『猫鳴小路のおそろし屋』(その二) 得体の知れぬその店の秘密は
風野真知雄の新シリーズ、『猫鳴小路のおそろし屋』の紹介の続きであります。第1話から第3話までで、江戸時代の骨董品店「おそろし屋」を舞台に語られた物語が、第4話で舞台とするのは……
そう、本作をさらにユニークなものとしているのは、ラストの第4話のみ、時代が飛んで現代のおそろし屋が舞台に展開されることであります。
初代のお縁から数えて四代目、銀座の古びたビルにひっそりと存在する店を継いだ若き店主が語るのは、日露戦争の最激戦地・二百三高地攻略戦を進言した参謀という経歴を持つ老軍人の軍刀にまつわる奇譚。
老軍人の家の書生が目撃した数々の怪事と、奇妙な言動を繰り返す家の人々、そして軍刀に浮かんだ赤い染みのような跡――
最後まで何が起きているかはっきりと見えない、曖昧模糊とした中で終わる物語は、なかなかによくできた時代怪談であると同時に、そこに見え隠れする作者の想いは、作者の初期の作品(特に『盗撮』シリーズ)に通じる批判精神を感じさせるのも実にいいのです。
そしてこの第4話を含めて、本作の各話で描かれる奇譚は、いずれも老・病・死という、人がいずれも忌避する――そして決して避けることができない――ものを題材としているのも印象に残るところであります。
作者独特の軽妙な、飄逸な文章で描かれるためにさまでの暗さを感じさせないものの(それはそれで短所でもあるのですが)、ここに描かれる物語はいずれも重く、そして切ないものであり……「過去」から「現在」に伝わる品物に込められたものとして、相応しく感じられるのです。
……が、冒頭で述べたように本作に得体の知れぬ印象を与えているのは、その構成と、最後に示されるものによります。
連作スタイルで数話の短編エピソードを語り、そして一冊を通してそれを連ねる縦糸として、主人公にまつわる物語を描くというのは、文庫書き下ろし時代小説の定番であり、作者も得意とするところです。
そして本作もスタイルとしてはこれに同じ、ここで縦糸となるのは、おそろし屋の主人であるお縁の存在そのものなのであります。
まだうら若き女性ながら、様々な骨董を集め、、その背後の秘事とも言うべき奇譚を知るお縁。果たして彼女は何者なのか――それが、本作を、いや本シリーズを通じて語られる(であろう)縦糸として存在することになります。
物語の核心に触れる形となって恐縮ですが、本作においてはそれが明かされることはありません。しかし、第4話――彼女の子孫の物語において、それが秘めたものの重さ、大きさが、仄めかされることとなります。
作者のシリーズの第1弾のラストで爆弾が落とされるのは例えば同じ角川文庫の『妻は、くノ一』などでも見られる趣向ですが、本作のラストで語られるそれは、あまりにとてつもないもの。
一体この物語は何を描こうとしているのか、何に繋がるのか――「得体が知れない」というのは、まさにこの点に依ります。
様々な時代と場所を舞台にして語られる奇譚と、時代を超えて存在する巨大な秘密と――果たして物語がどこに転がっていくかわからない、それだけに先が気になる物語の誕生であります。
『猫鳴小路のおそろし屋』(風野真知雄 角川文庫) Amazon
| 固定リンク
コメント