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2015.03.04

『表御番医師診療録 5 摘出』 理想と信念を持って立つ男!

 剣豪医師・矢切良衛が権力の病巣に切り込んでいく『表御番医師診療録』の第5弾は、前作に引き続き、大奥の不穏な動きに良衛が挑むこととなります。表御番医師ならぬ御広敷番医師となった良衛が、江戸城の中の異界・大奥で見るものは……

 足に怪我をした御広敷伊賀者を診察し、そこに不審なものを感じ取った良衛。実は伊賀者の傷は、大奥警備の最中に、火の番である別式女の不意の襲撃を受けて負ったもの。
 自分の影の上役とも言うべき大目付・松平対馬守にこのことを知らせた良衛は、将軍綱吉の命で役目替えとなり、大奥付きの医師たる御広敷御番医師として、探索に当たることに……

 というわけで毎度のことながら貧乏くじを引かされる良衛ですが、今回の探索先である大奥は、やはりあまりにも勝手の違う相手。
 言うまでもなく将軍以外の男が入ることはできない大奥のそのまた奥に、数少ない例外として入ることができるのは、なるほど医師であります。

 その意味では彼がこの任に当たるのはまさに打ってつけ、と言いたいところですが、しかしもちろん大奥担当の医師だからとて、勝手に出歩くわけにはいきません。何とか綱吉の寵愛厚いお伝の方の力で、毎日大奥に出入りできるようにはなったものの、それはそれで厄介ごとを招くわけで……

 果たして何故火の番が伊賀者を襲ったのか、そもそも伊賀者は何をしていたのか? 謎を追う良衛ですが、その足下にも思わぬ火の手が上がることになります。


 と、権力の闇に触れてしまったばかりに、今回も意に染まぬ探索に駆り出される良衛ですが、彼が直接謎を探り出すというよりも、彼の存在が謎をあぶり出す、という展開になってしまうのは、少々残念なところ。
 結局事件は彼の知らないところで始まり、(彼の動きがそれに繋がったとはいえ)知らないところで決着してしまうというのは、ある意味仕方がないこととはいえ、いささか虚しさを感じさせます。

 しかし、それでいて本作が良衛自身の物語として強烈に感じられるのは、そんな混沌とした状況に放り込まれながらも、彼の中にしっかりと一本通ったものがあるからにほかなりません。

 それは、彼が「医師」であること――
 確かに彼は旗本、すなわち将軍を主君として仕える者ではありますが、しかしそれ以前に彼は「医師」なのであります。

 医は仁術などではない、と作中で自らはっきりと断言する良衛ではありますが、しかしそれは決して私利私欲から来た言葉ではなく、己の医師としての使命を全うし、より多くの人を救わんとする決意から来たもの。
 すなわち彼の価値観の中で最も重んじるべきは医師としての使命であり、その前には、この時代の武士の行動原理の中心にあるお家の継承、そしてあわよくば立身出世して、などというのは二の次三の次なのであります。

 もちろんと言うべきか、良衛は聖人君子ではありません。さらに大目付たちからは走狗としてこき使われ、義理の父に当たる典薬頭には手駒と見なされる……そんな立場にあります。
 それでも彼は、その中で膝を屈することなく、医師としての理想を、信念を貫くべく、しっかりと立ち続けます。そんな彼が、大目付に対して言いも言ったり、ある言葉を叩きつける場面は、本作のクライマックスと言えましょう。

 状況に翻弄されることの多い上田主人公の中でも、良衛は独自の地位を占めた存在であり――個人が権力に対峙することへの一つの希望を体現したキャラクターであると、少々大げさではありますが、感じた次第です。
(そしてそんな彼の信念に、作者の経歴を重ねてしまうのは、あながち穿った見方とは言えますまい)


 本作の結末は、そんな彼が掴み取った小さな勝利とも言えるのですが――しかし、もちろん権力の軛を逃れるのはそうそう簡単なことではないのも、言うまでもないお話。
 大目付の人の悪い笑顔を想像しつつ、次なる巻を待つことになるのであります。


『表御番医師診療録 5 摘出』(上田秀人 角川文庫) Amazon
表御番医師診療禄 (5) 摘出 (角川文庫)


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