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2015.03.30

『僕僕先生』第1巻 芳醇な世界像をさらに豊かで確かなものに

 以前、『Nemuki+』誌での連載開始を紹介してからさほど経っていない印象もありますが、早くも漫画版『僕僕先生』の単行本第1巻が刊行されました。言うまでもなく仁木英之の人気シリーズの漫画化であります。

 今回の漫画化の原作となっているのは、シリーズ第1弾『僕僕先生』。主人公たるニート青年・王弁と、(見かけは)美少女仙人の僕僕と、最初の冒険を描いた物語であります。
 そんなこともあってか、この漫画版は、内容的にはかなり原作に忠実に感じられます。
 冒頭こそ、「その後」の王弁の姿を描くというなかなか心憎いアレンジが加えられているものの、それ以降の展開――僕僕と王弁の出会いと旅立ち、長安での司馬承禎との出会いから宮廷訪問までの物語自体は、ほぼ原作どおりの印象です。

 しかし、『僕僕先生』をこの漫画版で初めて眼にする方はともかく、原作既読者は読むまでもないか、といえばもちろんそれは否、であります。
 ここに展開されるのは、原作において文章で記されてきたものから受けるイメージをそのまま具現化したような、いやそれ以上の世界が広がっているのですから。

 僕僕の、小悪魔的な部分と無邪気な部分が共存したような可愛らしさ、そして王弁の、頼りなくも好ましくもある純粋さ。
 この二人の描写を中心に、登場するキャラクター一人一人が、こちらがこれまで原作を通じてきて抱いてきたイメージどおり、あるいは少々異なっていても全く違和感なく受け止められる姿で、物語の中を闊歩しているのであります。

 しかしそれ以上に感心させられるのは、彼らの背後に存在する世界描写でありましょう。
 王弁の暮らしてきた田舎町から、河伯の船で二人が通り過ぎてきた世界、そして華やかな長安に至るまで――いや、間接的な描写であったものの、第1話で王弁が異国の楽人から聞いた、その遙か彼方の故郷も含めて、様々な人々が暮らす様々な地の何気ない描写が、実に良いのであります。

 この『僕僕先生』というシリーズは、一種のロードノベルであります。
 広大な中原を、いや人界に留まらぬ仙界・天界まで広がっていく物語の中で描かれるのは、王弁がその地の人々との出会いと別れ、衝突と理解の様であり――そしてそれを支える土台となるのが、様々な世界そのものであることは、言うまでもありません。

 この漫画版はそれをさらりと――しかし、決して手を抜くことなく、見事に描き出してくれるのが嬉しい。
 それはあるいは、どうしても視点が作者の用意したそれに固定されてしまう小説というメディアと、ある程度俯瞰して、そして読者自身の意識で視点を動かすことのできる漫画というメディアの違いかもしれません。しかしその違いを理解した上での漫画化は、特に本作のような作品では大きな意味を持つと感じます。

 上で述べたとおり、これから先、人界のみならず仙界・天界にまで広がっていく物語。
 そこで王弁と僕僕を待っている世界の姿を――我々自身の世界から類推して想像することすら困難な世界の姿を、本作がどのように描き出してくれるのか。

 それはまだわかりませんが、しかし『僕僕先生』という物語の芳醇な世界像を、さらに豊かで、確かなものにしてくれるであろうことは、期待してよいことだと感じます。


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