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2015.01.18

『天地雷動』 結果が分かっていても面白い長篠の戦

 昨年の時代小説ベスト10に挙げておきながら、このブログで取り上げていなかった作品が幾つかありますので遅ればせながらご紹介しましょう。いま脂の乗り切っている伊東潤が、かの長篠の戦を、織田方、武田方様々な角度から描いた『天地雷動』であります。

 天正3年(1575年)に、長篠城を巡って織田・徳川連合軍と武田軍の間で行われた長篠の戦については、特にその結果については非常によく知られているでしょう。
 無敵を誇ってきた武田の騎馬隊が、織田の鉄砲隊の前に惨敗、武田家は信玄を支えてきた功臣の多くを失い、終わりの始まりとも言うべき状態となった……そんな結果であります。

 しかし冷静に考えてみれば、何故この戦が起こったのか、そして何故このような結果となったのか――ある意味結果以上に重要なこれらの点について、実はあまり知識を持っていないことに、気づかされます。
 本作は戦のそのものの模様はもちろんのこと、まさにこの点に切り込んだ作品です。

 そして本作がそれを可能としているのは――それも史実の羅列ではなく、骨太で、それでいて血沸き肉躍るドラマとして成立させている最大の理由は、本作が家康・秀吉・勝頼・そして武田方の鉄砲足軽として戦に参加した地侍・宮下帯刀の四人の人物の視点から、この戦を描いていることでしょう。
(ちなみに帯刀は、作者のデビュー作であり、本作のその先を描いた『武田家滅亡』にも登場する人物であります)

 勝者と敗者、率いる者と率いられる者……本作は四つの視点より、この戦いの始まりから終わりまで、いや勝頼が武田家を継ぐこととなった信玄の死から戦の結末に至るまでを描き出すのです。


 そしてこの四人はいずれもこの戦いに生き残りを賭けた者ですが、その意味合いはそれぞれに異なります。

 信長という漬け物石の重みに耐えながらも戦うしかなかった家康。立身のために信長の命に応えて戦の準備に奔走した秀吉。家臣に自分の力を認めさせるために勝ち続けるしかなかった勝頼。生活のため、家族のため、戦いに参加した帯刀――

 そんな彼らそれぞれの視点からこの戦を描くことにより、ある意味平等な、特定の側からでない、多面的な描写・分析を本作は可能とします。
(特に、この戦の勝敗を決した鉄砲・火薬、その調達を巡る駆け引きという視点には感心させられることしきりであります)

 そしてそれは同時に、どちらか一方、誰か一人ではなく、四人の主人公全員に我々読者の感情移入を可能にするものであり――合戦を描く作品で、それがどれだけ物語を盛り上げるか、言うまでもないでしょう。


 作者自身が本作を評するに、「結果が分かっていても面白い」という言葉を使っていますが、それに対して文句のつけようもない――いや、本作を読めばむしろ、我が意を得たりと賛同するほかない作品であります。

『天地雷動』(伊東潤 角川書店) Amazon
天地雷動 (単行本)

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