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2015.04.30

風野真知雄『猫鳴小路のおそろし屋 2 酒呑童子の盃』 奇譚という名の「真実」たち

 江戸は猫鳴小路で、謎めいた女主人・お縁がひっそりと営む骨董商・おそろし屋。この店に集まる、歴史上の人物に関する品物に込められた曰く因縁が語られる連作シリーズの第2弾であります。今回は戦国時代から江戸時代、果ては平安時代まで、物語は様々な時代を飛び回ることとなります。

 かつて大奥におり、勘定奉行や老中とも面識があるという謎の女性・お縁。彼女が江戸で開いたおそろし屋は、店は小さいが置いてあるのは逸品揃いの、知る人ぞ知る名店であります。
 そんな店で、数少ない常連相手にひっそりと商いを続ける彼女の手元に集まるのは、歴史上の有名人にまつわる品物――それも、史実に隠された意外な「真実」にまつわるものばかり。本作は、店を訪れた客に対し、彼女がその奇譚という形の「真実」を語るスタイルで描かれていきます。

 この第2巻に収録されているのは全4話――
 本能寺で光秀に討たれたはずが、死体が見つかっていない信長が集めた茶道具の一つである茶筅。
 天下人秀吉のもとに忍び込み、後に捕らえられて釜煎りされた石川五右衛門が盗んだという黄金の釜。
 赤穂浪士を率い、首尾良く主君の仇を討ったはずの大石内蔵助の悔恨が込められたという扇。
 都を騒がせ、源頼光に討たれたという大江山の鬼「酒呑童子」の真実と、その背後の複雑怪奇な人の想いが隠された盃。

 活躍した時代も場所も全く異なる4人にまつわる物語は、いずれも歴史の陰に隠された真実という伝奇的な趣向と、その中に浮かび上がる人の――有名無名を問わない――悲喜こもごも、様々な心の動きが印象に残ります。

 元々、ユーモラスな物語の中に、人の生にまつわる寂しさや切なさといった機微や弱き者たちへの共感、そして強き者への皮肉なまなざしを含んだ作品を得意としている作者。
 本作はそんな作者が、様々な時代で融通無碍に物語を展開することにより、持ち味を存分に発揮していると言えましょう。

 ことに表題作である『酒呑童子の盃』は、平安という時代背景を描きつつ、権力を求める人間の醜さ(と、それと背中合わせのもの悲しさ)、彼らによってねじ曲げられていく真実という、いつの時代も共通する物語を描き出しているのが印象的であります。
(そしてこの他にも、作者が「今」に向けるまなざしを感じさせる箇所が諸処に……)


 もっとも、やはり短い中で物語を展開させ、さらに歴史上の有名人のキャラクターを描き出すために、デフォルメを効かせた、極端な描写が多くなっているのは、好みが分かれるところかと思います。
(特に今回は作者の作品には珍しく、下世話な方向の題材が多いだけに)

 また、本作のもう一つの特徴、全編を貫く縦糸である、お縁自身の物語――大奥にて何かの秘密を知ってしまった彼女に迫る奇怪な刺客と、彼女を守る剣士との戦いも、今回かなりあっさり目の扱いなのも、残念なところであります。

 隠された「真実」を語ってきたお縁が、彼女自身が隠す「真実」によって命を狙われるという皮肉――何やら江戸、いや東京の存在にも関わる秘密らしいだけに、もっともっと煽ってくれてもよいのに……というのは贅沢の言い過ぎかもしれません。

 それでももっともっととねだりたくなるのは、本シリーズの構造が、そこで描かれるものが魅力的であるからにほかならないのですが。


『猫鳴小路のおそろし屋 2 酒呑童子の盃』(風野真知雄 角川文庫) Amazon
猫鳴小路のおそろし屋 (2) 酒呑童子の盃 (角川文庫)


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 『猫鳴小路のおそろし屋』(その二) 得体の知れぬその店の秘密は

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2015.04.29

中谷航太郎『シャクシャインの秘宝 秘闘秘録 新三郎&魁』 自由の民の戦い、完結!

 敵の追撃を逃れ、山の民と合流したと思ったのも束の間、沈み行く御用船に捕らわれた新三郎と魁たち。かろうじて北の孤島にたどり着いた一行だが、覇王のギヤマンを狙う豪商・安芸屋一味はなおも執拗な攻撃を仕掛ける。巨大戦艦までも繰り出す相手に対し、新三郎と魁に打つ手はあるのか!? いざ決戦!

 というわけで、『秘闘秘録 新三郎&魁』もこの第6巻でついに完結であります。
 これまでも様々な形で弓と銃の大乱撃戦を描いてきたシリーズらしく、この巻は最初から最後まで、ひたすらピンチとアクションの連べ打ち。とてつもない規模の敵に対し、一冊丸々かけての大決戦であります。

 一族の守ってきたカムイを遷宮するため、北への旅を続けてきた新三郎と魁、そして山の民たち。しかしその途上で手に入れた秘宝・覇王のギヤマンを狙い、豪商・安芸屋が動き出します。
 魁に勝るとも劣らぬ戦闘とサバイバルのスキルを持つ刺客を向こうに回し、辛うじて勝利した一行は、同行する御庭番・宮地の助力で御用船に乗り込み、もう安心と思いきや……

 そこに潜んでいた裏切り者によって彼らは捕らわれ、沈みゆく船に閉じこめられることに。覇王のギヤマンとカムイの水晶、アテルイの遺刀――そして何よりも新三郎最愛の人・沙伎までもが奪われ、いきなりクライマックスであります。

 何とかこの危機を逃れたものの、迫るのは剽悍無比な海賊・虎丸率いる海賊衆を連れた安芸屋の本隊。さらに、魁以上の気配察知能力と火縄を使わぬ鉄砲で、これまでの旅路で散々に新三郎と魁を苦しめたロシア軍人・ロボコフもまた、戦士としての誇りを賭けて二人を狙います。

 島で意外な出会いがあったものの、この強敵の群れに対する味方は、十人にも満たない人数。かくて最後の、そして絶望的な攻防戦が始まるのですが……


 先に述べたとおり、これまでもバリエーション豊かに弓と銃による戦いを描いてきた本シリーズ。その量・質ともに、時代小説史上でも屈指と言えるであろう戦いの連続を締めくくる本作もまた、一切出し惜しみなしのバトルまたバトルであります。

 ひたすらに戦闘シーンが続けば普通は胸焼けがきそうなものですが、本作に限っては心配ご無用。
 あまりにも巨大な敵(クライマックスの「敵」のとんでもなさなど、もう半ば呆れながら拍手するほかないスケール!)相手に立ち向かう新三郎と魁、仲間たちの戦いの連続は、これまで同様作者一流の筆でもって、こちらの目と心を捕らえて離しません。

 前作までに気になったカムイのお導きも、絶望的な未来のビジョンを提示してみせることにより、その万能感を逆手にとった絶望感を煽ってみせるのが心憎いところであります。

 しかしそんな中でも本作最大の魅力は、そんな絶望的な状況の中でも減らず口を叩きあう新三郎と魁の友情であり、そして死闘を繰り広げる中で結ばれる、敵味方の怨讐を超えた共感であり――そんな男臭い世界観でありましょう。

 それは、軟弱で下劣だった新三郎の、男としての、人間としての成長の過程と重なる世界であり(まあ、新三郎の成長が早すぎた感はあるにせよ)、それがまた、ひたすらに繰り返される戦いの中でも、不思議な爽やかさを感じさせる所以でしょう。
 特にラスト、新三郎と魁と「あの男」が見せる、魂と魂の交流ともいえる姿は、まさに大団円ともいうべき本作の結末を飾るに相応しいものでしょう。


 これまでシリーズを引っ張ってきたカムイの遷宮が、結果的にずいぶんあっさりとした扱いになったことは否めませんし、やはり最後の最後まで便利な存在であった印象は残ります。

 そんな部分もありはするものの、本作で、本シリーズで描かれた熱い戦いの数々は、それを補ってあまりあるものでしょう。
 自由の民が繰り広げた、自由のための戦い――本作はそれを最後の最後まで描き切り、そして彼らが貫いた魂の尊さを、高らかに謳い上げてみせたのですから。


『シャクシャインの秘宝 秘闘秘録 新三郎&魁』(中谷航太郎 新潮文庫) Amazon
シャクシャインの秘宝: 秘闘秘録 新三郎&魁 (新潮文庫)


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2015.04.28

戸土野正内郎『どらくま』第1巻 武士でなく人間として、大軍に挑む男たち!

 大坂夏の陣から一年、豊臣方の鳳家の隠れ城を、徳川方の兵が包囲する。敵の策に城と幼い姫の運命は風前の灯火――と、その場に居合わせたのは、謎の武器商人・真田源四郎と彼の宿敵の戸隠忍者・九喪。姫を救うことを請け負った二人に率いられた百余人の老兵と、二千の傭兵たちとの決戦の行方は?

 恥ずかしながら連載時には全くノーチェックでありました本作、単行本化を機に手に取りましたが、これが実に痛快な時代アクション活劇でありました。

 物語の幕開けは大坂夏の陣、いずれも一癖ありげな二人の若者が、炎に包まれる大坂城で対峙する場面。しかし二人の戦いは炎の中で痛み分けに終わり、次に二人が顔を合わせることとなったのは、戦いの一年後、雪深き美濃山中は鳳家の隠れ城でありました。

 莫大な黄金を持ち、その力で傭兵集団を差配してきた鳳家も、頼みとしてきた豊臣家の滅亡で斜陽の一途。
 跡取りである勇那姫を奉じて再起を図る彼らに、間者扱いされたのが件の若者たち――武器商人のはずが一言多い真田源四郎と、ある目的で城に忍び込んだ忍びの九喪であります。

 二人がまさに処刑されんとした時、城に襲来したのは、鳳家最強を謳われた傭兵部隊・百鬼隊を率いながらも、部下ごと徳川に寝返った百鬼死門。彼の奸計により城内に残るは、源四郎と九喪、かつて死門の部下であった捻り鉄棒を操る豪傑・大獄丸を除けば老兵たちのみ……

 絶望的な状況の下、百鬼隊を倒し、姫を守ることを請け負ったのは源四郎と九喪。その価は老兵たちの命――ここに、百余人対二千人の死闘が始まることに相成るのでした。


 ご覧のとおり、簡単に言ってしまえば架空の地を舞台にした架空の家の架空の戦いである本作。
 個人的にはそうした作品はあまり得意ではないのですが、しかし本作の前にはそんなつまらぬこだわりはあっさり消えてしまったのですが――それはひとえに本作のシチュエーション作りの巧みさと、そしてそのシチュエーションの熱さに尽きます。

