灰原薬『応天の門』第3巻 過去の真実と現在の挫折、そして再起
9世紀の京を舞台に、在原業平と若き菅原道真が様々な事件に挑む『応天の門』もこれで第3巻。この巻では、宮中の一大スキャンダルと平行して、前の巻でほのめかされた道真の兄の死の真相がついに語られるのですが――それはあまりにも過酷な内容でありました。
突如もの狂いした末に死んだ男が、狂犬病に犯されていたことを解き明かしたことをきっかけに、自分のトラウマとも言うべき過去を思い出した道真。それは幼い頃、自分の兄・吉祥丸が同様に狂気に陥り、無惨に死んだ時のことでありました。
あの時の吉祥丸がやはり狂犬病であったとしたら、しかしどこから彼はそんな病を得たのか? 真相を知るはずの父・是善は黙して語らぬままなのですが……
と、この巻に収められた最初のエピソードは、その是善が中心となる物語であります。
侍読(天皇に直接学問を教授する学者として幼い帝に接した際、その母・藤原明子(染殿后)の生霊が現れたと聞かされた是善。折しも染殿后は病で伏せって籠もっており、確かに生霊でもない限り、表に出ることはできないはずなのですが――
帝の頼みもあって染殿后のことを調べ始めた是善は、やがて世にもおぞましい世界を垣間見ることとなります。
染殿后といえば、その美貌に迷った高僧が天狗(あるいは鬼)となって彼女に取り憑き、苦しめたという逸話が『今昔物語集』にある人物であります。
このエピソードはそれを下敷きにしつつも、描かれるのは、いかにも本作らしい、あまりにも生々しい人の所業。そしてそれを平然と行うあの一族が、吉祥丸の死にも――
ということで、ここで父と子の物語が交錯することになるのですが、しかしそれが生むのは、父子の更なる断絶というのが切ない。
何よりも道真にとっては、自分が全くの無力であることを突きつけられる(といっても、過去と現在、双方の不正は彼のあずかり知らぬところで行われたわけではありますが)という結果に終わり、それが彼に思わぬ行動を取らせることになります。
そう、この巻で描かれるのは、過去の真実以上に、それが道真に与えた大いなる挫折であり――そしてそれからの再起の物語。
一度は全てを投げ出した道真。そんな彼に何ができたか、何ができるのか。ある意味定番の展開ではありますが、しかしその前に描かれた絶望が深いだけに、彼の掴んだものの尊さは、強く印象に残ります。
そして彼の決意が、彼のこれから先を予感させるものだけに……
(そしてそこに、何のかんの言いつつも、業平が絡んでくるのがまた嬉しい)
と、道真のドラマ的には盛り上がる部分もありますが、個人的にはこの第3巻には残念な印象が残ります。
というのも、上で触れたように、この巻の大部分を占めるエピソードに、道真も、業平もほとんど絡めない状況。
二人がバディとして活動する状況もほとんどなく、第1巻の展開に胸躍らせた人間にとっては、いささか肩すかしを食ったようにも感じるのであります。
もちろん二人とも随所で「らしさ」を見せておりますし(特に業平が)、バディものでなくとも十分に興味深い展開が続くのですが……
しかし、今回は溜めの巻と考えるべきなのでしょう。自分の敵を見極め、出来ることと出来ないこと、そしてやるべきことを知った道真。その彼がこれから如何に動くのか、そしてそこに業平が如何に絡んでいくのか……それに期待したいと思います。
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