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2015.01.20

『忍者物語』(その一) 史料に残る忍者、史料に残らぬ「真実」

 東郷隆を評するには、まず「博覧強記」という言葉が浮かびます。本書も作者のその博覧強記ぶりが遺憾なく発揮されたユニークな作品集、資料を基に、史実上の忍者にまつわるエピソードを題材とした七編を集めた作品集であります。

 本書は、『ジェイ・ノベル』誌上に不定期に掲載された七編を、舞台とする時代順に並べ替えたもの。『忍者物語』という非常にストレートなタイトルは、同じ作者の『初陣物語』を敷衍したものでしょうか。
 そして収録された七編が、どれも実に興味深い作品ばかり。基本的に史料に残る忍者たちを題材としているため、忍者好きであればよく知られたエピソードもあるのですが、その料理の仕方は巧みの一言。以下、一編毎に紹介していくこととしましょう。


『鈎の系譜』
 忍者で鈎と言えば、甲賀(忍者)がその名を轟かせた甲賀鈎の陣であります。
 幕府の権威が地に落ちた室町時代後期、公然と幕府の命を無視し始めた六角高頼を九代将軍足利義尚が攻めた戦である鈎の陣。戦の中で甲賀に身を寄せた高頼の依頼で攪乱策に出た甲賀勢に幕府軍は苦しめられ、やがて撤退することとなったのであります。

 本作はその鈎の陣を舞台とした物語でありますが、甲賀忍者(と同盟を組んだ伊賀忍者)たちの合戦に関する描写はむしろ少なめで、そこに至るまでの地道な諜報戦・情報戦の部分に光を当てているのが面白い。
 なるほど、確かにゲリラ戦も忍者の受け持ちかもしれませんが、何よりも彼らが力を発揮するのは、その様々な形の潜入術を活かしたスパイ活動でありましょう。そんな彼らが、ラストで思わぬ歴史の変転を生じさせてしまうという皮肉も楽しい作品であります。

 さらに、明治時代のうろん売りが、好事家の老人の求めに応じて先祖代々の秘話を語る……という物語の構造も面白く、この辺りは作者の話術の冴えというものでしょう。


『蜘蛛舞い』
 本作の背景となるのは、やはり室町時代後期に興福寺の宗徒から身を起こして大和を支配した古市氏の存在。悪党にして文化人であり、古市氏の最盛期をもたらした古市澄胤……の兄・胤栄が物語の中心となります。

 長男ながら生まれつき心優しく、武者の器にあらずと父にも言われた胤栄。その彼が頼ったのが、代々古市氏と縁を持つ頸猿(うなさる)なる小男の忍びでありました。
かの土蜘蛛の末裔と言われる頸猿は、胤栄を助け、幻術としか思えぬような技を見せるのですが……

 正直に申し上げて、古市氏と忍びや土蜘蛛の繋がりについては私は初耳であったのですが、その虚実はともかく、本作の魅力の一つは室町時代の秩序が崩れゆく中に生きる人々の姿、特に、そこに生きざるを得なかった胤栄の姿であります。
 弟に比べて武者には向いていなかった彼を、何故頸猿は助けたのか……結末に明かされるその答えは、混沌の時代に咲いた小さな花のように、美しく感動的なのです。


『伝鬼坊の死』
 斎藤伝鬼坊(伝鬼房)は戦国時代の兵法者、江戸時代から現代に至るまで残る天流の流祖であり、忍者という記録は残っておりません。そんな彼が本書に登場するのは、若き日の彼が実は忍者と関わっていたから……という組み合わせの妙が楽しめるのが本作です。

 その忍者の名は山田八右衛門、忍術書として名高い『万川集海』にその名が挙げられた一人であります。人の心の虚を突くことでは名人と謳われた彼は、信長による伊賀の滅亡に伴い忍びを辞め、兵法者を目指すことになる……と、これまた奇想天外な物語でありますが、彼の目に映った当時の風俗社会情勢、特に兵法者周りの描写は実に興味深い。

 そしてその八右衛門が出会い、対決することとなったのが若き伝鬼坊だった……という意外史もさることながら、そこで道を違えることとなった二人が、それぞれどのような人生を送り、その帰結が再び交錯する結末が何とも味わい深い。
 人として幸せだったのは果たしてどちらだったのか……そんな想いも浮かぶ、本作の結末であります。


 以下四作品は次回取り上げます。


『忍者物語』(東郷隆 実業之日本社) Amazon
忍者物語

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