 寡兵対多勢の戦い、それも奇策を用いての籠城戦とくれば、どうしたって前者を応援したくなるもの。しかもそこに味方するのが、正体不明ながらも途方もなく腕の立つ流れ者――それも宿敵ながら、ひどく息のあったところを見せる奴ら――とくれば、盛り上がるばかりであります。

 しかし本作の魅力はそれに留まりません。本作最大の魅力、それは彼らの、そして城に残された役立たずの老兵たちの戦う理由にあります。
 彼らの戦う理由、それはお家存続や忠義心といった大義名分などではなく、ただ、戦に巻き込まれた一人の少女を守り、救うこと――

 実はここには本作の最大の仕掛けがあるため、詳しくは述べられないのが残念ですが、ここで彼らが守ろうとするのは、本当に彼らにとっては縁もゆかりもない、武士の理屈で言えば守る意味もない相手。
 しかしそんな彼女を救うため、ただそれだけのために人間として大軍に挑む、命を投げ出す男たち――男泣き必至のシチュエーションであります。

 アクションに止め絵が多用されているのと、用いられる策がある意味単純明快に過ぎるのはひっかからないでもありませんが、しかしこの戦う理由の前には小さい小さい。
 忠義や大義といった建前の前に命が消耗され尽くした時代が終わった直後に、新たな戦いの理由を示してみせた男たちの戦いはただ痛快であります。


 さて、本作のタイトルの意味は、おそらくは「ドラクマ」、古代から使われたギリシアの通貨でありましょう。
 このドラクマ――正確にはその1/6の価値のオボルスは、冥界の川の渡し賃であったとか。つまり本作のタイトルは、冥界の川の渡し賃六枚の意なのです。

 そして本作の主人公の一人は、洋の東西の違いはあれ、それと同じものを旗印にした一族と同じ姓を持つ者。
 果たして彼が、彼らが何者なのか……一つの戦いを終えた彼らの、次なる戦いの中で、それが語られるのでありましょうか。それも楽しみであります。


『どらくま』第1巻(戸土野正内郎 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
どらくま 1 (BLADE COMICS)

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2015.04.27

西條奈加『睦月童』 神の力と人の情が交わるところに

 東北から江戸の国見屋に招かれた少女・イオ。彼女はその瞳に相手の罪を映す力を持っていた。荒れていた国見屋の跡取り息子・央介は、その力で自分の犯した罪を認め、改心する。その後イオとともに江戸で起こる事件を解決する央介だが、二人は、イオの里を巡る因縁に巻き込まれていくことに……

 面白い偶然ですが、この二月ばかりの間に、座敷童(に近い存在)を題材とした時代小説が相次いで発表されました。本作はその一つ――東北のとある村に現れ、その不思議な力で人々に幸を授けるという童女・睦月童を巡る奇譚であります。

 東北から江戸に、その睦月童の一人・イオを連れてきた日本橋の酒問屋・国見屋の主。かつて東北で育ち、幼い頃に睦月童と出会っていた彼は、ある目的のために、村に頭を下げて、イオを連れ帰ったのであります。
 その目的とは、すっかりぐれてしまった息子の央介のこと――彼が何か悪事を働いたのではないかと恐れた国見屋は、藁をもすがる思いでイオを頼ったのでした。

 それぞれが常人にはない力を持つ睦月童たち。イオの持つ力は鏡――彼女の目を見たものは、己の中の罪悪感を直視させられ、激しい良心の呵責に襲われるのであります。
 イオと出会ったことで己の罪を直視した央介は何とか立ち直り、一年間国見屋に留まることとなったイオに懐かれることになるのでした。

 そして江戸で起きる様々な事件に巻き込まれるようになった二人は、事件の陰に存在する様々な人の想いを知ることに……


 という本作の基本設定を見れば、本作は、不思議な能力を持つ存在を狂言回しとしたちょっとイイ話という、まま見かけられるタイプの物語に感じられます。
 その印象は、少なくとも半分は正しいものであります。

 イオが自分で言うように、彼女の持つ力はあくまでも「鏡」。人が秘め隠していた心を映し出すものの、自分自身で何かができるわけではありません。
 何かができるとすれば、それはその鏡で自分の内面を映し出された者のみ。央介がそうであったように、自らそれを償うことを決意できるか、そしてその機会を与えられるか……
 本作の前半で描かれるのは、そんな人の想いであり、それは変形の人情ものと呼ぶことができるでしょう。


 ……が、本作は後半において、大きくその趣を変えていくこととなります。ある事件がきっかけで、睦月の里のことを知る侍と知り合った央介とイオ。そして彼が知るのは、イオの出生の秘密、すなわち睦月童と彼女たちに力を与える睦月神の秘密でもありました。

 何故睦月童は不思議な力を持つのか。何故睦月童は女性ばかりなのか。睦月の里が衰亡しつつある理由とは。そして睦月神の正体とは――
 ここで描かれるのは睦月童のルーツの物語であり、そしてここに至り物語は、一種の秘境冒険SFの趣すら漂わせるのであります。

 この辺りの展開、いや転回は、評価が分かれるところかもしれません。

 私個人としては、睦月神の意外な正体と、その神に結びつけられた睦月童の在り方の、大いに伝奇的で、ある意味実にロジカルな秘密に大いに興奮させられたのですが――
 しかし、ファンタジー色の濃い人情ものを期待する向きには、前半の方向性のまま終わって欲しかった、と感じる方もいることでしょう。

 しかし、睦月童を単純にありがたい神様の使い、不可思議な人外の存在として描くことで終わらせず、そのルーツを描くことで、本作は同時に、彼女たちもまた一人の人間であることを示していることは、心に留めておくべきでしょう。
 そして彼女たちの人間性を描くことにどれだけの意味があるか――それは、作中で描かれてきた睦月童たちとその運命を見れば、自ずと理解できましょう。

 そのルーツには「神」が関わっているとはいえ、しかし「人」の業が凝った存在とも言える睦月童。彼女たちと関わる者たちだけでなく、彼女たち自身の姿を描くことで、本作はより深く「人」の情を描くことができたのだと、私は考えます。

 それは時にひどく生々しく、やりきれないものではあるのですが――しかしそれだけではないことは、本作の結末がはっきりと示しています。
 そしてそれこそは、本作における最大の救いではありますまいか?


『睦月童』(西條奈加 PHP研究所) Amazon
睦月童(むつきわらし)

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2015.04.26

末國善己『読み出したら止まらない! 時代小説 マストリード100』

 それなりに出ているようでいて、SFやミステリといった他ジャンルに比べるとやはり少ない印象のある時代小説のガイドブック。そんな中で、新たな一冊が刊行されました。末國善己『読み出したら止まらない! 時代小説 マストリード100』であります。

 タイトルからお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、本書は、杉江松恋『海外ミステリー マストリード100』、千街昌之『国内ミステリー マストリード100』の姉妹編とも言うべき一冊であります。

 内容的には二部構成ですが、その大部分を占める第一部が「マストリード100」。タイトルの通り、現在入手可能な時代小説で、読むべき百作品を一作家一作品ずつ取り上げ、解説を加えたもの。
 一作品の紹介は、さらに「あらすじ」、作品や作者の関連情報や読みどころを記した「鑑賞術」、そして同じ作者や同じジャンルの作品等を紹介する「さらに興味を持った読者へ」から構成されております。

 さて、こうしたガイドブックでは、まず作品のチョイスが最も気になるところなわけですが、個人的には「なるほど!」と「こうきたか!」が半々という印象。

 これはある意味当然のお話で、20年くらい前までの作品になればほぼ鉄板と言いましょうか、チョイスは衆目の一致するところであります。
 一方、最近の作品になればなるほど、まだ評価が定まっていない……というのは言いすぎかもしれませんが、同じ作家でも何が代表作か、というのは意見が分かれるところでありましょう。

 そんなこともあっての「こうきたか!」なのですが、しかしこれが新鮮で面白い。
 本書で取り上げられた百作品百作家を全て読んでいるわけでは、恥ずかしながらないのですが、それだけ楽しみが多いということでしょう。


 しかし個人的には本書の最大の読みどころは「鑑賞術」の項であります。先に述べた通り、作品の読みどころ等に触れた項ですが、ここに本書の著者である末國氏の持ち味が最も良く表れているのです。

 時代小説に限らず、様々なエンターテイメント小説の解説を手がけている氏ですが、その解説の多くに共通するのは、作品の内容や執筆背景を、現在の社会情勢と絡め、対比して語ってみせる点であります。

 それは本書にも共通してあり、必ずしも紹介された全作品で述べられているわけではありませんが、しかし数多くの作品に通底するこの視点は、本書を末國氏ならではのものとしている点であり――そしてそれこそが、本書の読みどころの一つであると、私としては感じるのであります。


 なお、第一部に比べれば頁数的には少ないのですが、本書の第二部「さらに楽しい読書のすすめ」も必読。

 「古典的な名作と戦前・戦後の作家たち」と「新しい時代の時代小説作家たち」とさらに二部に分かれるこのパートでは、第一部で取り上げられなかった作家――現在では作品の入手が難しい作家、あるいは惜しくも百作品に含めることができなかった作家――を取り上げているのですが、これが一種の通史として楽しめるのであります。

 特に後半は、21世紀に入ってからの新人やジャンルの越境、文庫書き下ろし等々、現在に至るまで、概括して語られたことが存外に少ない部分であり、実に興味深く、第一部に並び必読の内容であります。


 文庫としては少々価格は高めではありますが、それだけの価値はある一冊でありましょう。

『読み出したら止まらない! 時代小説 マストリード100』(末國善己 日経文芸文庫) Amazon
読み出したら止まらない! 時代小説 マストリード100 (日経文芸文庫)

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2015.04.25

中谷航太郎『アテルイの遺刀 秘闘秘録新三郎&魁』 新たなる敵の驚くべき正体

 カムイの遷宮のため、北に向かう山の民。彼らと一旦離れ、御庭番の宮地から覇王のギヤマンを受け取った新三郎と魁、倭太李を、恐るべき技を持つ謎の一団が襲撃する。彼らの襲撃を逃れて北へ逃れる新三郎一行。果たして彼らは幾重にも張り巡らされた敵の包囲網を突破できるか……?

