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2015.01.07

『決戦! 関ヶ原』(その一) 豪華なるアンソロジー、開戦

 戦国時代の終わりの始まりとも言うべき関ヶ原の戦を題材に、当代屈指の時代・歴史小説家七人が、それぞれ異なる武将を主人公として競作した豪華なアンソロジーであります。いずれ劣らぬ作品揃いだけに、一作品ずつ紹介していくこととしましょう。

『人を致して』(伊東潤)
 一番手に掲載されたのは、この戦の勝者たる徳川家康を主人公としたこの作品。
 しかし冒頭で語られる、この戦が実は三成と家康の密約による、家康を勝たせるためのものであった、という「真実」に度肝を抜かれます。

 豊臣家の存続という至上命題のためにはむしろ有害ですらある武断派の大名を除かんと考えた三成。豊臣家の存続が保証されるのであれば、家康が天下を取っても構わないとまで語る三成の策に、家康は乗るのですが……

 私も色々な関ヶ原ものを読んできましたが、この戦が三成と家康が共謀して行われた、というアイディアは初めて見たように思います。
 本作はその斬新な視点から、戦に至るまでの諸大名の動きを語ってみせるのですが、ある史実の陰に誰かの明確な意思があった、という趣向の作品にはままあることながら、年表をそのままなぞったような展開に感じられる部分があるのは事実。

 しかしながらそれを無味乾燥なものとして終わらせないのは、主人公たる家康の想いにあります。
 タイトルの由来は「人を致して致されず」という孫子の兵法の有名な言葉――他人に主導権を握られることなく、他人を動かすというこの言葉とは裏腹に、他人の思惑に左右されてばかりの家康の人生。その辺りは例えば作者の『天地雷動』にも示されているところですが、本作はそこから抜け出そうともがく家康の姿が印象的なのであります。


『笹を噛ませよ』(吉川永青)
 戦国ファンであれば、タイトルを見た時点で誰が主人公かわかってニヤリとできるのではないでしょうか。そう、本作の主人公は笹の才蔵こと可児才蔵。戦場で敵を倒しすぎて首を落とす暇がなく、目印として笹の葉を噛ませておいたという、戦さ人らしい逸話を持つ人物であります。

 しかしその逸話に反して、彼の人生は変転の連続。すなわち、斎藤龍興から始まり、柴田勝家、明智光秀、佐々成政等々、仕えた大名が尽く滅んでいるのであります。
 どれほど個人の剛勇を誇ろうとも、人生においてはいわば負け組であった才蔵。そんな彼も老境にさしかかり、福島正則の陣から最後の戦として関ヶ原に参加することとなるのですが……

 と、関ヶ原の福島正則といえば、東軍の先鋒を任じられていながら井伊直政に抜け駆けされたという逸話がありますが、本作においてその抜け駆けの場に居合わせたのが才蔵。
 己の晴れ舞台に泥を塗られた格好となった才蔵は激怒し、西軍そっちのけに直政を討つべく乱戦の場に飛び込んでいくことになります。そしてようやく追いついた直政の語る言葉とは……

 井伊直政といえば勇猛を知られた赤備えを率いた将であり、作者の『誉れの赤』の中心人物でもありますが、本作の才蔵の目に映るのは、何とも憎々しい非礼な敵役めいた男。しかし――

 この戦において、才蔵は計20もの首を挙げ、家康直々にその功を賞されることとなります。しかし彼がこの戦で本当に得たものは何であったのか。
 男の生き様、男と男の交誼が何とも気持ちの良い一編であります。


 想像以上に長くなってしまいました。二回に分けて紹介するつもりが、三回に分けることになってしまいそうです。

『決戦! 関ヶ原』(伊東潤ほか 講談社) Amazon
決戦!関ヶ原

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