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2015.01.07

『決戦! 関ヶ原』(その一) 豪華なるアンソロジー、開戦

 戦国時代の終わりの始まりとも言うべき関ヶ原の戦を題材に、当代屈指の時代・歴史小説家七人が、それぞれ異なる武将を主人公として競作した豪華なアンソロジーであります。いずれ劣らぬ作品揃いだけに、一作品ずつ紹介していくこととしましょう。

『人を致して』(伊東潤)
 一番手に掲載されたのは、この戦の勝者たる徳川家康を主人公としたこの作品。
 しかし冒頭で語られる、この戦が実は三成と家康の密約による、家康を勝たせるためのものであった、という「真実」に度肝を抜かれます。

 豊臣家の存続という至上命題のためにはむしろ有害ですらある武断派の大名を除かんと考えた三成。豊臣家の存続が保証されるのであれば、家康が天下を取っても構わないとまで語る三成の策に、家康は乗るのですが……

 私も色々な関ヶ原ものを読んできましたが、この戦が三成と家康が共謀して行われた、というアイディアは初めて見たように思います。
 本作はその斬新な視点から、戦に至るまでの諸大名の動きを語ってみせるのですが、ある史実の陰に誰かの明確な意思があった、という趣向の作品にはままあることながら、年表をそのままなぞったような展開に感じられる部分があるのは事実。

 しかしながらそれを無味乾燥なものとして終わらせないのは、主人公たる家康の想いにあります。
 タイトルの由来は「人を致して致されず」という孫子の兵法の有名な言葉――他人に主導権を握られることなく、他人を動かすというこの言葉とは裏腹に、他人の思惑に左右されてばかりの家康の人生。その辺りは例えば作者の『天地雷動』にも示されているところですが、本作はそこから抜け出そうともがく家康の姿が印象的なのであります。


『笹を噛ませよ』(吉川永青)
 戦国ファンであれば、タイトルを見た時点で誰が主人公かわかってニヤリとできるのではないでしょうか。そう、本作の主人公は笹の才蔵こと可児才蔵。戦場で敵を倒しすぎて首を落とす暇がなく、目印として笹の葉を噛ませておいたという、戦さ人らしい逸話を持つ人物であります。

 しかしその逸話に反して、彼の人生は変転の連続。すなわち、斎藤龍興から始まり、柴田勝家、明智光秀、佐々成政等々、仕えた大名が尽く滅んでいるのであります。
 どれほど個人の剛勇を誇ろうとも、人生においてはいわば負け組であった才蔵。そんな彼も老境にさしかかり、福島正則の陣から最後の戦として関ヶ原に参加することとなるのですが……

 と、関ヶ原の福島正則といえば、東軍の先鋒を任じられていながら井伊直政に抜け駆けされたという逸話がありますが、本作においてその抜け駆けの場に居合わせたのが才蔵。
 己の晴れ舞台に泥を塗られた格好となった才蔵は激怒し、西軍そっちのけに直政を討つべく乱戦の場に飛び込んでいくことになります。そしてようやく追いついた直政の語る言葉とは……

 井伊直政といえば勇猛を知られた赤備えを率いた将であり、作者の『誉れの赤』の中心人物でもありますが、本作の才蔵の目に映るのは、何とも憎々しい非礼な敵役めいた男。しかし――

 この戦において、才蔵は計20もの首を挙げ、家康直々にその功を賞されることとなります。しかし彼がこの戦で本当に得たものは何であったのか。
 男の生き様、男と男の交誼が何とも気持ちの良い一編であります。


 想像以上に長くなってしまいました。二回に分けて紹介するつもりが、三回に分けることになってしまいそうです。

『決戦! 関ヶ原』(伊東潤ほか 講談社) Amazon
決戦!関ヶ原

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2015.01.06

『戦国武将列伝』2015年2月号(その二) 戦国に命を繋ぐ料理

 リイド社『戦国武将列伝』誌、2015年2月号の紹介の後編であります。前回は3作品を紹介いたしましたが、今回も3作品を紹介しましょう。

『孔雀王戦国転生』(荻野真)
 いよいよ孔雀と信長の真の敵も判明し、決戦に向かうかに思われる本作ですが、今回はその序章とでも言うべき内容。
 前々回の戦いで稲葉山城を奪った信長が城下を岐阜と改め、城の改修も終わったところに、祝いの品を携えた各大名の使者が訪れることとなります。

