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2015.04.17

鷹野久『向ヒ兎堂日記』第5巻 怪と人間、それぞれの存在証明

 明治時代、国の違式怪異取締局によって怪やそれを記した書物が取り締まられる中、怪たちを助ける相談所として密かに活動する貸本屋・向ヒ兎堂を描く物語もいよいよ佳境。路線対立によって取締局内が二分される中、その影響は思わぬ形で向ヒ兎堂の店主・伊織にも影響を与えることとなります。

 実は廃止された陰陽寮の者たちによって設立された違式怪異取締局。時代の流れに取り残されまいとする彼らは、様々な取締局の活動を通じて自分たちの存在感を高めんと画策、そしてその動きの中に実は伊織の出生の秘密が……

 と、前の巻で一気に動いた事態ですが、この巻ではさらに大きく動くこととなります。
 これまで幾度となく向ヒ兎堂と、伊織とニアミスしてきた取締局員・都築。局内でも穏健派に属していた彼は、局内のクーデターで強硬派が主導権を握ったことから局を離脱、何と伊織と手を組むことに!
 半ばなりゆきとはいえこれを受け入れた伊織ですが、自分以外の店の人間が怪であることはさすがに話せず板挟み。さらに自分自身の……


 と、まさに激動の展開なのですが、それでもなお、全編を漂うムードは、どこかのんびりした、浮き世離れしたものなのが実に本作らしいものがあります。

 この巻でほぼ唯一の通常営業のエピソード――すなわち、町中の怪騒動に伊織たちが首を突っ込む/巻き込まれるというスタイルの「赤足」では、伊織と都築の初コンビ(?)という点はあるものの、やはりそんなイメージがあります。
 自分が履いていた下駄を人間に奪われ、それを探して夜ごと街をうろつく足だけの怪というのは、もの悲しくもユーモラスで、同時に何とも言えぬ切ない味わいがあります。(また、千代が外国人の少女の洋菓子店でアフタヌーンティーする「だけ」のエピソードがあるのもまた楽しい)

 ……そしてその一方で、このエピソードは、この『向ヒ兎堂日記』という物語において、実は重要な意味を持ちます。
 ある意味堂々と人前に姿を現した足だけの怪。彼の行動原理は、突き詰めていけば自分の存在の証明のため――自分自身がここにいることを、世に知らしめるためでありました。

 怪という、ある意味現実に存在しない存在にとって、彼らが彼らとして存在するのは、人間が「いる」と信じてこそ。
 言い換えれば、「いない」と思われる――いや、存在そのものを知られなくなれば、それはもう存在できないということであります。

 そう、取締局が行っていることの帰結は、まさに怪の存在をこの世から消し去りかねないものであり――そしてそれを行っているのが、やはり文明開化の世で存在を否定されかけ、自分たちの存在を証明せんとする陰陽師たち、という点に、何とも言えぬ皮肉さと切なさがあります。


 そしてその取締局が仕掛ける巨大な作戦――これまでの彼らの行動とは矛盾があるようなこの作戦が何を意味するのか。
 さらなる巨大な動きが予想される本作、いよいよ佳境と言うべきでしょう。


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