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2015.02.17

『遠乃物語』 閉ざされた異界と語られざる物語の逆襲

 台湾から故郷の遠野に戻った伊能嘉矩は、佐々木喜善という風変わりな青年と出会う。そこでマラリアの発作で倒れた嘉矩が目覚めた時、彼と喜善がいたのは、遠野と似て非なる「遠乃」の地だった。そこで昔話が現実のものとなったかのような奇怪な事件に次々と遭遇する二人の運命は……

 骨太のSFエンターテイメント、それも海洋ものを得意とする作者が、それとは対極にあるかのような内陸の異界を舞台とした伝奇ホラー、それも極めて質が高いものを描いてみせたのが本作であります。

 本作のタイトルの『遠乃物語』は、言うまでもなく、柳田國男の『遠野物語』に依るもの。そして物語の中心人物の一人は、その成立に大きく寄与した「日本のグリム」佐々木喜善……という時点で大いにそそられるではありませんか。
 そして喜善と共に活躍する主人公が伊能嘉矩というのがまた面白い。日本における人類学の先駆者として台湾に渡り、現地の人々の研究で多大な業績を挙げた彼も喜善同様、遠野の出身であり、後に柳田との交流を通じて、やはり『遠野物語』成立に影響を与えているのですから……

 そんな二人が数々の謎に挑むこととなる本作は、一種の有名人探偵ものと言えるかもしれません。
 実在の有名人が事件に遭遇し、そしてその経験が、後に彼らの代表作(この場合は『遠野物語』ですが)成立に繋がることとなる、というのは有名人探偵ものの一つのパターン。本作において二人が巻き込まれる事件も、「サムトの婆」「デンデラ野」「郭公と時鳥」「河童淵」「オシラサマ」と、『遠野物語』によって広く知られることとなった題材・物語の、一種起源とも呼べる内容なのですから。

 しかし本作は、有名人探偵ものに留まるのみではありません。それこそは、本作の舞台となるのが「遠乃」――遠野とほとんど同一のようでいて、しかし大きく異なる世界であり、そしてそれが本作最大の特徴にして魅力であることは間違いありますまい。

 遠野で初めて出会った直後、いかなる力の作用によるものか、遠乃に迷い込んでしまった二人。そこには遠野同様、二人の家族が存在しており、変わらぬ生活を送っているものの、しかし次第に明らかになっていく違和感が二人を悩ませることとなります。

 その最たるものが、昔語りも言い伝えも存在しないこと。喜善が幼い頃から親しみ、そして彼の生まれる遙か以前から語り継がれてきた古き物語の数々――後に『遠野物語』として結実するそれらが、遠乃には存在しない、少なくとも人々の記憶に残っていないのであります。
 そして彼らの前で次々と起きるのは、そんな昔語りの暗部が現実化したかのような、奇怪で陰鬱な事件。それはあたかも、遠乃に迷い込んだ際、いつの間にか喜善が手にしていた木札の「黙すれば現となる」の言葉が、まさしく現実のものとなったかのように……


 現実化する昔語りは何を意味するのか。彼らの前に姿を見せる怪行者は何者なのか。謎めいた言動を見せる嘉矩の妻・知世の真意は。遠乃から脱出する術は、そして何よりも、遠乃とは何なのか?

 本作の終盤で、全て一箇所に収斂していくそれらの謎を、ある民俗的タームで総括してみせるという、一種伝奇的アクロバットも実に魅力的であります(そしてそこにSF的アイディアの香りが漂うのも作者らしいと言うべきでしょうか)。
 しかし、個人的に最も印象に残ったのは、本作を通じて描かれる「現実」と「物語」の関係であります。

 本作のキーワードとも言うべき「黙すれば現となる」という言葉。それは物語による現実の侵攻の予告であると同時に、現実の中で物語が――かつて在った、在ったと信じられていた「過去」と言い換えてもよいでしょう――が、忘れ去られていくことへの警告でもあります。

 目の前の現実に身を委ね、その中で日々を過ごしていくことは容易く、時に望ましく感じられるものでありましょう。
 しかしその陰で、「過去」が忘れ去られた時、それが思わぬ形で牙を剥き、我々の生活を脅かすことがあることを、我々は――まさに東北での出来事を通じて知っています。

 『遠野物語』の有名な序文の「願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」――本作を読み終えた時、この言葉がまた別の痛切な意味を持って感じられる……本作はそんな物語なのであります。


『遠乃物語』(藤崎慎吾 光文社) Amazon
遠乃物語

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