 そこに現れたのは、朝廷からの使者と称する二人の古風な姿の童子。その場に酒の泉に美女たちの園を現出させてみせた彼らは、宴に酔いしれる者たちを京に招くのですが……

 京に戦国武将たちを招き、総当たりの死闘を現出させんと企む存在。それこそが真の敵なのですが、その名は――いやはや、その存在のかつての名前を非常にベタな形でもじってくるのには驚きましたが、それを岐阜の由来に結びつけたのにはさらに驚かされます。

 周の文王の故事に倣ってつけられたという岐阜。あまり信長らしくない逸話をこうして料理してみせたのは、さすがというべきでしょう。


『蒼太郎の詩』(本庄敬)
 今号の特別書き下ろしは、人情料理漫画『蒼太の包丁』の本庄敬……というわけで、タイトルを見れば察せられるように、蒼太郎のほかにもどこかで見たようなキャラが登場する一種のスピンオフともいえる作品であります。

 とある戦に敗れて戦場から落ち延びる百姓の蒼太郎たち四人の足軽。しかし敵軍に追い詰められた蒼太郎は、末期の願いとして手持ちの兵糧と野草で料理を作ろうと……

 時代料理もの、特に戦国料理もの漫画もいくつかありますが、そこに共通するのは、限られた材料を用いて料理を作り上げる、一種のサバイバルもの的側面が見られることでしょう。
 本作もその一つですが、面白いのはその目的がサバイバルとは正反対の――しかしそれに負けぬほど切実な――死ぬ間際にせめて美味いものを食べたいという、その想いを満たすため、という点であることは間違いありません。

 その料理の目的故に、本作はどうしても地味な印象は否めないのですが、しかしそれも本作独特の味わいと言うべきでしょう。


『後藤又兵衛』(かわのいちろう)
 秀吉による九州征伐後に豊前に入った黒田家に反発して蜂起した城井鎮房。それに対し、黒田側は彼と和議を結ぶと称して招き、だまし討ちにした、という史実を題材に、その中で又兵衛が何を思い、如何に動いたのか――それが描かれることとなります。

 ……実は本作は今回が最終回。正直に申し上げて、ずいぶんと中途半端な時点でという印象は否めません。
 しかし直情径行の戦さ人であった又兵衛が、綺麗事ではすまぬ現実と直面し、その中で己が如何に立つべきかと向き合う、というドラマを描いた時点で終わるのは、一つの到達点と言えなくもありません。

 そして何よりも素晴らしいのは、又兵衛と鎮房の一騎打ち(これはまあ、本作ならではのフィクションかとは思いますがそれはさておき)の描写でありましょう。
 これまでも折に触れて述べてきましたが、デビュー以来の作者の真骨頂は、スピード感……というより瞬発力に溢れるアクション描写だと私は感じています。

 今回描かれた又兵衛と鎮房の激突はまさにこの魅力に満ちたもの。ギリギリの一瞬までに緊張感が高まった末に生と死が交錯する様は、派手な合戦シーンとはまた違った魅力のある名場面でありました。

 それだけに彼の後半生がラスト2ページのみで語られてしまったのは、やはりまことに残念と言うほかないのですが――
 が、次号から同じ作者の『真田幸村舞闘伝』が連載開始とのこと。又兵衛とは大坂の陣では轡を並べた同志である幸村の物語ということで、こちらを楽しみにするといたしましょう。


