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2015.02.20

『月香の森』 去りゆく狼と、変わりゆく自然に向けられた二つの想い

 『奥羽草紙』、『はなたちばな亭』、『もぐら屋化物語』と、ユニークな時代ファンタジーシリーズを発表してきた澤見彰の作品の特徴は、その大半に動物が登場することではないでしょうか。本作もその一つ、既に滅んだはずの狼を題材として、変化していく人と自然の繋がりを描く物語であります。

 舞台となるのは大正時代。大商人の娘であり、動物と絵を愛する活発な少女・佐与子が本作の主人公となります。
 自分を商売拡張の道具のように見ている長兄と、それに対して何も言えない両親の間で息苦しさを感じる彼女の支えとなるのは、家を出て研究者として暮らす次兄・佐吉の存在。自分同様、動物と絵を愛する彼のように生きたいと願いながらも果たせない彼女の暮らしは、ある事件で大きく動き出すこととなります。

 伝説の千疋狼の如く、群を成して狼の群れ。東京でも大きく報じられたその事件が起きたのが、佐吉が調査旅行に向かった三峯であると知った佐与子は、消息を絶っていた佐吉を捜すべく、彼の親友で『動物画報』の編集長・葉山らとともに、家を飛び出して三峯に向かうこととなります。

 そこで不慮の事故で崖から落ちた彼女たちが目を覚ましてみれば、そこは隠れ里のように人々が暮らす檜枝村。そこでは滅んだはずの狼たちが、人間とともに暮らしていたのであります。
 そしてこの村を佐吉が幾度も訪れていたことを知る佐与子。しかし佐吉は貴重な狼の仔を奪って村から姿を消したというではありませんか。

 果たして佐吉の真意は、そして千疋狼の正体は。佐与子を導くように現れ、兄の匂いを感じさせる狼は何を語るのか――


 ……々は、「狼」という獣に対して、二つの相反するイメージを持っているのではないでしょうか。
 本作にもその語が現れる千疋狼(鍛冶が媼、弥三郎婆)に代表されるような、人を襲う恐るべき魔獣としての狼。あるいはシートンの『狼王ロボ』のように、孤独に、そして誇り高く生きる、野性の王者としての狼と――

 おそらくは現実からかけ離れた二つのイメージが今なお生き続けているのは、野性の狼が、この国にはもはや存在しないという「現実」に依るものでありましょう。
 しかし本作はまさにその「現実」を踏まえつつ、この二つを巧みに織り交ぜて、本作ならではの狼像を生み出すことに成功していると感じます。

 そしてその狼の姿を通じて描き出されるのは、近世から近代へと大きく時代が移り変わっていく中で変化していく、人間と自然の関わりの姿であります。

 隣人として暮らしつつも、しかし畏怖すべき存在、自分たちの世界とはもう一つ別の世界として、自然を扱ってきた人間。
 しかし時代が変わり、自然は人間にとって畏怖を抱く対象ではなく、収奪すべき存在、あるいは飼い慣らし利用する存在へと変化していった――

 その先に在るのが佐与子たち(そしてもちろんそのさらに先に我々がいるのですが)であるとすれば、その彼女たちと過去の人々との間に存在するのが、狼と共存する檜枝村の人々であることは言うまでもありますまい。
 そしてまた、その村人たちと狼の暮らしが、望むと望まざるとに関わらず、時代の移り変わりによって、そして外部との接触によって変化していくこともまた、はっきりと象徴的であります。


 本作は決して派手な展開があるわけでも、激しく感動的な物語というわけではありません。佐与子と葉山をはじめとする登場人物たちとその人間関係も、厳しく言えば類型的とも言えるでしょう。その意味では物足りなさを感じる部分はあります。

 しかし物語の中で佐与子たちの抱いた、そして物語そのものに漂う二つの想いは、強く印象に残ります。
 一つは、変わりゆく時代、変わりゆく人間と自然の関係に――そしてそれに対して自分たちがあまりに無力であることに――対する深い哀しみ。
 そしてもう一つは、その中にあっても小さな光を見出そうとする――せめて自分たちに出来る形で、かつて在ったものたちの姿を留めようとする希望。

 二つの想いは、決して声高に語られるものではありませんが、それが静かなものであるからこそ一層、こちらの胸に響くように感じられるのです。


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月香の森

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