« 『応仁秘譚抄』 応仁の乱の「真実」と人間たちの悲嘆 | トップページ | 『ぶっしのぶっしん 鎌倉半分仏師録』第2巻 戦う者としての仏、導く者としての仏 »

2015.03.13

『一の食卓』第1巻 陽の料理人見習いと陰の密偵と

 明治4年、幕末の動乱で両親を亡くした少女・明は、西洋人料理人フェリックスの店で料理人としての修行を積んでいた。そんな中、仲介で店に雇われた男・藤田五郎は、明らかに元武士で、近寄りがたい雰囲気を漂わせる男。しかし自分の作ったパンを残らず食べてくれた藤田に強い印象を受ける明だが……

 樹なつみと言えば、『獣王星』など数買うのヒット作を生み出してきた作家でありますが、時代ものとは縁遠い印象がありました。
 しかしその作者の新作が、明治時代を舞台とした料理もの、しかもその中心となるキャラクターが「一」――斎藤一とくれば、気にならないはずがありません。

 舞台となるのは明治4年、東京築地の外国人居留地。そこで開業したフェリックス・ベーカリー、通称「フェリパン舎」で働く西塔(さいとう)明が本作の主人公となります。

 その明敏な味覚を買われて主で築地ホテル館の元料理長フェリックス・マレの弟子となった明は、周囲の偏見の目にも負けず、フランスパンを日本に根付かせるため、そして自らもおいしいパンを、洋食を作るためにの努力の毎日。
 そんなある日、上客である岩倉具視の仲介で半ば強引に店に雇われた下働きの男の名は藤田五郎――そう、かつては斎藤一と名乗った男であります。

 実は藤田は西郷隆盛経由で川路利良の密偵となった男。新政府転覆を目論む不平公家の愛宕通旭と外山光輔が東京に潜入したとの報から、二人を捕縛するために、店を中心に探索に当たることになったのでありました。
 しかし元新選組の殺伐とした雰囲気を隠そうともしない藤田は、パン舎には明らかに不審人物。それでも明は、初めて自分のフランスパンを全て食べてくれた藤田に心を開いていくのですが……


 というわけで、読み始める前には、どうにも結びつきそうにないようにも思えた料理と斎藤一ですが、なるほど、こういう手があったか、と思わず納得の本作。
 生真面目なキャラクターが、想定外のシチュエーションに放り込まれて困惑するというのは、コメディなどにままあるパターンですが、それに斎藤一がここまで似合うとは……と感心であります。

 そもそも斎藤一は、隊内の粛正役、御陵衛士への潜入、会津での激闘など、「陰」のイメージが強い人物。本作においても、イケメンとしてデコレーションは為されているものの(あくまでもイメージの上で、ですが)いかにも斎藤らしい斎藤として描かれており、そのギャップが楽しいのです。
(史実ではこの時点ではまだ東京に出ていないはずですが、その辺りは西郷との繋がり同様、本作ならではの楽しみでしょう)

 その一方で、藤田=斎藤と知らぬまでも、彼と対等に接し、時に困惑させる主人公・明のひたむきな個性も微笑ましいのであります。

 幼い頃に上野戦争の巻き添えで彰義隊に両親を殺され(そして別の彰義隊士に命を救われ)、フェリックスに拾われた明。
 その際に与えられたシュークリームの味に生きる力を与えられた彼女は、自分もそんな味を作れるようになろう……と頑張るのですが、待っていたのは周囲の無理解と偏見でありました。
 その味覚を評価されて一番弟子となったにもかかわらず、面白くない男たちからフェリックスの妾呼ばわりされ、そればかりか次々と弟子たちが止めていったことで心を痛め、その分も自分が……と頑張る姿には、素直に好感が持てるものがあります。

 そしてその彼女の「陽」のひたむきさが、「陰」の男をどう動かすか……それはまだまだこれからの物語かとは思いますが、幕末から明治という激動の時代においてそれぞれの背負ってきたものが、少しでも「陽」の方向に昇華されていくことを期待したいと思います。


 ちなみに舞台となる明治4年からその翌年にかけては、なかなかに面白い(と言っては何ですが)事件が重なっている印象があります。
 特に舞台が築地ということを考えると、翌年に起きたあの事件もおそらく題材に、というのは少々気が早いかとは思いますが――


『一の食卓』第1巻(樹なつみ 白泉社花とゆめCOMICS) Amazon
一の食卓 1 (花とゆめCOMICS)

|

« 『応仁秘譚抄』 応仁の乱の「真実」と人間たちの悲嘆 | トップページ | 『ぶっしのぶっしん 鎌倉半分仏師録』第2巻 戦う者としての仏、導く者としての仏 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/61262099

この記事へのトラックバック一覧です: 『一の食卓』第1巻 陽の料理人見習いと陰の密偵と:

« 『応仁秘譚抄』 応仁の乱の「真実」と人間たちの悲嘆 | トップページ | 『ぶっしのぶっしん 鎌倉半分仏師録』第2巻 戦う者としての仏、導く者としての仏 »