 次号はこの『真田幸村舞闘伝』のほか、読み切りで井伊直虎を主人公とした北崎拓の『井伊家の童女』が登場――と、「クピドの悪戯シリーズ」最新作とあるのですがこれは一体――が掲載されるとのこと。
 連載陣もさることながら、意外なゲスト陣が魅力な雑誌だけに、今年も期待できそうであります。


『戦国武将列伝』2015年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 戦国武将列伝 2015年 02月号


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2015.01.05

『戦国武将列伝』2015年2月号(その一) 少年、戦国に戻る

 年を越してしまい恐縮ですが、2014年最後の『戦国武将列伝』誌であります。今号の巻頭カラー&表紙は楠桂『鬼切丸伝』、特別読み切りとして本庄敬『蒼太郎の詩』が掲載されています。それでは、今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げていきましょう。

『鬼切丸伝』(楠桂)
 これまで数回にわたり鬼切丸の少年のオリジンを中心に平安時代を舞台としたエピソードが続いていましたが、久々に戦国時代に戻って描かれる今回登場するのは、柴田勝豊と丸岡城であります。

 柴田勝家の甥である勝豊が築城した丸岡城は、その後主を次々と変えつつも現代にまで残っていますが、今回描かれるのは、その築城の際に隻眼の後家・お静が人柱とされた、という逸話を踏まえた物語であります。

 息子を武士に取り立てるという勝豊との約束を信じ、人柱となったお静。しかしその約束は果たされず、怨霊と化した彼女が荒れ狂い……というのが逸話の内容ですが、本作においてはそれをより凄惨なものに描き変え、そして彼女が変じたものが鬼であった、ということで鬼切丸の少年が登場することになるのですが――

 強い妄念・執念により人が変じる本作の鬼。今回のその念は、約束を違えた勝豊への怒りであると同時に、残した子供への母の強い愛であります。
 もちろんいかなる鬼であれ見逃すことはない鬼切丸の少年ですが、しかし本作で描かれた彼の母もまた、人の裏切りで命を落とした女性。それを踏まえた上で今回の展開を見れば、また色々と考えさせられるものがあり、そしてそれが本作独自の方向性なのかもしれないと感じさせられます。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 毎回二本立てで描かれる本作ですが、今回描かれるのは、相馬家を相手とした政宗の初陣……なのですが、強く印象に残るのは、今回初登場の伊達成実であります。

 景綱と並んで政宗を支えた忠臣として、コンビで登場することも少なくない成実ですが、武で知られた人物、それもかなり猪突猛進だったとのことで、本作のような作品では格好の題材でしょう。
 特に彼の特徴的な兜――毛虫の前立てをネタにした天丼的ギャグは、この作者ならではでしょう。

 その一方で、愛姫を使って、この当時の東北に特徴的な大名間の関係を語らせるなど、歴史ものとしての目配りもさすがといったところでしょう。
 そしてラストではあの人物の死が……色々な意味で次回が気になるところであります。


『セキガハラ』(長谷川哲也)
 秀吉を殺した奇怪な蜘蛛の怪物をはじめ、本作でのこれまでの一連の怪事件の背後で糸を引いてきた真の敵・黒田如水が登場し、いよいよ関ヶ原に向けて動き出した感のある本作。
 これまで比較的中立なスタンスだった家康が、自らの黒臣(くろおん)に敗れて消滅、黒臣に成り代わられたことで一気に情勢は不利になった三成ですが、今回はさらに敵の魔手が広がっていく様が描かれます。

 その魔手の向かう先は、ほかならぬ徳川家。家康に続き、四天王までが皆……というわけで、影武者徳川家康ならぬ影武者徳川家状態であります。
 さらに、この時点では既に死んでいるはずの酒井忠次も登場。本来であれば同時に登場するはずのない四天王をぬけぬけと(誉めております)勢ぞろいさせてしまうセンスが楽しいのです。

 とはいえ、敵をわかりやすい悪(あるいは偽者)としたことで、構図が二元論的なものになりかねないのでは……という危惧はなくもないのですが、しかし当の三成をはじめとして、これに抗する側も一筋縄ではいかない者ばかり。
 史実では、少なくとも開戦時には互角以上の形となっていた西軍ですが、さてここから巻き返すことができるか? 相変わらず先が読めぬ展開で続きます。

