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2015.01.21

『忍者物語』(その二) 忍者という名の人間たちの姿

 東郷隆の『忍者物語』の紹介後編です。江戸時代を舞台とした残り四編を紹介します。

『二代目』
 おそらく江戸時代の忍者にまつわる事件で最もよく知られているのは、本作に取り上げられた伊賀者のストライキ事件ではないでしょうか。幕府の伊賀同心が、上司の非違を言い立て立て籠もりを起こしたという前代未聞のこの事件の原因となったのが二代目――二代目服部半蔵こと正就であります。

 伊賀同心を自らの使用人のように扱った上に乱行三昧、これが戦国の気風を残す伊賀者たちの気に障るまいことか、結局は正就の命取りとなるこの事件となったわけですが、本作で描かれるのは、その首謀者となった一人の忍びの姿です。

 隠密御用を引退した男が如何に動き、何をもたらしたのか……物語の展開自体にはさまで新味はありませんが、結末に何ともいえぬ不気味な余韻が残ります。


『はるの城』
 忍者が最後に戦場で活躍したのは、(幕末を除けば)江戸時代最後の合戦とも言える島原の乱であった……というのは、ご存じの方も多いかもしれません。
 幕府の総指揮官ともいうべき松平伊豆守の配下として、甲賀者が参陣したというのは、これは記録に残っていますが、本作はその甲賀者たちの姿を、何とも言えぬペーソスを込めて描き出します。

 生まれ育った地を離れ、幕府に仕えた者たちがいた一方で、甲賀を離れず、郷士として忍びの腕を磨いていた者たち。島原の乱は彼らにとって千載一遇のチャンス、勇躍伊豆守の下に参上するのですが、しかし戦場を知るものは皆老人で……という時点で切なくなりますが、しかし忍びの戦いは、何も刀槍を持ってのものではありません。

 意外と言っては失礼ですが、潜入に諜報と力を発揮する彼らは、伊豆守にも重用されていくのですが……その先に待つ結末の味わいを何と言うべきか。彼らの奮闘ぶりが印象的なだけに、何とも切ないのであります。


『川村翁遠国御用噺』
 ある意味、最も「時代小説」的な味わいの本作で描かれるのは、御庭番による長岡藩の抜け荷探索の顛末であります。
 御庭番も抜け荷も、時代ものには定番の題材ですが、本作が基とするのは、明治時代に旧幕臣の証言を集めて編まれた「旧事諮問録」だけに、まず探索行に出発するまでのディテールが並みではありません。

 任務の受領手続きから身支度、現地での足場固めなど、時代ものでは描かれているようで存外描かれていない世界の描写は、それだけで興味深いのですが、そんな御庭番たちを襲う危機また危機の展開にも引き込まれます。
 しかし、身分は高くないとはいえ御庭番は歴とした士分、そんな彼らが破落戸にまで身をやつして潜入捜査を行う姿からは、泰平の時代にもなかなかどうして忍者稼業は辛いことが痛いほど伝わってくるのであります。


『異国船御詮議始末』
 そして最終話の舞台は幕末――かのペリーの黒船に忍者が忍び込んでいたという、意外な、しかし忍者ファンには有名な逸話を描いたものであります。

 江戸時代を通じて明確な「外敵」(となり得る存在である)黒船に対して、必死に情報収集を行う幕府、そして諸藩。その描写だけでもファーストコンタクトものSFのような興趣がありますが、その最前線で活躍した各地の探索方(隠密)たちには、戦国時代以来の地縁のネットワークがあった、というダイナミズムがたまりません。

 当時最新のテクノロジーを有する相手に挑むのは、戦国時代以来の技を伝える忍者たちだった、というシチュエーションには痺れますが、その末に彼らが掴んだものが何であったか――何ともほろ苦く、そして象徴的な結末でもって、本書は終わります。


 以上七編は、史実をベースとしつつも、いわば裏面史とも言うべき内容であり、必然的に物語も暗い色調となる部分はあります。
 しかしそれでもどこか不思議な暖かみが本書から感じられるのは、たとえ彼らが一般の武士からは卑賤なものと扱われようとも、彼らもまた血の通った人間であることを、本書は描いてきたからではありますまいか。

 そしてそれを可能としたのが、本書の史料を踏まえた緻密な描写であることは、言うまでもありません。歴史を描くということは、人間を描くということ――いささか綺麗すぎるまとめかもしれませんが、本書を読み終えた後、そんな想いが残った次第です。


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忍者物語

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