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2015.01.16

『御用絵師一丸』 絵師の裏の顔と、「今」と向き合う人々と

 時は老中・水野忠邦の天保の改革が始まらんとする時代、大奥をはじめ幕府に隠然たる力を持つ先代将軍の正室・広大院に仕える御用絵師の一丸には、もう一つの顔があった。改革遂行のためであれば手段を選ばない忠邦一派の陰謀を阻むため、広大院の指令を受けた一丸の「絵」が今日も悪を討つ。

 白泉社が時代小説文庫を、というだけでも驚かされた「招き猫文庫」ですが、さらに驚かされたのは、あのあかほりさとるが時代小説に参戦ということでしょう。
 あかほりさとるといえば、特に90年代にアニメを見ていた人間にとっては印象深い脚本家。脚本家から、アニメ界から時代小説界に移行する作家は少なくありませんが、ある意味これほどのビッグネーム(それも時代ものとは接点がそれほど多いようには思われない方)が……と驚かされます。
 そのあかほりさとるが心機一転ということか、あかほり悟名義で発表したのが本作なのです。

 本作の主人公は、タイトルにあるとおり、御用絵師の青年・一丸であります。
 普段は子供にも優しく、それでいてどこか飄々とした青年ながら、時折別人のように鋭い顔を見せる彼が仕える相手は、西ノ丸大奥の主・広大院篤姫(後の天彰院篤姫とは別人)。
 大奥における最高権力者――すなわち幕府も無視できぬ存在である広大院に仕えるとあれば、絵師としてみれば非常な名誉ではありますが、しかし当の一丸は嬉しいどころかむしろ迷惑げな顔を見せるばかり。それどころか彼は、かつては武士として両刀を差す身だったのですが……

 と、時あたかも天保の改革前夜。言うまでもなく水野忠邦が遂行した改革ですが、本作の忠邦は、幕府のみが力を持つ強い国を作り出すためであれば、他者を犠牲にして憚ることのない一種偏執狂的人物。
 そしてその忠邦の懐刀となるのがかの鳥居耀蔵――とくれば、当然(?)この二人の企みは悪だくみであることは言うまでもありません。

 そして一丸の隠れた顔こそは、広大院の命を受け、ある秘術を以て悪を討つヒーローだったのであります!


 ……というあらすじからすると、いささか品のない言い方をすれば、よくある時代活劇ものにも見えるかもしれない本作ですが、その印象は良い意味で裏切られることとなります。
 というのも本作は、キャラクター造形といい物語展開といい時代ものとしての描写といい、とにかく丁寧に描かれた、と評するに相応しい作品なのですから。

 例えば一丸という特異な職業・過去を背負った主人公はもちろんのこと、彼をとりまくメインキャラクターや、あるいは一話限りのゲストまで、彼らの細やかな心情の動きからそれまでの人生で背負ったもの――言い換えれば彼らの行動原理がきっちりと描き込まれております。
 もちろんそれは悪役である水野や鳥居も変わることなく、特に鳥居の、水野の才と力を認めつつも、それ故に彼に対して冷笑的となる造形などは(その後の史実を考えても)なるほど、と唸らされた次第。

 そしてそんなキャラクター描写の中から浮かび上がるのは、彼ら一人一人が、「今」とどう向き合おうとしているか、その姿であります。
 今を宿命として受け入れ縛られる者。今を変えるために昔を復さんとする者。今を変えるために他者を踏みつけにする者。そしてそのどれも選べず、今を流される者――

 そんな彼らの姿が活写される本作は、しっかりと時代ものでありつつも、同時に「今」を生きる者として、現代の我々に通じるものを描こうとする意欲もまた、感じられるのであります。


 もう一つ、伝奇ファンとしては一丸の正体にも驚かされると同時に、なるほど! と唸らされたのですが、これは読んでのお楽しみ。

 とにかく本作の端々から感じられるのは、作者が本作に、時代小説に賭ける意気込みであり――それは確かに形になっていると感じられます。
 この先もこの作者の作品を読みたい……そう思わされた次第です。


『御用絵師一丸』(あかほり悟 白泉社招き猫文庫) Amazon
御用絵師一丸 (招き猫文庫 あ 2-1)

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