 全6巻のシリーズ『秘闘秘録 新三郎&魁』も、これでラスト直前の第5巻。数々の死闘をくぐり抜けてきた名コンビの物語の舞台は、この巻では北へ北へと移ろい、一種のロードノベル的な趣があります。もちろん、彼らの行くところ、たちまち屍山血河となるのですが……

 偶然かカムイの導きか、思わぬ形で将軍吉宗と知り合い、彼を狙う尾張の暗殺集団と死闘を繰り広げることとなった新三郎と魁、そして山の民たち。
 その褒美というべきか、これまで幾多の権力者が求めてきたという秘宝・覇王のギヤマンを吉宗から授かることとなった新三郎たちですが……しかしそれが再び、彼らを戦いに巻き込むこととなります。

 一度は山の民とすれ違いながらも、意外な巡り合わせで、再び山の民を追い、彼らに覇王のギヤマンを届けることとなった御庭番・宮地。
 しかし山の民の足跡を追って赴いた箱根山中――懐かしや、第1作の舞台であるヤマダチの砦で彼を待っていたのは、新三郎と魁、そして山の民の少年戦士・倭太李の三人のみ――実は山の民は、カムイのお告げに従い、彼ら三人のみを残して北に旅立っていたのでありました。

 そして久闊を叙するまもなく、新三郎や宮地たちは、彼らは謎の集団の襲撃を受けることとなります。
 商人・浪人・僧兵・狩人・そして覆面の巨人――一見全く統一感のない彼らですが、しかし共通するのは、覇王のギヤマンを狙うことと、そして彼らの多くが、魁を凌駕するほどの技の持ち主であること。

 かくて謎の敵集団の襲撃を逃れ、一族と合流すべく、ヤマダチの砦から脱出し、北方への旅を開始する新三郎一行。
 しかし、幕府御庭番である宮地の動きをも知る謎の敵は執拗に彼らに追いすがり、ついに奥州の山中で死闘が始まることに……


 というわけで、今回も繰り広げられる、弓と銃が入り乱れての大乱戦。前作はある意味山の民ベストメンバーという顔ぶれでしたが、本作ではわずか三人。
 もちろん一騎当千の顔ぶれですが、数倍する敵、それも先に述べたように実力も匹敵する相手が幾人もいるとなれば、苦戦は必死であります。

 特に魁と勝るとも劣らぬ気配察知の技を持ち、さらに火縄を使わぬ鉄砲を操る謎の巨人には、三人は散々苦しめられるのですが……
(しかしこの巨人の正体が、かなり早い段階で明らかになってしまうのがもったいない。敵そのものの正体にも繋がってくるだけに)

 が、苦戦するということは、彼らには悪いですが、読者にとっては、如何に彼らが窮地を脱するか、楽しみが多いということでもあります。
 毎回毎回、戦闘シーンのバリエーションの豊富さで驚かせてくれるこのシリーズですが、今回もその期待を裏切ることはありません。

 しかしそれ以上に本作で驚かされるのは、そして嬉しくなってしまうのは、戦いの末に明らかになる、敵――覇王のギヤマンを求める者の正体でしょう。
 ここで彼らを持ってくるか、ここまで話を広げるか! と言うほかない意外な相手を持ってこられたら、盛り上がるほかありません。

 本シリーズでは、基本的に主人公サイドは受け身で、自分たちを襲ってくる敵の正体もなかなかわからないことが大半なのですが、これまでの展開をミスリーディングに使ってきたこの仕掛けには脱帽です。


 そして、前作で個人的にいただけなかった、カムイのお導きによるストーリー展開は、今回新三郎チームが巫女チームと分かれたことで、ほとんど目立たなくなったのはよかった……
 と言いたいところですが、ラストで思い切りその辺りが復活してくるのにはただ残念。自由の民を描くはずの物語で、神の意志に人が動かされるだけと言ってしまうのはいかがなものか、と感じてしまうのですが、その辺りが今後ひっくり返されることがあるのか。

 その辺りにもかすかに期待しつつ、次巻、最終巻を手に取るのでした。


『アテルイの遺刀 秘闘秘録新三郎&魁』(中谷航太郎 新潮文庫) Amazon
アテルイの遺刀: 秘闘秘録 新三郎&魁 (新潮文庫)


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2015.04.24

八犬伝特集その十七 會川昇『南総怪異八犬獣』

 文政年間、八犬伝人気が沸騰する中で観光地となった安房に怪物が出没、犠牲者が続出するという噂が流れた。その真偽を確かめることとなり、二人の同行者とともに安房に向かった古書店の居候・筑木七郎。そこで騒動の陰に潜むものを知った七郎たちだが、しかしそこに巨大な影が現れる……

 如何なる力が作用したかはわかりませんが、この一月に満たない間に、『怪獣文藝の逆襲』『日本怪獣侵略伝 ご当地怪獣異聞集』と、相次いで怪獣小説アンソロジーが刊行されました。
 特に後者は、「ご当地怪獣異聞」の副題が示すように、各都道府県に設定されたご当地怪獣を題材に、特撮ものの脚本家たちが競作するという極めてユニークな一冊なのですが……他の作品が全て現代を舞台としているのに対し、一作だけ、江戸時代を舞台とした作品が存在します。

 それが本作『南総怪異八犬獣』――舞台は千葉県、登場する怪獣の名は「伝奇怪獣バッケンドン」、そして描くは幾多の時代伝奇ものを送り出し、『THE八犬伝』第一期の構成を担当した會川昇……私が読まない理由がないではありませんか。(ちなみに私は千葉県が本籍地であります)


 さて、「この世は無慈悲で残酷であると共に、神聖な美しさに満ちている」という、『THE八犬伝』ファンであれば「おおっ」と思うこと間違いなしのユングの引用にいきなり仰け反らされる本作ですが、その後もこちらは興奮させられっぱなし。

 何しろ舞台となるのは、信乃と現八の芳流閣の決闘から、行徳での小文吾・親兵衛の登場と、前半の山場というべき『南総里見八犬伝』第4輯が刊行され、八犬伝人気が沸騰した時期。
 そんな中、観光地となった安房の地に怪物が出現、老若男女が人間業とは思えぬ無惨な死体となって発見され……という虚実入り乱れた冒頭部からして見事というほかありません。(そしてその噂を聞いた馬琴が、執筆を止めると言い出すのもまた「らしい」)

 そしてその噂を聞きつけたのが、江戸の情報屋として知られる藤岡屋須藤由蔵というのもたまりませんが、彼によって派遣されたエージェントともいうべき筑木七郎、福地忠兵衛、大童子平馬(彼らもまた全て実在の人物!)が、安房である事実を知る辺りから、予想もしなかった方向にストーリーは展開していきます。


 そもそも、『南総里見八犬伝』という作品自体が、虚実が複雑に絡み合った中で成立した物語。
 史実を踏まえつつ、その中に虚構を織り交ぜて話を展開させていくというのは、これは歴史ものフィクションであれば当たり前のことですが、八犬伝の場合、その虚構の部分までもが史実のように受け止められていく点にその複雑さがあります。

 本作は、そんな「物語」としての八犬伝の奇妙に歪んだ姿を描き出すのですが――しかし、それに留まらず、そこに八犬伝の基調を成すある概念というもう一つの「物語」の存在を描き出すのが素晴らしい。

 理想化された「現実」たる「物語」――「現実」からはみ出したところにあるはずのその「物語」が、やがて「現実」を縛るものともなる。本作で描かれた八犬伝騒動はその極端な例ですが、しかし本作に登場するもう一つの「物語」こそが、江戸時代を縛る最大の軛だったのではないか――

 そしてその歪みが、人の強い想いや異界の力と結びついた時、怪獣が……というのは、これはもう「あの作品」を連想するなというのが無理なのですが(しかも関わるのはその主人公のモデルともなった人物)、それはさておき。
 怪獣もののキモの一つとも言うべき怪獣誕生の理由・メカニズムに、八犬伝という「物語」と、そしてこの時代ならではの――しかしそれは形を変えて現代の我々をも縛るものでもあるのですが――もう一つの「物語」の存在を用意してみせた本作は、見事に時代伝奇怪獣小説としか言いようがありません。


 そして――こうした「物語」と「現実」という、作者お得意のモチーフを使いつつも、その果てに描かれる、残酷な「現実」と美しい「物語」の狭間でもがく者が見せる一瞬の輝きが素晴らしい。
 ここに作者のヒロイズム、ヒーロー観を窺うことが出来る……というのはファンのうがった見方に過ぎるかもしれませんが、いずれにせよ、作者が久々に手がけた『八犬伝』として、そして作者のおそらくは初の時代(伝奇)小説として、必読の作品であります。

『南総怪異八犬獣』(會川昇 洋泉社『日本怪獣侵略伝 ご当地怪獣異聞集』所収) Amazon
日本怪獣侵略伝 ~ご当地怪獣異聞集~


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2015.04.23

仲町六絵『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』 室町の混沌と豊穣を行く青年妖術師

 室町時代中期、父の借金の日延べの代わりに、南都は興福寺の客人である異国の血を引く青年・天竺ムスルの屋敷に仕えることとなった葉月。表向き金貸しを営むムスルだが、彼のもう一つの顔は妖術師だった。彼のもとに持ち込まれる不可思議な事件に巻き込まれる葉月だが……

 仲町六絵といえば、代表作は現在オンゴーイングのファンタジー『からくさ図書館来客簿』シリーズになるのだと思いますが、私にとっては『霧こそ闇の』『夜明けを知らずに』といった、フレッシュな時代小説の印象が強くあります。
 最近は時代ものを書かれず寂しい思いをしておりましたが、本作はまぎれもなく時代もの――それも、室町時代の南都(奈良)を舞台とした、実にユニークでファンタスティックな連作です。

 本作の主人公となるのは、天竺ムスル、後の名を楠葉西忍……と書くと、あたかも時代伝奇ものの登場人物のようですが、歴とした実在の人物。
 足利義満の時代に来日した異国人・天竺ヒジリと、日本人女性の間に生まれ、足利義持の怒りを買って追われた後、奈良興福寺の庇護を受けて暮らした商人であります。

 そんな彼を、本作はいかにも作者らしい感覚でアレンジしてみせます。当時の日本人からは天竺と呼ばれた彼のルーツの地は実はペルシャ、そして彼の操るのは、ギリシャで発祥し、ペルシャで成立した妖術……
 謀反人だ、妖術師だという周囲の声も意に介さず、物言う鳥のタラサとともに自らの屋敷で悠々自適に暮らす青年――それが本作の天竺ムスルなのであります。

 そんなムスルの屋敷に仕えることとなったのは、弱小豪族の妾腹の子・葉月。ごくごく普通の少女だった彼女は、ムスルが操る妖術と、彼の力を見込んで持ち込まれるそちら側の事件に翻弄されて……というのが本作の基本設定であります。