 長くなりますので続きます。


『戦国武将列伝』2015年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 戦国武将列伝 2015年 02月号


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2015.01.04

『とんがらし』 総司と左之助の平凡な日常の先に

 桐村海丸による異色の新撰組漫画であります。中心となるのは沖田総司と原田左之助――どちらも新撰組の人気者ではありますが、しかし作品の大半を費やして描かれるのは、彼らがそうなる以前の姿なのです。

 近藤、土方、沖田、さらには永倉、藤堂、原田……新撰組の創設メンバーである彼らが、元々は市ヶ谷の剣術道場である試衛館に集った面々であることは、言うまでもないでしょう。

 本作で描かれるのは、その試衛館時代の彼ら――総司と左之助の姿。試衛館の内弟子として暮らす総司、試衛館にふらりと現れた風来坊の左之助の二人の青春時代が本作の中心となるのですが……
 しかしここで描かれるのは、彼らが青雲の志に燃えて剣を磨く姿などではなく、彼らが暢気に楽しく、平凡な日常を送る姿。実に全19話のうち、新撰組(浪士隊)が登場するのはラスト3話のみなのであります。

 月見の準備を手伝う、もらいすぎた鯖を七輪で焼く、お地蔵さんの掃除をする――
 幕末の動乱などとは無縁に平穏な青春時代を送る彼らの姿は、作者ならではの散文的で、粗いようでいてその中に人の心の繊細な動きを感じさせるタッチによって、瑞々しく暖かいものを感じさせるものがあります。

(その中で唯一、ちょうど本作の真ん中のエピソードでは、桜田門外の変が描かれるのですが、暗殺に向かう浪士の姿と、平凡な雪の一日を過ごす総司たちの姿を交錯させた好編であります)


 もちろん、この作品を新撰組ものとして楽しめるのは、彼らのその後の姿を知っているからこそ、その後の姿から逆算してのものであることは否めません。
 ラスト3話で描かれるのも、派手な剣戟などではなく、あくまでも彼らの――あるいは彼らが退場した後の――日常の姿であり、いわゆるお馴染みの新撰組ものとしての内容を求めて手にすれば、戸惑うことになるかもしれません。

 しかしそれであったとしても、いやそうした点があるからこそ、本作は優れた新撰組である……私はそう感じます。

 時に思想のない戦闘集団として否定・非難される新撰組。しかしそれは裏を返せば、彼らがあくまでも――そんな状況に踏み込むまでは――ごく普通の若者たちであったということにほかならないのではありますまいか。
 本作で浮き彫りとされているのは、そんな新撰組の側面なのであります。


 本作のタイトル『とんがらし』の花言葉は「旧友」。
 最終話、そんな旧友たちが皆去った後、ただ一人死の床に伏した総司の姿と彼の言葉に、本作で散文的に描かれてきた全てが、もう決して戻らないものであることを、我々な痛切なまでに悟らされることになります。

 幕末の非日常と背中合わせに存在した平凡な若者たちの平凡な日常を描き出した本作を、私はこよなく愛するものであります。


『とんがらし』(桐村海丸 講談社モーニングKC) Amazon
とんがらし (モーニング KC)

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2015.01.03

『お伽もよう綾にしき ふたたび』第1-2巻 幸福な結末の後の理想的な後日譚

 伊摩の国での戦いを終え、晴れて夫婦となった鈴音と新九郎。守護の招きで京に向かうこととなった二人だが、旅の途中で不思議な事件が続発する。襲い来るもののけに対し新九郎と別行動を取った鈴音だが、その前に河童の子・青藻が現れる。青藻は、京に災厄を呼ぶ謎の怪物の存在を語るのだが……

