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2015.03.26

『ねこまた。』第2巻 見えなくともそこにある「情」

 京の町を舞台に、岡っ引きの仁兵衛親分と、彼に取り憑いた不思議な「ねこまた」を中心に、彼らの日常(?)風景を描く四コマ漫画『ねこまた。』の第2巻であります。この巻では年の瀬から翌々年の年明け辺りまで、四季折々の物語が描かれることとなります。

 主人公の仁兵衛はちょっと苦味走ったいい男、椿の彫物が入った喧嘩煙管を得物代わりにした(これで打ち据えた悪人には椿の痣が残るというのがまことにイキ)岡っ引きなのですが……彼の岡っ引きとしての活躍を描く作品では、本作はありません。

 仁兵衛のあだ名「ささめ(つぶやき)」の由来は、彼がしばしば一人で何かつぶやいているから、というあまり格好良くないものですが、実はこのつぶやきの相手が、彼が子供の頃から憑いている猫又ならぬ「ねこまた」。
 本作は、彼自身に憑いたねこまたと、彼の家についた四匹のねこまた、そんな彼らと仁兵衛のやりとりが描かれていくことになります。

 基本的に彼らの、周囲の人間たちの日常風景を四コマで描いていく作品ゆえ、この巻においても大きな物語の進展はないのですが、逆にそれが何とも好ましく、ほほえましい本作。

 他の人間には見えず、感じることもできない存在と言葉を交わす男というのは、一歩間違えればアウトな存在かもしれません(実際、上記のとおり「ささめ」と呼ばれてしまっているわけですが)。
 しかし本作において描かれる彼らの交流は、実によく「わかる」と申しましょうか――決してあからさまではないものの、そこに確かにある「情」の存在に、しっかりと共感できるのであります。

 それは、一つのとっかかりとして、今なお(形を変えつつも)残る四季折々の風物・風習が魅力的に描かれていることもありましょうが、それ以上に、直接言葉を交わすことが叶わない相手だからこそ、かえって強く伝わるものがあるということかもしれません。

 このようなブログを続けながら申し上げるのも何ですが、私は決して江戸時代が最高、という人間ではないのですが、本作を読んでいると、ここで描かれているのは、より「そういうもの」に耳を、目を、心を澄ませやすい時代であり、そこに一種の憧れを抱く気持ちは確かにあります。


 しかし、第1巻同様、この巻においても、楽しいこと、微笑ましいことのみが描かれているわけではありません。
 この巻に収録された二つの短編(通常の漫画形式)――異常に犬を怖がる、いや犬をおそろしがる同心の寺島様の過去を描いたエピソードと、ねこまたが見える自分自身の力を疎ましく感じていた仁兵衛の子供時代のエピソード――で描かれるのは、本編とはまた異なる「情」の、その掛け違いの存在であります。

 普段が普段だけにどちらも胸に突き刺さるような内容なのですが(そしてその触れ幅を自在に操ってみせるのは作者の腕の冴えなのですが)、しかしそれもまたこの世の姿でありましょう。
(四コマの方でも、仁兵衛の家に住みついた猫の親子のエピソードが……)

 それを拒否せず、敢えて作品の中で描いてみせるのもまた、一つの優しさであると感じるのです。


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