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2015.03.12

『応仁秘譚抄』 応仁の乱の「真実」と人間たちの悲嘆

 数百年の歴史を持つ京を灰燼と帰さしめ、それ以降の長きに渡る戦国時代を生み出した応仁の乱。本作はその応仁の乱を、その前の時代、足利義教を描いた『魔将軍』の作者でもある岡田秀文が、乱の当事者と言うべき足利義視、日野富子、細川勝元、足利義政の視点から描く連作短編集であります。

 突然個人的なお話で恐縮ですが、今でこそ室町ものは大好物な私ですが、学生の時分は、室町時代は大の苦手でありました。その理由は、人間関係があまりに「複雑すぎる」ゆえであり、そして私をそう思わせたのがこの応仁の乱でありました。

 将軍の後継争いに、管領をはじめとする幕府内の権力争いが絡み合って勃発したこの応仁の乱。
 そこでは敵味方が複雑に入り乱れ(同姓の一族であっても二派に分かれるなどして……と、これは将軍家からしてそうですが)、さらにはその識別すらも曖昧になったり、代替わりが発生したり……と、決して短くない乱の中で状況がめまぐるしく変化し、その時々の勢力分布を追いかけるだけでも、相当の苦労であり――
 そしてこれはおそらく、一人私だけの印象ではありますまい。

 そんな乱を描くのに、本作の作者は、冒頭に述べたとおり四つの視点を用意します。
 兄・義政の継嗣として還俗しながらもいつまでも将軍の座に就けず、義政に男子が生まれたことで乱の一方の旗印とされた義視。
 義政の正室として辣腕を振るい、自らの腹を痛めて産んだ義尚をもう一方の旗印としてついに将軍の座に就けた日野富子。
 義視を支え続け、そして東軍の実質的な指導者としてライバルたる山名宗全と戦いを拡大させていった細川勝元。
 そしてその優柔不断な態度から継嗣争いのそもそもの原因を作り、乱が始まった後も己の世界の中に生き続けた足利義教。

 それぞれの立場から乱の勃発から終息に至るまで関わり、それぞれの意味で乱を起こした戦犯とも言うべき四人それぞれを主人公とした本作に収録された四編は、当然のことながら、ほぼ同じ事件をそれぞれの立場から繰り返し描くこととなります。

 それは一歩間違えれば退屈な反復ともなりかねませんが、しかしもちろん作者がそんな悪手を打つわけもありません。それぞれの――異なりつつも、それぞれ微妙に重なり合った――視点で複眼的に描かれる物語は、複雑怪奇な乱の絡み合った糸を一本一本丹念に解きほぐし、その糸それぞれの姿を明らかにする効果を持っているのであります。

 しかし本作の構造の持つ効果はそれだけではありません。

 繰り返し描かれながらも、各章毎に少しずつ違った様相を見せていく乱とその前後の人物関係、そして時代の動き。
 それは視点が異なれば当たり前かもしれませんが――しかし、作者はその差異の中に、ある人物の視点からだけはわかり得ぬ真実を少しずつ織り交ぜ、章が進めば進むほど、物語は全く新しい貌を見せていくことになるのであります。

 そしてその果てにたどり着いた最終章で、それまで時折感じられた違和感が一気に形となった末に語られるのは恐るべき応仁の乱の真相。
 『本能寺六夜物語』に始まり、昨年の『黒龍荘の惨劇』に至るまで、優れた時代ミステリ、あるいはミステリ色の濃い歴史ものを発表してきた作者ですが、本作は「その路線」ではなさそうに見えただけに、嬉しい驚きがありました。


 しかし――そんな趣向以上に強く印象に残るのは、もう一つの「真実」であります。
 理由はそれぞれであれど、応仁の乱の戦火を広げていった本作の主人公たち。しかし本作で描かれる彼らは、いずれも(そこに至るまでの紆余曲折はあったにせよ)平和な時代の到来を望み、そのために奔走していたのであります。

 彼らの胸にあったのは、ただ己が、己の子が家が、よりよく生きることのみ――もちろんその望みが他を踏みつけにするものであり、あるいは分を超えた望みであることは弁護できませんが、しかしそれはある意味人間として当然の望みでありましょう。
 それが結果として――そこにある種の意図があったとしても――乱を引き起こし、自らを、周囲の者たちを深く傷ついていったことを思えば、人間の存在というものに、いやそれをよりよく生かすことを妨げるこの世の構造というものに、索漠たる想いを抱かざるを得ないのであります。

 終盤で描かれるある情景――義政と富子が仲むつまじく寄り添い、歌を詠み交わす姿を見れば、何故人はこのように生きていけぬのか……そんな想いが胸を深く抉るのです。


『応仁秘譚抄』(岡田秀文 光文社文庫) Amazon
応仁秘譚抄 (光文社時代小説文庫)

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