 少女向けの作品には、主人と使用人ものとでも言いましょうか……極めて有能ながらも風変わりな独身貴族の主人と、彼に振り回されながらも惹かれていく使用人の少女というシチュエーションのものがまま見かけられますが、本作はまさにその一つと言うべきでしょう。

 そうした観点からすれば、本作はさまで珍しいものではないかもしれませんが――もちろんそれで留まる作品ではないことは言うまでもありません。
 先に述べたとおり、あたかもフィクションの登場人物のような実在の人物を巧みにアレンジし、さらに当時ならではの風物を織り込んで物語を成立させてみせた本作は、その枠組みがあるが故に、むしろその独自性が際だつのであります。

 例えば、本作の二番目のエピソード「墓所の法理」は、実際に中世の寺院が領地を増やすのに用いたロジックを扱った作品。
 殺人事件の被害者が見つかった場所を、その者の墓所として、縁の寺院が収めてしまうという、実に室町時代らしい法理によって葉月の父の領地が奪われかける中、別口でこの事件に首を突っ込んだムスルが……

 というこのエピソードは、扱う題材といい、ムスルの、そして葉月の活躍ぶりといい、まさに本作でなければ成立しえない世界。
 そしてそんな中にきっちりと葉月とムスルの間のドキドキ感を盛り込んでいるのも心憎いところで、作者の職人的とすら言える技を堪能できる作品であります。


 中世、室町といえば、混沌・荒廃・殺伐……といったネガティブな言葉がまず浮かびます。それも間違ってはいないのですが、しかしそれだけではなく、そんな時代だからこその豊かさ、広がりがあったのものも、また、事実であります。
 そんな室町という時代の混沌と豊穣をある意味一人で体現しているかのようなムスルを主人公に、そしてそんな彼をニュートラルな視点で見る少女を語り手に展開していく本作を、得難い室町ものとして、大いに楽しませていただきました。

 それにしてもムスルの生涯を調べてみれば、この先もまだまだ激動の――つまり実に興味深く面白い――出来事が連続しています。
 そしてそんな彼の傍らにあった女性のことも記録に残っていることを思えば……まだまだこのシリーズの先が読みたいと、そう願ってしまうのもおかしなことではありますまい。


『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵 メディアワークス文庫) Amazon
南都あやかし帖 ~君よ知るや、ファールスの地~ (メディアワークス文庫)


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2015.04.22

幡大介『真田合戦記 幸綱風雲篇』 戦国時代前夜を駆ける男たち

 既に来年の大河ドラマを見越して……ということではないかもしれませんが、本作はその先駆けとなる作品かもしれません。先日、初の歴史小説『幕末愚連隊』を発表した幡大介の歴史小説第2作は、真田一族を描くシリーズ。その第1巻は、真田幸村の祖父・幸綱の名をタイトルに冠した物語であります。

 物語の始まりは天文9年(1540年)。信玄も謙信はまだ年若く、信長は幼く家康はまだ生まれてもいない……我々が戦国時代と聞いて思い浮かべる時代の始まる前とでも言うべき頃。

 この巻の主人公・次郎三郎は、そんな時代に活躍する武士……ではないのが、本作の面白いところ。そう、次郎三郎は信州善光寺に身を寄せる商人なのです。
 しかし商人と言っても、平時のそれとは全く異なるのは言うまでもないお話であります。商売のために往来しようにも日本各地が戦場であり、目的地までの道を行くのも命がけ。いや、それどころか、商売相手が戦場のまっただ中、敵と対峙する軍に対してものを売りに行かねばならぬこともあるのです。

 実に本作の冒頭は、まさに織田勢に包囲された松平家の城に、次郎三郎が奇策をもって米を運び込む場面から始まります。
 腕といい度胸といい、知恵の回りといい、並の商人ではない次郎三郎ですが、その出自は信州真田の地をかつて治めてきた滋野一族の末裔。今は村上氏に奪われ、散り散りとなった一族の一人なのであります。

 そしてこの巻の物語の中心となるのは、この信州の地の争奪戦。
 野心に燃える武田信虎――言うまでもなく信玄の父であります――の信州侵攻に始まり、信州の、そして関東の諸将たちの思惑が入り乱れ、その中で次郎三郎もまた、望むと望まざるとに関わらず、滋野一族の一人として巻き込まれていくこととなります。


 と、戦国時代前夜とも言うべき時代から始まる本作ですが、それだけでなく、主人公を商人として設定することもわかるように、従来の戦国ものから、少しだけずらしたところから描くのが、いかにも作者らしいところ、と言うべきでしょう。

 特に印象的なのは、次郎三郎が商人として依ることになる善光寺の存在でしょう。
 仏教徒だとて、宗派が異なれば戦になることも珍しくもない時代において、その諸宗派が分かれる前から存在する一本寺院たる善光寺。中立地帯として存在し、それ故に商業・経済が栄え、誰とでも取引ができるという場を舞台の一つとして選んだのは、本作の着眼点の見事さと言うべきでしょう。

 また、キャラクターの個性も――文庫書き下ろしものに比べるとさすがにおとなしめかもしれませんが――作者ならではでしょう。
 特に信虎、原美濃守、山本勘助とエキセントリックな面子が揃った武田側のキャラクターは、物語でも主体的に動く勢力だけあって、かなり印象に残ります。


 と、なかなかに快調な滑り出しではあるのですが、実は欠点……と言っていいのかは微妙ながら、ちょっとおかしかったのは、実はサブタイトルとなっている「幸綱」が、この巻には登場しないこと。

 主人公と「幸綱」の関係は、史実上明らかではあるため、問題はないのですが、少々引っかかったところではあります。


『真田合戦記 幸綱風雲篇』(幡大介 徳間文庫) Amazon
真田合戦記: 幸綱風雲篇 (徳間文庫)


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2015.04.21

小林正親『音無し剣又四郎 1 撃剣天下一』 天才と凡才、二人の剣士の交流記

 千葉周作の北辰一刀流玄武館の門弟・平田深喜は、師から天才と謳われた音無し剣の遣い手・高柳又四郎の監視を命じられる。ある秘密から、幼い頃より軟禁同然に育った又四郎と、剣の道に限界を感じていた深喜、不思議な友情が生まれた二人に、名だたる剣士が出場する撃剣試合開催の報せが入るが……

 角川グループの再編によって富士見書店の名がなくなることになりおそらくはレーベルの在り方も大きく変わるであろう富士見新時代小説文庫。刊行期間が短くとも、新たな血を時代小説界に導入したことは大いに評価されるべきと思いますが、TRPGを中心に活躍してきた作者による本作も、その成果の一つでしょう。

 その本作の中心となるのは、タイトルにその名がある高柳又四郎。名門・中西道場の三羽烏と呼ばれ、その音無しの剣は、相手と打ち合う音を立てない――すなわち、相手の攻撃を自分の竹刀に当てることなく全て躱して勝つという技であります。

 舞台となる時代は、本作でいう「撃剣」――竹刀と防具による撃ち合いによる剣法、すなわち今の剣道と同様の一種スポーツ化された剣法が隆盛し、江戸をはじめとする各地に道場が生まれ、そして数々の達人が生まれた時代。
 中でも又四郎は、半ば伝説めいた技の遣い手であり、剣豪小説の主人公として申し分がない人物でありますが、本作はそこに一ひねりも二ひねりも加わっているのが楽しい。

 というのも、本作の又四郎は、彼が生まれつき持つある秘密――これがまたなかなかに伝奇的なのですが――により、人前で顔を晒すことを禁じられた人物。それどころか、幼い頃から吾嬬(今の亀戸辺り)で半ば軟禁状態に置かれ、ほとんど世間のことを知らずに育ったのであります。

 そしてもう一つユニークなのは、そんな一種純粋培養の剣の天才児と並ぶもう一人の主人公として設定されているのが、平田深喜――そう、後に平手造酒と呼ばれ、『天保水滸伝』の世界で活躍した剣士であります。

 一説には無頼の行状から、師たる千葉周作に破門され、流れ流れて博徒の用心棒となったという深喜。しかし本作においては、剣での立身を望みつつも、芽が出ぬまま年齢を重ね、剣の道を進むにも、別の道を探すにも息詰まってしまった男として描かれるのです。

 有り余る剣才を持ちながらも、剣法界によって封じられた天才と、剣の道に行き詰まり、半ば厄介払いの形でその監視役となった凡才と――本作は、そんな対照的な二人が育む友情の物語。
 まるで子供のように物事を知らず、それだけに純粋で一途な又四郎と、己の生にくたびれ、しかしそれでもどこか純な部分を残した深喜と、二人の交流が双方に及ぼす相互作用の様、実に爽やかなのです。

 しかしもちろん本作は剣豪小説、剣の道に生きる男たちを描く物語であり――そして後半、とんでもない戦いの場を、本作は提示してみせます。
 それこそは「文政撃剣試合」――時の老中・水野忠成肝煎りによる、江戸中の剣術道場の代表選手が激突するトーナメント!

