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2015.04.21

小林正親『音無し剣又四郎 1 撃剣天下一』 天才と凡才、二人の剣士の交流記

 千葉周作の北辰一刀流玄武館の門弟・平田深喜は、師から天才と謳われた音無し剣の遣い手・高柳又四郎の監視を命じられる。ある秘密から、幼い頃より軟禁同然に育った又四郎と、剣の道に限界を感じていた深喜、不思議な友情が生まれた二人に、名だたる剣士が出場する撃剣試合開催の報せが入るが……

 角川グループの再編によって富士見書店の名がなくなることになりおそらくはレーベルの在り方も大きく変わるであろう富士見新時代小説文庫。刊行期間が短くとも、新たな血を時代小説界に導入したことは大いに評価されるべきと思いますが、TRPGを中心に活躍してきた作者による本作も、その成果の一つでしょう。

 その本作の中心となるのは、タイトルにその名がある高柳又四郎。名門・中西道場の三羽烏と呼ばれ、その音無しの剣は、相手と打ち合う音を立てない――すなわち、相手の攻撃を自分の竹刀に当てることなく全て躱して勝つという技であります。

 舞台となる時代は、本作でいう「撃剣」――竹刀と防具による撃ち合いによる剣法、すなわち今の剣道と同様の一種スポーツ化された剣法が隆盛し、江戸をはじめとする各地に道場が生まれ、そして数々の達人が生まれた時代。
 中でも又四郎は、半ば伝説めいた技の遣い手であり、剣豪小説の主人公として申し分がない人物でありますが、本作はそこに一ひねりも二ひねりも加わっているのが楽しい。

 というのも、本作の又四郎は、彼が生まれつき持つある秘密――これがまたなかなかに伝奇的なのですが――により、人前で顔を晒すことを禁じられた人物。それどころか、幼い頃から吾嬬(今の亀戸辺り)で半ば軟禁状態に置かれ、ほとんど世間のことを知らずに育ったのであります。

 そしてもう一つユニークなのは、そんな一種純粋培養の剣の天才児と並ぶもう一人の主人公として設定されているのが、平田深喜――そう、後に平手造酒と呼ばれ、『天保水滸伝』の世界で活躍した剣士であります。

 一説には無頼の行状から、師たる千葉周作に破門され、流れ流れて博徒の用心棒となったという深喜。しかし本作においては、剣での立身を望みつつも、芽が出ぬまま年齢を重ね、剣の道を進むにも、別の道を探すにも息詰まってしまった男として描かれるのです。

 有り余る剣才を持ちながらも、剣法界によって封じられた天才と、剣の道に行き詰まり、半ば厄介払いの形でその監視役となった凡才と――本作は、そんな対照的な二人が育む友情の物語。
 まるで子供のように物事を知らず、それだけに純粋で一途な又四郎と、己の生にくたびれ、しかしそれでもどこか純な部分を残した深喜と、二人の交流が双方に及ぼす相互作用の様、実に爽やかなのです。

 しかしもちろん本作は剣豪小説、剣の道に生きる男たちを描く物語であり――そして後半、とんでもない戦いの場を、本作は提示してみせます。
 それこそは「文政撃剣試合」――時の老中・水野忠成肝煎りによる、江戸中の剣術道場の代表選手が激突するトーナメント!

 桃井春蔵が、白井亨が、男谷精一郎が、近藤周蔵が、勝小吉が……このオールスター戦の出場選手、対戦カードを見るだけでも、剣豪ファンにはたまりません。
 そして、この撃剣試合に、又四郎が出場するという噂が流れるのですが――

 ここから先の展開については述べませんが、二人の主人公を存分に活躍させ、剣を学ぶことの意味と、「撃剣」という形で剣を交えることの素晴らしさ(そしてそれと同時に残酷さ)を描いてみせるのは、お見事と言うべきでしょう。
(特にクライマックスの展開は、ある意味お約束ではありますが、「撃剣」という設定を巧みに活かした内容なのが素晴らしい)


 一巻でこのエピソードを終えようとしたためか、駆け足な部分はあります。特に撃剣試合については、素晴らしく魅力的な設定だけに、しっかりと描き込んで欲しかった、という気持ちは強くあります。
 しかし限られた紙幅の中で、二人の主人公と、彼を取り巻く人々の姿を活写し、ピタリピタリと物語の構成要素を無駄なく組み合わせた上で、爽快な剣豪物語を描き出してみせたのは、大いに評価できます。

 剣豪ファンほど引っかかるであろう、プロローグとエピローグのささやかな仕掛けも楽しい本作。
 今後のレーベルの展開はわからぬものの、必ずや何らかの形で続編を読ませていただきたい、そんな作品であります。


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音無し剣 又四郎 (1) 撃剣天下一 (新時代小説文庫)

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