 ひかわきょうこの室町ファンタジー『お伽もよう綾にしき』の、タイトル通りの続編、拾遺集といった趣の作品であります。
 この第1、2巻は、前作の後日譚といった趣の中編的エピソードが収録されています。

 幼い頃からもののけを招く体質のため、周囲から疎んじられていた鈴音と、育ての親代わりの新九郎、彼とうり二つの狐のもののけ・おじゃる様たちの協力によって、強大な魔物の魔の手から救われた伊摩の国。
 戦いの後に夫婦となり、微笑ましい新婚生活を送っていた鈴音と新九郎が、伊摩の国の守護に招かれ、京に向かうことになったことから、この物語は始まることとなります。

 初めは単なる物見遊山と思われたこの旅ですが、二人の周囲には何やらいわくありげなもののけや凶暴な盗賊が現れ、旅は遅々として進まぬ有様。
 様々な形で襲ってくる相手に対し、鈴音・おじゃる様組と新九郎・現八郎組、二手に分かれることとなった一行ですが、それぞれの前には思いも寄らぬ相手が現れることとなります。

 応仁の乱をはじめ京で打ち続く戦乱を招いた謎の存在、それと孤独な戦いを続けてきた幼い河童、おじゃる様すら恐怖を覚える謎の敵――
 物語に登場する様々な要素は意外な形で結びつき、物語は大団円を迎えることとなります。


 大団円というほかない、これ以上はないほどの綺麗な形で完結した前作ですが、そこから物語を展開させるのは、なかなかに難しいのではないか……というのは、もちろんこちらの余計な心配。
 本作は一つの物語の続編、後日譚として、こちらのみたいものをきっちりと見せてくれた、という印象であります。

 めでたく結ばれ、アツアツかつ微笑ましいカップルぶりを見せる鈴音と新九郎。自由の身となりながらも相変わらずのツンデレぶりで鈴音を助けるおじゃる様。妖術師から天狗となって新九郎にデレデレ状態の現八郎――
 それぞれに幸せな結末を迎えた彼らが、その幸せさを壊すことなく、新しい物語を見せてくれるのは、ファンとしては嬉しい限りであります。

 物語の方も、前作では控えめだった時代背景が今回はクローズアップ。前作はとある(架空の)地方が舞台でしたが、今回は京近辺が舞台ということで、応仁の乱など歴史的事件が巧みに設定に組み込まれているのもお見事というべきでしょう。

 それでいて物語の中心となるのは、もののけと人との間の切ない交流という、細やかな情のあり方というのもまた『お伽もよう綾にしき』らしいところ。
 この要素が、術が使えるとはいえ本来は非力な少女である鈴音が、強大な魔物に戦いを挑むドラマの原動力として機能してくるのには唸らされた次第です。


 分量的には単行本二冊分ということもあり、少々こじんまりとまとまってしまった印象もありますが、まずは理想的な後日譚と言うべきでしょう。
 次の巻からは、逆に前日譚、新九郎の過去エピソードとのことで、今度は逆に一つの結末に向け、どのように物語が描かれていくのか――その点に期待したいと思います。


『お伽もよう綾にしき ふたたび』第1-2巻(ひかわきょうこ 白泉社花とゆめコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
お伽もよう綾にしき ふたたび 1 (花とゆめCOMICS)お伽もよう綾にしき ふたたび 2 (花とゆめCOMICS)


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2015.01.02

『荒神絵巻』 人の陰影を浮き彫りにするもう一つの「荒神」

 あちらこちらで2014年のベスト作品に宮部みゆきの『荒神』を挙げておきながら、こちらを紹介しないというのは明らかに片手落ちでしょう。『荒神』が朝日新聞に連載された際の挿絵全403点+αに、その挿絵を描いたこうの史代が文章をつけて物語を再構成した絵物語です。

 『荒神』については以前このブログでもご紹介いたしましたが、本作は怪獣時代ものともいうべき物語。
 南東北の敵対しあう二つの小藩の国境に出現し、村や砦を壊滅させた人食いの怪物に対し、両藩の様々な立場の人々が必死の戦いを挑む――