 桃井春蔵が、白井亨が、男谷精一郎が、近藤周蔵が、勝小吉が……このオールスター戦の出場選手、対戦カードを見るだけでも、剣豪ファンにはたまりません。
 そして、この撃剣試合に、又四郎が出場するという噂が流れるのですが――

 ここから先の展開については述べませんが、二人の主人公を存分に活躍させ、剣を学ぶことの意味と、「撃剣」という形で剣を交えることの素晴らしさ(そしてそれと同時に残酷さ)を描いてみせるのは、お見事と言うべきでしょう。
(特にクライマックスの展開は、ある意味お約束ではありますが、「撃剣」という設定を巧みに活かした内容なのが素晴らしい)


 一巻でこのエピソードを終えようとしたためか、駆け足な部分はあります。特に撃剣試合については、素晴らしく魅力的な設定だけに、しっかりと描き込んで欲しかった、という気持ちは強くあります。
 しかし限られた紙幅の中で、二人の主人公と、彼を取り巻く人々の姿を活写し、ピタリピタリと物語の構成要素を無駄なく組み合わせた上で、爽快な剣豪物語を描き出してみせたのは、大いに評価できます。

 剣豪ファンほど引っかかるであろう、プロローグとエピローグのささやかな仕掛けも楽しい本作。
 今後のレーベルの展開はわからぬものの、必ずや何らかの形で続編を読ませていただきたい、そんな作品であります。


『音無し剣又四郎 1 撃剣天下一』(小林正親 富士見新時代小説文庫) Amazon
音無し剣 又四郎 (1) 撃剣天下一 (新時代小説文庫)

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2015.04.20

灰原薬『応天の門』第3巻 過去の真実と現在の挫折、そして再起

 9世紀の京を舞台に、在原業平と若き菅原道真が様々な事件に挑む『応天の門』もこれで第3巻。この巻では、宮中の一大スキャンダルと平行して、前の巻でほのめかされた道真の兄の死の真相がついに語られるのですが――それはあまりにも過酷な内容でありました。

 突如もの狂いした末に死んだ男が、狂犬病に犯されていたことを解き明かしたことをきっかけに、自分のトラウマとも言うべき過去を思い出した道真。それは幼い頃、自分の兄・吉祥丸が同様に狂気に陥り、無惨に死んだ時のことでありました。
 あの時の吉祥丸がやはり狂犬病であったとしたら、しかしどこから彼はそんな病を得たのか? 真相を知るはずの父・是善は黙して語らぬままなのですが……

 と、この巻に収められた最初のエピソードは、その是善が中心となる物語であります。
 侍読(天皇に直接学問を教授する学者として幼い帝に接した際、その母・藤原明子(染殿后)の生霊が現れたと聞かされた是善。折しも染殿后は病で伏せって籠もっており、確かに生霊でもない限り、表に出ることはできないはずなのですが――
 帝の頼みもあって染殿后のことを調べ始めた是善は、やがて世にもおぞましい世界を垣間見ることとなります。

 染殿后といえば、その美貌に迷った高僧が天狗(あるいは鬼)となって彼女に取り憑き、苦しめたという逸話が『今昔物語集』にある人物であります。
 このエピソードはそれを下敷きにしつつも、描かれるのは、いかにも本作らしい、あまりにも生々しい人の所業。そしてそれを平然と行うあの一族が、吉祥丸の死にも――

 ということで、ここで父と子の物語が交錯することになるのですが、しかしそれが生むのは、父子の更なる断絶というのが切ない。
 何よりも道真にとっては、自分が全くの無力であることを突きつけられる(といっても、過去と現在、双方の不正は彼のあずかり知らぬところで行われたわけではありますが)という結果に終わり、それが彼に思わぬ行動を取らせることになります。


 そう、この巻で描かれるのは、過去の真実以上に、それが道真に与えた大いなる挫折であり――そしてそれからの再起の物語。

 一度は全てを投げ出した道真。そんな彼に何ができたか、何ができるのか。ある意味定番の展開ではありますが、しかしその前に描かれた絶望が深いだけに、彼の掴んだものの尊さは、強く印象に残ります。
 そして彼の決意が、彼のこれから先を予感させるものだけに……
(そしてそこに、何のかんの言いつつも、業平が絡んでくるのがまた嬉しい)


 と、道真のドラマ的には盛り上がる部分もありますが、個人的にはこの第3巻には残念な印象が残ります。

 というのも、上で触れたように、この巻の大部分を占めるエピソードに、道真も、業平もほとんど絡めない状況。
 二人がバディとして活動する状況もほとんどなく、第1巻の展開に胸躍らせた人間にとっては、いささか肩すかしを食ったようにも感じるのであります。

 もちろん二人とも随所で「らしさ」を見せておりますし(特に業平が)、バディものでなくとも十分に興味深い展開が続くのですが……

 しかし、今回は溜めの巻と考えるべきなのでしょう。自分の敵を見極め、出来ることと出来ないこと、そしてやるべきことを知った道真。その彼がこれから如何に動くのか、そしてそこに業平が如何に絡んでいくのか……それに期待したいと思います。


『応天の門』第3巻(灰原薬 新潮社バンチコミックス) Amazon
応天の門 3 (BUNCH COMICS)


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2015.04.19

山田正紀『天動説』 時を超えて甦る超越者との戦いの物語

 血まみれの船頭たちの死体を乗せ、品川沖に漂流してきた巨大な千石舟。これを皮切りに、江戸では死者が蘇り、奇怪な術使いたちが跳梁する怪事件が続発する。事件に巻き込まれた浪人・こうもり鉄太郎と岡っ引きの仙三は、事件の影に潜む者に迫るが、敵は想像を絶する存在だった……

 昨年、都筑道夫の伝奇時代小説を次々と復刊してくれた日下三蔵編の戎光祥出版の時代小説コレクション、次なる作家は山田正紀――ということで、その第一弾が『天動説』であります。
 ほぼ四半世紀前にノベルス上下巻で刊行されて以来、一度も復刊されてなかった幻の名作がここに復活したのは、欣快の至りです。

 本作の物語は天保年間、品川に血塗れの千石船が漂流してきた場面から幕を開けます。
 船頭たちは喉を切り裂かれて帆柱に吊り下げられるという無惨な姿を晒す一方で、乗客も積み荷もない状態で漂流してきた巨船には、実は……

 と、ここでホラーファンであれば、何かに似ていると思われることでしょう。ブラム・ストーカーの名作『吸血鬼ドラキュラ』において、ドラキュラがデーメテール号でロンドンに乗り込んできた場面に似ている……と。

 そう、(これは帯等に明記されているゆえ、ここでも書いてしまいますが)本作は『吸血鬼ドラキュラ』を――そしてその翻案である横溝正史の『髑髏検校』を下敷きとした作品であり、そして吸血鬼時代小説の名品なのであります。
 横溝正史の『髑髏検校』については以前紹介いたしましたが、上に述べたとおり『吸血鬼ドラキュラ』を巧みに江戸時代の日本を舞台に置き換えてみせた作品。それを下敷きとした本作は、いわばドラキュラの孫とも言うべき作品ですが……もちろん、天才・山田正紀が、そのまま原典をいただいてこと足れりとするはずがありません。

 まずユニークなのは、吸血鬼の脅威に立ち向かうのが、見かけはおよそ冴えない浪人の青年である点でしょう。
 町方同心の次男として生まれながら、武士の柄ではないと家を飛び出した彼は、万事優秀な兄・主馬とは違い、ものぐさで呑気にその日を暮らす青年。いわゆる昼行灯なのですが――しかし「こうもり」の渾名のように、夜になると別人のように活発になるという、ある意味、夜の眷属に立ち向かうのに相応しい人物であります。

 そしてそんな彼の敵となるのは、天保の世では既に物語中の存在のような、奇怪で個性的な忍術使いたち(特にその中でも、笠と合羽に身を包んだ藤八五文は、ビジュアルといい行動といいインパクト十分)。
 さらにその背後に潜むのが、蝦夷地渡りの吸血鬼「さたん」とくれば、盛り上がるなという方が無理でしょう。


 しかしそれよりも何よりも感心させられるのは、本作の物語が、原典を踏まえつつも、時代背景と密着した、この時代ならではの物語として描かれている点でしょう。

 本作の主な舞台は天保年間、大御所家斉の時代から、その子・家慶を戴いた水野忠邦の改革の頃。そして本作において重要な背景となっているのは、この家斉派と家慶派の――いわゆる西の丸派と本丸派の対立なのであります。
 表には出せぬ暗闘を繰り広げていたであろうこの両派の対立に、この世の者ならぬ魔物が絡んでいたら……というのは、あまりに魅力的な想像。江戸のど真ん中に吸血鬼が出現するという、荒唐無稽といえばそのとおりのアイディアに、見事にこの史実が結びつき、伝奇小説として、時代小説としても一級の作品として、成立しているのであります。


 連作形式の雑誌連載という形式もあってか、特に終盤が駆け足となった感も強く、また後半の敵方の動きなど、冷静に考えると無理がある部分もあって、こうして一冊になってみると、粗さを感じる部分はあります。
(上で述べた西の丸派・本丸派の対立に絡む部分にも矛盾が感じられます)
 また、この一度見たら忘れられないタイトル、『天動説』の意味するところについては、賛否が分かれるところかもしれませんが……

 しかし、先に述べた本作の魅力の数々はもちろんのこと、時代を超えて繰り広げられる、そして、何時終わるとも知れぬ人知を超えた悪の化身と対峙しても、決してあきらめず、戦いを止めない主人公たちの姿は、強く強く印象に残ります。

 超越者との絶望的な戦いの中にあっても、人としての意地と希望を捨てず、戦いを続ける主人公たちの姿は、我々の愛する作者の作品に通底する主人公像であり、それはまさに天保の昔から、いや四半世紀の時を超えても変わるところはないのであります。


『天動説』(山田正紀 戎光祥出版 山田正紀時代小説コレクション) Amazon
天動説 (山田正紀 時代小説コレクション1)


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2015.04.18

都筑道夫『幽鬼伝』 名手の連作ホラー捕物帖の魔力

 ある晩、見知らぬ相手に斬りつけられた岡っ引き・念仏の弥八。下手人は彼の眼前で謎めいた死を遂げるが、同様の事件は四件も続いていた。隠居同心の稲生外記に相談を持ち込んだ弥八だが、外記も辻斬りの襲撃を受ける。外記の妾・涙はその不思議な霊感で、敵の存在を語るが……(『念仏のまき』)

 以前、併録の短編『暗闇坂心中』を先に紹介させていただきましたが、戎光祥出版の都筑道夫時代小説コレクションの第4巻のメインとも言うべき連作が、この『幽鬼伝』であります。

 主人公となるのは、しごけば鉄棒となる数珠玉を武器とする岡っ引き・念仏の弥八と、彼が以前世話になっていた隠居町方同心・稲生外記、そして外記が世話する盲目の、そして数々の霊能力を持つ美少女・涙。
 力と知恵と霊能と……それぞれが得意とする分野を持つトリオが、江戸を騒がす数々の怪奇事件に挑むのであります。

 そんな彼らが挑むことになるのは、七つの事件――

 弥八と外記をはじめ、何の関係もないような人々が次々と謎の辻斬りに襲われる『念仏のまき』
 姿なき射手により、次々に人々が射殺されていく事件の背後に、奇怪な妖術師の影が潜む『妖弓のまき』
 髑髏のかんざしが突き刺さった紙人形が発見されるたびに殺されていく娘たちを守るため弥八らが奔走する『髑髏のまき』
 地蔵の首の代わりに女の首が載せられていたという猟奇事件を皮切りに展開する幻術絵巻『生首のまき』
 雪の中、二人の岡っ引きの首を切り裂いて殺した妖女の魔手が弥八にも迫る『雪女のまき』
 河童の目撃譚から、島原の乱を由来とするアイテム争奪戦へと展開していく『河童のまき』
 そして、江戸を襲う怪火と生ける死人たちに町が大混乱に陥る中、宿敵・天草小天治と弥八・外記・涙が最後の大決戦を繰り広げる『怪火のまき』


