« 2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール | トップページ | 『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』 貸し物が生み出すモノと人のドラマ »

2015.01.12

『神変武甲伝奇』 古き良き世界の横軸を超えて

 大店・伊勢屋の寮の留守居を頼まれた素浪人・村尾平四郎は、店の若旦那が殺され、用心棒が謎の割腹を遂げたことから、べらぼう村正の不良旗本・左文字小弥太らと事件の謎を追うことになる。彼らの前に現れる奇怪な尼僧たちと黒装束の怪人たちは何者か? 驚天動地の変転を遂げる物語の舞台とは……

 時代小説シーンにおける昨年の密かなニュースは、長らく幻となっていた都筑道夫の伝奇時代小説が一挙に復活したことではありますまいか。
 幻の作品の発掘とくればこの人、とも言うべき日下三蔵の編によるこのシリーズに収録されたのは全三作ですが、本作はその一つ。伝奇時代小説の王道を行くと見せかけて、途中で驚くべき世界に飛翔する、作者らしいユニークな作品であります。

 古き良き伝奇時代小説のパターンの一つといえば、江戸で平和に暮らす知勇に優れた主人公が、突如として奇怪な事件の渦中の中に巻き込まれ、怪人・怪盗・妖術師など複数の勢力が入り乱れる中で、巨大な謎に迫っていくというものでありましょう。
 多くの場合その謎の正体は隠された巨万の富であり、そしてクライマックスでは舞台は江戸を離れ、秘宝の隠された地での攻防戦が……

 と、本作は、まさにそのスタイルにピタリと当てはまるものであります。明るく剣技に長けた浪人・村尾平四郎が、大店の若旦那とその用心棒の死から始まる怪事件に巻き込まれ、彼の前に現れるのは、妖術を操る尼僧集団に黒衣の忍者たち、むささび小僧の異名を持つ盗賊に、大凧に乗って宙を舞う美剣士――
 そんな面々が争奪戦を繰り広げるのは、百万両の財宝の在処を示した六枚の迷子札。平四郎の味方となるのは、竹光で真剣のように相手を叩き斬る不良旗本に、侠な大酒飲みの清元師匠、腕利きの岡っ引きと、いやはや、ある意味見事なまでの布陣であります。

 作者一流の考証の妙――よそではまずお目にかかれない(スルーされてしまう)ような江戸の風物を、物語の興を削がぬ形で物語に織り込んでいく巧みな文章も心地よく、古き良き伝奇時代小説の世界が、ここに見事に再生されているのですが……


 が、あの都筑道夫が、ミステリは言うまでもなく、創成期のSF・ファンタジーの分野においても活躍した作者が、古きものを古きもののままとして描くはずがありません。

 本作についてはぜひ新鮮な驚きを味わっていただきたいため、物語の先に何が待ち受けているか、それをここでは述べません。
 しかし本作の中心にあるアイディアは、少なくとも私の知る限りでは、時代伝奇小説においてはほとんど空前絶後のもの――今に至るまで、同様のものをほとんど見ない、それだけにインパクト絶大なものであります。

 述べないといいつつ少しだけ語ってしまえば、日下氏の解説によれば掲載誌において本作の前に連載されていた半村良『妖星伝』が、時間という世界の縦軸を巡る物語だとすれば、本作は空間という世界の横軸を巡る物語とでも言うべきでしょうか……
 そしてまた、先に述べた巧みな時代考証、地に足の付いたこの世界の描写こそが、その衝撃をより大きなものとしていることに、改めて気付くのであります。

 本作のタイトルにある「武甲」とは、作者の言によれば武州から甲州へと移っていく物語の舞台を指すものですが、それすらも一種のミスリーディングともいえる、大いなる仕掛けが施された作品である本作。
 長らく幻となっていたこの快作が、ここに復活したことを大いに喜ぶものであります。

 なお、私は以前刊行された角川文庫版から久しぶりに本作を読みましたが、本書にはその角川文庫版に掲載されていた秋津透による解説に加え、上で触れた日下三蔵の解説も付されております。

 本作の連載時のタイトルが『憑魔伝』であったこと、それから類推して本作が上記の『妖星伝』に続くものとして出版社から期待されていたのではないかという論考等、実に参考になる解説であったことは、ここに触れておきべきでしょう。


『神変武甲伝奇』(都筑道夫 戎光祥出版都筑道夫時代小説コレクション) Amazon
神変武甲伝奇 (都筑道夫 時代小説コレクション3)

|

« 2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール | トップページ | 『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』 貸し物が生み出すモノと人のドラマ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/60964221

この記事へのトラックバック一覧です: 『神変武甲伝奇』 古き良き世界の横軸を超えて:

« 2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール | トップページ | 『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』 貸し物が生み出すモノと人のドラマ »