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2015.03.22

『鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録』第3巻 彼岸という名の道標

 誰もが知っている「おくのほそみち」の旅の、誰も知らない姿を描く『鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録』も、早くも第3巻。歌枕を訪ねる芭蕉と曽良の、色々な意味でおかしな旅は、ついに平泉までたどり着くのですが……今回はこれまで以上にとんでもない事態が勃発することになります。

 本人たちにとっては気ままな旅ながら、過剰に江戸の目を恐れる諸藩により隠密の疑いをかけられる芭蕉と曽良。
 さらに芭蕉の「視える」体質に惹かれるように寄ってくる様々なこの世ならぬ者たちによって、彼らは様々な面倒に巻き込まれることとなります。

 いわば本作で描かれるおくのほそみちの旅は、そんな二つの世界の障害に悩まされる(……のは主に曽良の側なのですがそれはさておき)主従の旅路なのですが、この巻においては、特に後者――すなわち、この世ならぬ者たちの関わりがクローズアップされることとなります。

 雷を操る謎の青年・源太や、かの西行法師の魂(!)に導かれ、平泉で藤原氏が残した金色堂に詣でた芭蕉と曽良。
 しかしその後泊まった宿の風呂で不思議な少年・松尾丸と出会った芭蕉は、曽良を置いて遠い地に(風呂に入った格好のままで)飛ばされることとなります。その地とは下北半島は恐山――言うまでもなく、東北最大の霊場であります。

 ……一応野暮なつっこみをしてしまえば、「おくのほそみち」の旅には恐山は含まれていない、というかおそらく芭蕉は恐山に行っておりません。
 その意味ではこの展開は反則と言えば反則、とてつもない力業なのですが――しかしそれがまた本作ならではの世界を生み出しているのであります。

 都の人間の、異境への憧れが生んだ風流のアイコンとも言うべき歌枕。そこに象徴されるものは、その地に暮らした人々が見て、感じてきたものとは異なるものなのではないか――第2巻で描かれたのは、そんな視点でありました。

 そしてこの巻で、この芭蕉の恐山行で描かれるのは、その異なる歌枕の存在が象徴するものであります。

 坂上田村麻呂が刻んだという「壷の碑」。おくのほそみちの旅の目的の一つとして、それを求めてきた芭蕉ですが、今回の旅において、ついに芭蕉は本物の「壷の碑」と出会うこととなります。
 そこに込められたものは、辺境の、化外の民と呼ばれた蝦夷の人々が、そこに確かに暮らしていたことの証であり――そしてそれはすなわち、彼らの存在を忘れない、という形での「鎮魂」の在り方でありました。

 なるほど、これまでの旅の中で描かれてきたのは、まさに「兵どもが夢の跡」。かつて確かにそこで生きていたにもかかわらず、今は過去のものとして忘れ去られた者たちの痕跡です。
 そして、この風変わりなおくのほそみちの中で、芭蕉を導いてきたのは、今は亡き人々の魂であり――そしてその果てに芭蕉がたどり着いたのが、亡くなった者の魂が集うという恐山だったのは、決して偶然ではありますまい。

 自然の、この世の美を表すと同時に、そこに映し出される、そしてその中に生きている/かつて生きた人々の存在をも浮かび上がらせるものが「歌」であるとすれば――
 芭蕉の俳句もまた、見事な歌であり、そしてそれによって鎮魂されることを望む者たちが、彼の旅を導いてきたと言えるのでしょう。

 最初に述べたとおり、本作の独自性の一つである「彼岸」の存在は、そんな芭蕉の俳句の在り方を示す標でもあったか……今更ながらに感心させられたところです。


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