 こうして怪異を向こうに回して戦う時代怪異譚というのは、今ではさまで珍しくないように感じられるかもしれません。
 しかし本作のユニークな点は、岡っ引きと(隠居したとはいえ)町方同心という主役キャラから想像できるように、一種の捕物帖として構成されている点でありましょう。

 なるほど、本作で展開する物語の背後には、人知を超えた超常現象が存在しますが、しかしそれは(一見そう見えたとしても)決して通り悪魔のようなものではなく、何者かの明確な意志の下、ある目的を持って発生するもの。
 その意味では本作は実にロジカルな物語構造の時代ミステリとも呼べるものであり――そしてそのジャンルにおいて、作者が無双の筆を振るってきたことは、今更言うまでもありますまい。

 そしてオカルトもの、ホラーものとしてみても、本作はかなりの出来映えであります。
 呪いの武具に魔犬の群れ、生ける死人に襲いかかる雪の怪……本作で描かれる怪異の数々は(作者お得意の幻術連発もありますが)今の目で見ても恐ろしく、かつ執筆時期を考えれば、相当に過激。

 特にラストの『怪火のまき』など、今の目で見てもちょっと驚かされるような描写もあり、そして質・量を問わず投入されたアイディアの数々など、作者の時代を超えたイマジネーションの豊富さに、感心するばかりであります。


 その一方でラストの展開が――そのド派手なクライマックス連発ぶりにさまで気にはならないとはいえ――あまりにも突然すぎるのは、不定期連載されてきた作品の書き下ろし最終回という事情を踏まえても、やはり気になるところではあります。
 また、ほとんど誤りのない託宣を与えてくれる涙の存在が、このような趣向の作品としてはあまりに便利に過ぎるのも、個人的にはひっかかる部分であります。

 そうした点もあるものの、しかし、本作がなおも魅力的であるのもまた、間違いないところではあります。
 私は大陸文庫版で読んで以来、ほぼ四半世紀ぶりに本作を読み返しましたが、読み始めたら止めることもできずに、最後まで一息に読んだ、いや読まされてしまったのですから……

 この辺り、時代ものに、ミステリに、ホラーに、いずれのジャンルにおいても健筆を振るってきた作者ならではの魔力なのでありましょう。


『幽鬼伝』(都筑道夫 戎光祥出版『変幻黄金鬼 幽鬼伝』所収) Amazon
変幻黄金鬼・幽鬼伝 (都筑道夫 時代小説コレクション 4)


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2015.04.17

鷹野久『向ヒ兎堂日記』第5巻 怪と人間、それぞれの存在証明

 明治時代、国の違式怪異取締局によって怪やそれを記した書物が取り締まられる中、怪たちを助ける相談所として密かに活動する貸本屋・向ヒ兎堂を描く物語もいよいよ佳境。路線対立によって取締局内が二分される中、その影響は思わぬ形で向ヒ兎堂の店主・伊織にも影響を与えることとなります。

 実は廃止された陰陽寮の者たちによって設立された違式怪異取締局。時代の流れに取り残されまいとする彼らは、様々な取締局の活動を通じて自分たちの存在感を高めんと画策、そしてその動きの中に実は伊織の出生の秘密が……

 と、前の巻で一気に動いた事態ですが、この巻ではさらに大きく動くこととなります。
 これまで幾度となく向ヒ兎堂と、伊織とニアミスしてきた取締局員・都築。局内でも穏健派に属していた彼は、局内のクーデターで強硬派が主導権を握ったことから局を離脱、何と伊織と手を組むことに!
 半ばなりゆきとはいえこれを受け入れた伊織ですが、自分以外の店の人間が怪であることはさすがに話せず板挟み。さらに自分自身の……


 と、まさに激動の展開なのですが、それでもなお、全編を漂うムードは、どこかのんびりした、浮き世離れしたものなのが実に本作らしいものがあります。

 この巻でほぼ唯一の通常営業のエピソード――すなわち、町中の怪騒動に伊織たちが首を突っ込む/巻き込まれるというスタイルの「赤足」では、伊織と都築の初コンビ(?)という点はあるものの、やはりそんなイメージがあります。
 自分が履いていた下駄を人間に奪われ、それを探して夜ごと街をうろつく足だけの怪というのは、もの悲しくもユーモラスで、同時に何とも言えぬ切ない味わいがあります。(また、千代が外国人の少女の洋菓子店でアフタヌーンティーする「だけ」のエピソードがあるのもまた楽しい)

 ……そしてその一方で、このエピソードは、この『向ヒ兎堂日記』という物語において、実は重要な意味を持ちます。
 ある意味堂々と人前に姿を現した足だけの怪。彼の行動原理は、突き詰めていけば自分の存在の証明のため――自分自身がここにいることを、世に知らしめるためでありました。

 怪という、ある意味現実に存在しない存在にとって、彼らが彼らとして存在するのは、人間が「いる」と信じてこそ。
 言い換えれば、「いない」と思われる――いや、存在そのものを知られなくなれば、それはもう存在できないということであります。

 そう、取締局が行っていることの帰結は、まさに怪の存在をこの世から消し去りかねないものであり――そしてそれを行っているのが、やはり文明開化の世で存在を否定されかけ、自分たちの存在を証明せんとする陰陽師たち、という点に、何とも言えぬ皮肉さと切なさがあります。


 そしてその取締局が仕掛ける巨大な作戦――これまでの彼らの行動とは矛盾があるようなこの作戦が何を意味するのか。
 さらなる巨大な動きが予想される本作、いよいよ佳境と言うべきでしょう。


『向ヒ兎堂日記』第5巻(鷹野久 新潮社バンチコミックス) Amazon
向ヒ兎堂日記  5 (BUNCH COMICS)


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2015.04.16

中谷航太郎『覇王のギヤマン 秘闘秘録新三郎&魁』 お告げが導く三つ巴の戦い

 忍者集団・土蜘蛛を殲滅し、なりゆきから将軍吉宗暗殺を阻止した新三郎と魁。江戸で山の民の一族と合流した二人の前に現れたのは、カムイの巫女である蝦夷のおばばだった。彼女の導きで江戸を騒がす凶盗一味と戦うこととなった一行は、やがて将軍家の秘宝にまつわる戦いに巻き込まれることに……

 全6巻のシリーズもこの第4巻で後半戦に突入の『秘闘秘録 新三郎&魁』。今回の舞台となるのは、シリーズには珍しい街――それも江戸であります。

 執拗に山の民を狙ってきた凶悪な忍者集団・土蜘蛛の隠れ里での死闘の末、彼らの大半を斃し、江戸に向かった残党をも殲滅した新三郎と魁。その決戦が、土蜘蛛が将軍吉宗を暗殺せんとしたタイミングであったため、図らずも将軍吉宗の命の恩人となった二人ですが、もちろんそれに拘る彼らではありません。
 そもそも彼らの目的は、隠れ谷からカムイの宮を移すこと。そのために旅をしてきた山の民の仲間たちと合流した二人ですが、彼らを見つめる幾つもの視線が……

 と、何とも意味深な引きで終わった前作ですが、江戸で彼らを待っていたのは、不思議な力を持ち、カムイと交感することができる蝦夷のおばば。若き日に和人に捕らえられて江戸に連れてこられ、辛酸を舐めながらも、今はその霊力で周囲の人々から敬われる老女であります。

 彼女に――彼女の口を借りたカムイに導かれるまま、江戸に逗留することとなった新三郎一行ですが、ある日おばばが忽然と姿を消し、さらに一行は凶賊の群れの襲撃を受けることになります。
 そしてその戦いの痕跡から、新三郎たちの存在を知ったのは、将軍吉宗の腹心の御庭番・宮地。彼は吉宗の密命を受け、山の民たちと、盗賊たちを追うことになります。

 入り乱れる三つの勢力を結ぶのは、かつて信長が、光秀が、秀吉が、そして家康が求めたという伝説の秘宝。そしてついに吉宗と対面を果たした新三郎と魁は、意外な敵との死闘を繰り広げることに……


 と、これまでとは全く異なる舞台だけに物語の雰囲気も展開も少々異なる本作。これまでは明確な敵との攻防戦が繰り広げられてきた本シリーズですが、ここでは終盤に至るまで戦うべき敵の正体がわからず、決して戦闘力的には劣るわけではないものの、新三郎と魁は苦戦を強いられた印象があります。

 主役コンビがそのような状況で、逆に活躍するのは、前作ラストに登場した吉宗と宮地のコンビ。
 将軍と御庭番という関係ながら、紀州では兄弟のように育った二人の関係性がなかなか面白く――特に、吉宗に対する宮地の忠義心とも独占欲とも依存ともつかぬ複雑な感情は、入り組んだ本作の中でも印象に残ります。

 印象に残ると言えば、クライマックスで新三郎&魁らと死闘を繰り広げる相手もまた、出番にすればさほどの分量ではない敵役とは思えぬ存在感ですが、これは敵役側の心理描写を丹念に行う作者ならではのものでしょう。


 このように、舞台こそこれまでと異なるものの、アクションあり謎解きありとサービスぶりは変わらぬ本作なのですが――
 どうにも釈然としないものが残るのは、間違いなく、物語が終始(厳しい言い方をすれば)神懸かりに引っ張られて展開していくためであります。

 実に本作の物語は、おばばによるカムイのお告げに従い、展開していくこととなります。疑問も、自分たちの意見もなく、常に正しいカムイの言葉に従っていけば物語が展開していく……
 新三郎と魁はこれに納得しているのですが、読者としてはそうそう簡単に納得のいくものではありますまい。

 結局物語は最後の最後までカムイの手の中で転がされたようなものなのですが――山の中で下界の軛から解き放たれ自由に生きるのが魅力だった新三郎と魁が、自分の意志を見せずに振り回されるのは、あまり気持ちのいいものではありません。
 エンターテイメントとしては決して悪くない作品だけに、かえってこの点がひっかかるのであります。


『覇王のギヤマン 秘闘秘録新三郎&魁』(中谷航太郎 新潮文庫) Amazon
覇王のギヤマン: 秘闘秘録 新三郎&魁 (新潮文庫)


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2015.04.15

矢野隆『覇王の贄』 二重のバトルが描き出す信長とその時代

 天下統一を目前とした覇王・信長が手に入れた男。新免無二斎というその男は、鬼神の如き強さと、相手を殺すまで止めぬ無情さを持つ最強の剣客だった。一対一で無二斎を殺せる者を連れてこいという命を受け、秀吉、利家ら信長麾下の将たちは、「贄」を選ぶことに――