 本作の文章は(当たり前ではありますが)その『荒神』本編を再構成したものですが、そこに不足をほぼ感じさせない内容となっているのにまず驚かされます。
 その意味では、本作は極めてよくできたダイジェスト版とも言えますが、しかしその最大の魅力が、挿絵にあることは言うまでもありません。

 こうの史代といえば、柔らかな、そして特にキャラクターなどでいかにも漫画的な絵柄が印象に残る作家。その実力は言うまでもありませんが、果たして『荒神』という物語の挿絵として似合うのかどうか……
 というこちらの想いは、もちろん良い意味で覆されることになります。

 もちろん本作に登場するキャラクターたちも皆――原作で最大の悪役とも言うべき曽谷弾正までも――柔らかで、人の体温を感じさせる造形となっています。
 しかしそれが凄惨とも言える原作の印象を、良い意味で和らげていると感じます。

 『荒神』という物語で描かれているのは、人知を超えた怪物が荒れ狂う姿であり、そしてその怪物と人間との戦いであります。
 それは一歩間違えれば怪物の存在が、戦いの内容ばかりがクローズアップされかねませんが、しかし――原作がそうであるように――本作で描かれているのは、いや本作の中心となっているのは、それだけではありません。

 そこにあるのは、あくまでもこの世に生きる人間の姿――生まれも育ちも、思うところも目的も様々な人間たちの姿。そんな彼らが突然の災厄に巻き込まれながらも、人間として恐れ、怒り、悩み、戦う姿が克明に描かれているからこそ、怪物が、戦いの姿もまたリアルなものとして感じられる。
 そんな『荒神』という物語の構造は、この挿絵においても見事に再現されている――というより、挿絵がその一部として機能していると、確認させられるのであります。

 そしてまた挿絵で印象的なのは、その中に描き込まれた影/陰の存在であります。

 ものがあれば、そして光があればそこに陰が生まれる。それは当たり前のことであるかもしれません。
 しかし本作の、一つ一つは小さな挿絵の中に描き込まれたそれは、この世界の中に存在する全てのものに存在感を与えるとともに、その存在が持つ二面性をも象徴的に浮かび上がらせているように感じられるのです。

 本作に登場するもの、特に登場人物たちは、ほとんど皆、大なり小なりどこかに二面性を――隠された素顔や秘密を持っています。
 それが物語の中で浮かび上がり、絡み合っていく中で生まれるダイナミズムが『荒神』という物語の大きな魅力でありますが、それが本作の挿絵に込められていると感じるのです。

 そして新聞連載時には白黒であった挿絵が、本作においてはフルカラーで収録されたことで、それをより克明に浮かび上がらせているのだとも。
(さらに言えば、その一方で、黄色一色の表紙に線のみで描かれたヒロイン・朱音の姿もまた、実に象徴的ではあります)


 原作が存在する作品ゆえ、先にこちらを読むことはあまりお勧めできませんが、しかし原作の後に触れてみれば、見事に一個の作品として確立し、そして原作の理解をより深めてくれる本作。
 原作読者には是非ご覧いただきたい、もう一つの『荒神』であります。


 ちなみに一カ所、私の記憶に間違いがなければ、原作でも触れられていないある登場人物の出自が語られているのもまた、嬉しいところであります。


『荒神絵巻』(こうの史代&宮部みゆき 朝日新聞出版) Amazon
荒神絵巻


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2015.01.01

あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。おかげさまで昨年も一年間このブログを更新し続けることができました。厚く御礼申し上げます。
 昨年は終盤になって解説・本の紹介のお仕事を幾つかいただき、大変貴重な経験を積むことができました。この経験を踏まえて、本年はもっと広いジャンルの作品に触れていきたいと考えています。
 しかしもちろん私の基本は時代伝奇。本年は「入門者向け時代伝奇小説五十選」をアップデートして、新たに「百選」を編みたいと思っています(今のところまだ80作品ほどしか決まっていませんが……)
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。


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