『とんがらし』 総司と左之助の平凡な日常の先に
桐村海丸による異色の新撰組漫画であります。中心となるのは沖田総司と原田左之助――どちらも新撰組の人気者ではありますが、しかし作品の大半を費やして描かれるのは、彼らがそうなる以前の姿なのです。
近藤、土方、沖田、さらには永倉、藤堂、原田……新撰組の創設メンバーである彼らが、元々は市ヶ谷の剣術道場である試衛館に集った面々であることは、言うまでもないでしょう。
本作で描かれるのは、その試衛館時代の彼ら――総司と左之助の姿。試衛館の内弟子として暮らす総司、試衛館にふらりと現れた風来坊の左之助の二人の青春時代が本作の中心となるのですが……
しかしここで描かれるのは、彼らが青雲の志に燃えて剣を磨く姿などではなく、彼らが暢気に楽しく、平凡な日常を送る姿。実に全19話のうち、新撰組(浪士隊)が登場するのはラスト3話のみなのであります。
月見の準備を手伝う、もらいすぎた鯖を七輪で焼く、お地蔵さんの掃除をする――
幕末の動乱などとは無縁に平穏な青春時代を送る彼らの姿は、作者ならではの散文的で、粗いようでいてその中に人の心の繊細な動きを感じさせるタッチによって、瑞々しく暖かいものを感じさせるものがあります。
(その中で唯一、ちょうど本作の真ん中のエピソードでは、桜田門外の変が描かれるのですが、暗殺に向かう浪士の姿と、平凡な雪の一日を過ごす総司たちの姿を交錯させた好編であります)
もちろん、この作品を新撰組ものとして楽しめるのは、彼らのその後の姿を知っているからこそ、その後の姿から逆算してのものであることは否めません。
ラスト3話で描かれるのも、派手な剣戟などではなく、あくまでも彼らの――あるいは彼らが退場した後の――日常の姿であり、いわゆるお馴染みの新撰組ものとしての内容を求めて手にすれば、戸惑うことになるかもしれません。
しかしそれであったとしても、いやそうした点があるからこそ、本作は優れた新撰組である……私はそう感じます。
時に思想のない戦闘集団として否定・非難される新撰組。しかしそれは裏を返せば、彼らがあくまでも――そんな状況に踏み込むまでは――ごく普通の若者たちであったということにほかならないのではありますまいか。
本作で浮き彫りとされているのは、そんな新撰組の側面なのであります。
本作のタイトル『とんがらし』の花言葉は「旧友」。
最終話、そんな旧友たちが皆去った後、ただ一人死の床に伏した総司の姿と彼の言葉に、本作で散文的に描かれてきた全てが、もう決して戻らないものであることを、我々な痛切なまでに悟らされることになります。
幕末の非日常と背中合わせに存在した平凡な若者たちの平凡な日常を描き出した本作を、私はこよなく愛するものであります。
『とんがらし』(桐村海丸 講談社モーニングKC) Amazon

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