 デビューしてから決して長いとはいえない期間でありますが、しかし矢野隆ほど、戦いを、戦う者を一貫して描いてきた時代小説家はいないのではありますまいか。本作は、そんな作者の一つの到達点とも言える連作集であります。

 信長が絶頂期にあった天正9年、安土城で信長に拝謁した羽柴秀吉は、櫂のような巨大な木刀を振るう男・新免無二斎が、信長の小姓をはじめとする者たちを次々と叩きのめし、惨殺していく様を見せつけられます。

 そして秀吉に対し、「一対一での勝負で此奴を殺せる者を連れて来い」という命を下す信長。
 自分の気に入りの男を殺せというに等しい信長の真意はどこにあるのか? 答えを間違えれば自分の命も危うくなるその命を果たすため、悩み抜いた末に秀吉が選んだ男は……


 「秀吉」と題する第1話で描かれるのは、本作の設定紹介とパターンの提示。
 以後、秀吉、長秀、勝家、利家、嘉隆、そして光秀と武将の名が冠される全6話で構成される本作は、基本的にこのパターンに則って、展開していくこととなります。

 そんな本作の魅力の第一は、言うまでもなく、無二斎(言うまでもなく、彼はかの剣豪・宮本武蔵の父であります)の相手として6人の武将が誰を選び、そしてその相手が無二斎と如何なる技を以て、無二斎と戦いを繰り広げるか、という点であります。

 その剛力で、その剣技で、そして何よりもその心性で、最強の剣士として君臨する無二斎。
 当然、通常の手段では、通常の相手では傷を負わせることすら困難な相手に挑むための諸将のチョイスは、彼らの性格もあいまって、実に様々であります。

 先に述べたとおり、物語のパターンは共通しているものの、展開するバトルはバリエーション豊富。
 この人物が相手をするのか!? と驚かされる対戦カードも少なくなく(特に第4話で利家が選んだ相手とその戦いのステージには仰天)、そこに時代バトルの第一人者とも言うべき作者の力量を見ることができます。


 しかし、本作で繰り広げられる戦いは、それだけではありません。並行して描かれる戦い、それは信長と6人の武将の戦いであります。

 もちろん、覇王とその臣下という関係にある彼らが直接に戦うわけではありません。しかし、無理難題と言うしかない信長の求めに如何に応えるか、そもそも、自分のお気に入りの男を殺せというのはいかなる思考によるものか――
 その対処を誤れば、命取りになりかねないことは、信長の性格と所業を考えれば明らかでしょう。

 そしてそこに本作のもう一つの魅力があります。

 そこで示される武将たちの選択、それこそは、彼らが何を想って生きてきたか、そして信長に何を求めるかの表れ。
 それは言い換えれば、戦国という時代、その申し子とも言うべき信長と如何に対峙するか、その答えであり、彼らの人生そのものなのであります。
(作中、リレー的に前話の武将が登場し、その回の主人公武将と語る中で、またそれぞれの想いと個性が際立つのも面白い)

 それこそが本作で繰り広げられるもう一つのバトルとその魅力であり――そして本作を変格の、そして優れた歴史小説たらしめている点なのであります。

 無二斎という剣客と対戦相手とのバトルを一種の鏡として、信長に仕えた武将たちの内面を、そして信長自身のそれを映し出す――そのバトルの二重構造の見事さには、ただ唸らされるばかりなのであります。


『覇王の贄』(矢野隆 光文社) Amazon
覇王の贄(にえ)

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2015.04.14

小沢章友『あやか師夢介 元禄夜話』 夢の果てに死を見る幻想譚

 今個人的に一番気になっているレーベルである白泉社招き猫文庫は、毎回よくぞこの人を、という作家が登用されているのですが、本作の作者・小沢章友もその一人。本作は、幻想色の強い時代ものを得意とする作者が、人の未来を夢の形で見せることのできる夢見師の男を狂言回しに描く連作であります。

 居を定めずにその日その日を気まぐれに暮らす男・夢助。親の顔も知らぬまま、菱川師宣をはじめ様々な人々に世話になりながら江戸で生きてきた彼には、生まれながらにして夢見という不思議な能力が備わっておりました。

 自分の掌を擦りあわせ、そしてその掌を目に当てることで、未来の姿を夢に見ることができる――自分の夢を見るだけでなく、他人の夢を見る/見せる力を持つ彼のもとには、自分の運命を占ってもらおうとする人々が引きも切らず押し掛けることになります。

 そんな彼の親友は、かの初代市川団十郎。夢介に夢を見せられたことで荒事に開眼、いまや文字通りの千両役者となった彼は、持ち前の物見高さからその後も夢介とつるんでは、人の見る夢を知ろうとするのであります。

 本作はそんな夢介、そして団十郎の前に現れる有名無名、様々な人々とその夢を描く連作短編集。団十郎や師宣のほか、松尾芭蕉や八百屋お七、白井権八など、舞台となる元禄時代の有名人を中心に描かれる本作は、夢を見る者が様々であるだけに、物語もまた多様であります。

 何しろ、夢を――未来を見たとしても、それが必ずしも夢の成就を、成功を約束するものではありません。無惨に夢破れる姿を見せられることもあれば、たとえ一時は夢が叶ったとしても、その後散っていくこともある。
 いや、人の命がいつかは必ず尽きることを思えば、全ての夢の結末は死であると言えるのかもしれません。

 それゆえ、と言うべきでしょうか、本作で描かれる物語には、いずれも死の香りが色濃く漂うこととなります。
 それは必ずしも明確に描かれるわけではなく、それ故に本作が単純に暗鬱な物語というわけではないのですが――しかし華やかな夢の先に待つ「それ」の影は、物語に不思議な陰影を与えているのであります。

 特に、親友たる団十郎の「結末」を見てしまった夢介は、物語を通じてその光景に――そしてそれを団十郎が見てしまったのではないかという想いに悩まされることになるのですが……

 閑話休題、このような本作のスタイルには、好みが分かれるのではないかとは感じます。
 先が、結末がわかるといってもあくまでもそれは物語の先のこと。それをほのめかして淡々と終わる各エピソードに、すっきりしないものが残るのもまた事実でしょう。

 しかし本作においては――そして、幻想作家としての作者の作品においては、この形が最もしっくりくると、そう私は感じるところであります。
 人の生きる原動力たる夢と、それが極まった先の死……そこにある悲喜劇は、やはり静かに描かれていくべきものでしょう。


 ちなみに本作の夢介は、掌を目に当てることで相手の夢を見る夢見師ですが、作者が本作の前に発表した『運命師降魔伝』の主人公・幻六は、掌で頭を包み込むことで相手の過去・未来を見る運命師。

 こちらは江戸時代を舞台とした幻想譚、あちらは室町時代を舞台とした伝奇活劇と大きな違いはあるものの、もしかすると……などと考えてしまうのは、マニアの悪い癖ではありますが。


『あやか師夢介 元禄夜話』(小沢章友 白泉社招き猫文庫) Amazon
あやか師夢介 元禄夜話 (招き猫文庫)


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2015.04.13

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 桜が咲いたと思ったらあっという間に散り、めまぐるしく季節が変わるうちにはや初夏の候――5月です。ゴールデンウイークは楽しみな時期ではありますが、しかしこちらにとっては新刊が出ないつまらない時期。そんな中で何が来るか、5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 と、最初の一週間がほとんど休みにも関わらず、なかなかに新刊の点数が多く、ホッと一安心の5月。特に文庫小説の方はなかなかの豊作です。

 まず期待は、若さま同心シリーズも完結した双葉文庫からの風野真智雄の新作『わるじい秘剣帖 1 ねんねしな』。タイトルだけでは全く内容の想像はつきませんが、いずれにせよ凡手を嫌う作者だけに期待できそうです。
 また、大正本格ミステリというジャンルをほとんど一手に引き受ける伽古屋圭市の『なないろ金平糖 いろりの事件帖』もまた大正ミステリで、こちらも大いに気になります。

 さて、最近注目のレーベルといえば、ライトノベルや児童文学など幅広い作家を集める白泉社招き猫文庫ですが、五月に登場するのは朝日時代小説大賞受賞者の平茂寛『ねぼけ医者 月を斬る』。こうくるか、と意外かつ期待度大の登板です。

 また同じ招き猫文庫では、平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』仲野ワタリ『ざしきわらわら 猫手長屋事件簿』とそれぞれシリーズ第2弾の登場で、こちらも楽しみなところであります。

 まだまだ楽しみな作品が続きます。4月刊行予定が一月延びたシリーズ最終巻の上田秀人『お髷番承り候 10 君臣の想』、今回も気を持たされそうなあさのあつこ『燦 6 花の刃』、待ちに待ったシリーズ最新作、長谷川卓『嶽神伝 孤猿』、そしてあの怪作のまさかの続編、町井登志夫『倭国本土決戦 諸葛孔明対卑弥呼』と、大変なラインナップであります。

 また復刊としては山田正紀の『弥勒戦争』が新装版で登場。言うまでもなく昭和伝奇SFの名品ですが、先日の『宝石泥棒』同様、こちらの装丁の方も気になるところです。


 また、漫画の方もなかなかのもの。人気急上昇中の野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻、原作ファンも納得の漫画化の森川侑『一鬼夜行』第2巻、そして外伝と前伝が同時刊行の唐々煙『曇天に笑う 外伝』中巻&『煉獄に笑う』第3巻……
 また、早いものでもう12号の『お江戸ねこぱんち』と、その看板漫画の一つ、ねこしみず美濃『猫暦』第2巻も五月発売であります。

 その他、新装版もいよいよ完結のせがわまさき『鬼斬り十蔵』第4巻、そして意表をついた最終回冒頭も記憶に新しい和月伸宏『エンバーミング』第10巻も、無事完結であります。


 最後に一点、翻訳ものではガイ・アダムズ『シャーロック・ホームズ 恐怖!獣人モロー軍団 (仮)』が登場。題材もわかりやすく素晴らしいサブタイトルですが、前作に当たる『神の息吹殺人事件』が、ブラックウッドに謝れと言いたくなるような内容だっただけに、色々な意味で油断できません。



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2015.04.12

幸田廣信&太田ぐいや『蒼眼赤髪 ローマから来た戦国武将』第3巻 そして彼の戦う理由は

 戦国時代、ローマから日本に渡り、蒲生氏郷に仕えたという実在のイタリア人戦国武将・山科羅久呂左衛門勝成ことジョバンニ=ロルテスを描く『蒼眼赤髪』の第3巻、最終巻であります。信長の下で氏郷とともに戦うこととなったジョバンニの見たものは……

 イエズス会宣教師オルガンティーノの護衛として海を渡り、旧知の間柄である氏郷のもとに身を寄せることとなったジョバンニ。しかし蒲生家は信長の力の前に屈し、ジョバンニも成り行きから信長に仕えることとなります。
 力で人を従わせる信長を「外道」と呼びつつも、彼がこの国を変える「革命家」と信じて戦うこととしたジョバンニですが、しかし信長の革命の道はまだまだ険しく……

 ということでこの第3巻の中心となるのは、朝倉義景・浅井長政をはじめとする信長包囲網との戦い。天下布武を目指して突き進む信長に対抗するため、越前・近江・摂津・阿波と、文字通り彼の領土を包囲する形で諸勢力が結んだこの包囲網との戦いは、おそらくは信長にとって最も厳しい時期であったのではありますまいか。

 本作ではその仕掛人が実は秀吉だった! というとんでもない――とはいえ、本作の秀吉像からすれば十分あり得る――趣向なのですが、その最前線に立たされた氏郷とジョバンニは、誰が仕掛人だろうと戦うほかありません。
 しかし、正否は別として信長の圧倒的な力を信じて従ったジョバンニにとって、その信長が危機に立たされるという状態は、彼自身の信念の危機でもあります。

 かくて本作における信長包囲網は、ジョバンニの信念を――彼が何のためにこの国で戦うのか、その意味を問いかけるものとして描かれることとなります。
 折しもヨーロッパ諸国が本格的に日本侵攻を狙うという情報がもたらされ、そして秀吉もまた氏郷とジョバンニの力を求める中、ジョバンニが選んだ道とは……


 40年という戦国時代でも決して長いとは言えない生涯とはいえ、まだこの後20年以上生きることとなる氏郷と、彼に仕えたジョバンニにとって、この第3巻の時点は文字通りまだ道半ば。

 その意味では本作は中途で終わったと言えるのですが、終盤かなり駆け足となりつつも、ジョバンニの信念を再び問いかけ直すという形で、この物語の中核となる、彼が日本にいる意味を浮き彫りにした上で、この先の彼らの生に向けて、開けた終わり方を見せたと言えるでしょう。

 正直なところ、この巻で初登場となる眼鏡(ゴーグル)っ子の家康等、戦国武将に対する今風のキャラクター付けが上手くいっていたとは言い難い印象は最後まで残ります。本作に限らず、戦国ものなどで過剰なキャラ立てが、個性的な物語を逆に食ってしまうケースはまま見られるわけですが……

 しかし本作はジョバンニがその中に埋没する(というより周囲のキャラを濃くしなければ本当に全部持っていきかねないキャラなのですが)、その存在感をもう一度見せた上で完結を迎えたのは、まずは美しい結末であったとも感じるのです。


『蒼眼赤髪 ローマから来た戦国武将』第3巻(幸田廣信&太田ぐいや 双葉社アクションコミックス) Amazon
蒼眼赤髪 ~ローマから来た戦国武将~(3) (アクションコミックス(月刊アクション))


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2015.04.11

芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 零 狐嫁の列』 怪異と共に歩む青春記

 その怪異描写の巧みさ・独創性と、それでいて時代小説として地に足の着いた描写で、一気に人気シリーズとなった『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズの第零巻、すなわちエピソードゼロであります。かつてはさる藩の藩士だった半四郎の過去に何があったのかが、ついに描かれることになります。

 数奇な運命の導きから、愛刀・鬼出刃丸を手に、江戸で様々な怪異と対決する半四郎。その彼の過去は、これまで作中で簡単に触れられてきたのみでありました。
 さる小藩の藩士の身分でありながら、ある事件が元で最愛の人を喪い、そして彼女を死に追いやった因縁の相手を御前試合で不具とし、仇を討たれることを望んで脱藩、江戸に出た……

 シリーズ第1巻『鬼溜まりの闇』は、その後から始まるわけですが、あらましはわかったものの、詳しくは何があったのかは語られぬまま。それはいずれ、作中で何かの折りに触れられるかと思っていたのですが……
 意外、と言うべきでしょう。ここで「零」という形で、プリクウェルが描かれることとなるとは。

 幼い日に、事故でさる藩の下級の山役人であった父を喪った榊半四郎、いや神之木四郎。父の上役に引き取られた彼は、以来成人するまで、その家で家族同様に育つこととなります。
 本作で描かれるのは、彼の成長の過程。彼の幼き日から、「その日」に至るまでの十数年間が、むしろ青春小説的タッチで描かれていきます。

 もちろん、本シリーズらしい怪異の描写は随所に登場します。
 山人・オオヒトから上役の娘・志津を救い、不思議な古道具屋で奇妙な刀・鬼出刃丸を手に入れる。父の役を継いで深山に入り、巨大な熊・山奥神と対峙する――江戸に出るであっても、やはり彼は怪異とは縁浅からぬもの、とは言えるかもしれませんが……

 しかし、本作においては、怪異はむしろ彼を取り巻く世界の一部という印象。江戸という「都会」ではなく、山という異界と接した地で育った彼にとって、怪異は隣人であり――彼の育つ世界の豊かさ、奥深さの象徴とすら感じられるのであります。

 そんな本作は、むしろ淡々とした、という表現が相応しいタッチで描かれていくのですが、しかしこれが抜群に面白い。
 本作は四郎という寡黙なしかし多感な少年が、この世界の、この社会の諸相と出会い、人間として成長し、そこで喜怒哀楽を――なかんずく「哀」を――味わう姿が、瑞々しく描かれているのです。

 先に述べたとおり、半四郎の過去を、回想という形で、作中で描くことも可能だったでしょう。それを敢えてこうして半ば独立した作品として描いてみせたのは、四郎の成長を、そして彼が様々なものを喪い、半四郎と名乗るまでを、いわば我々に追体験させることで、より強い印象を与えるためであったのではありますまいか。


 これまでのシリーズの紹介の中で述べてきたように、時代怪異譚としての部分と、「文庫書き下ろし時代小説」としての部分――簡単にいえば、市井と密着して展開する時代エンターテイメントとしての部分――が、まったく違和感なく整合し、両立している本シリーズ。
 それは、時代ものとしての、特にその世界で生きる人々の丹念な描写に依るところが大であるわけですが――今回は物語の中心、主人公たる半四郎を夾雑物を加えずに丹念に描くことで、物語の枠組みを一層明確に描き出してみせようとしたのではありますまいか。

 そしてもちろん、それは大成功したと言うべきでしょう。

 この物語を読み終えた後であれば、半四郎がどれだけの想いを背負って生きてきたか(そして何故第1巻の冒頭で絶望に沈んだのか)が痛いほど理解できるのであり――
 何よりも、それでもなお立ち上がり、人を苦しめる怪異に挑まんとする半四郎を、これまで以上に見守り、声援を送りたいと思わされるのですから。


『素浪人半四郎百鬼夜行 零 狐嫁の列』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
狐嫁の列 素浪人半四郎百鬼夜行(零) (講談社文庫)


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 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 四 怨鬼の執』 人の想いが生む怪異に挑む剣
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2015.04.10

『シジュウ主従』 Webコミック発、おかしな主従の冒険譚

 最近はWebコミックも全く珍しくありませんが、先日スタートした小学館のWebコミック『艶男HISTORICA』は、そのタイトルから何となく想像がつくように、「女性向けイケメン時代劇」というコンセプト。その第1弾ラインナップの中で、特に気になったのが、浅岡しゅくによる本作です。

 浅岡しゅくといえば、まず思い浮かぶのが豊臣家の人質時代の真田幸村を主人公とした『御指名武将真田幸村 かぎろひ』。いかにも今風の絵柄、キャラクターデザインの中に、何となく黒いものを感じさせる作風が印象的な作品でありました。
 そんな作者によるこの短編は、やはり戦国時代末期を舞台とした戦国武将ものですが、やはり実在の人物をユニークにアレンジしたキャラクター設定が印象に残る作品です。

 本作の主人公となるのは、若君とそれに仕える老従者という、年の差――それもタイトルどおり、ほぼ四十年の差が――がある主従。
 若君の方は普段から血糖値が低くダウナーな印象の青年、そして老従者の方は、そんな主に献身的に仕えるように見えて、実は鍛えると称してヒドい目に遭わせることばかり考えているとんでもない爺さんであります。

 物語は、故あって二人旅の先を急ぐ主従が、途中出会った土地の娘ともども山賊に捕らえられて……という展開。
 作者の作品では何故かお馴染みの、登場人物がやたらと縄で縛られるという場面がある(ちなみに作者は、以前読み切りで戦国武将拷問漫画を執筆)のですが、そこから若君が……というのは、お約束とはいえ本作のキモでしょう。

 面白いのは、ここに至るまでに若君が異常におにぎりに拘っていることで、これが終盤まで伏せられている彼の正体に繋がってくる点。
 もっとも、従者の方は早々に名前が出ますし、若君の父の名もチラリと示されるため、気づく人は気づくのだとは思いますが、ああ、あの父子は二人揃っておにぎり食べていたなあ……と、ニヤリとさせられるのであります。

 短編ゆえにあっさり気味の味付けではありますが、それをある意味逆手に取ったような展開は、なかなかに好ましいものであります。
 何よりも、クライマックスに至ってもヒドいことしか言わない従者のすっとぼけた(?)キャラクターが面白く、この一作で終わるのはもったいない組み合わせ。

 この若君、奥方の方も有名人だけに、次はぜひこちらも……などと期待したくなるのであります。


 なお、この『艶男HISTORICA』の第1弾ラインナップは、本作のほか、さくらばつかさの新選組もの『蒼月の輪』、浅田めぐ美の吉原もの『吉原由縁桜』と全3作品。
 前者は山南敬助を主人公に、彼とは犬猿の仲に描かれることも少なくない土方との間に存在した確かな絆を描き、後者は駕籠の中の鳥である若い遊女の束の間の真実の恋を描いた作品ですが、どちらも完全に1作でクローズした内容ということもあり、個人的にはやや……というのが正直なところではあります。

 公開されているサイトのシステムが今一つ安定していない印象もあり(サイトからだけでなく、今後はKindle等でも読めるようになる模様ですが)まだまだこれからという印象はあります。
 しかしその目指すところなどなかなかに貴重なレーベルだけに、本作のみならず、レーベル自体の今後の展開が気になるところです。


『シジュウ主従』(浅岡しゅく 小学館mobaman-F『艶男HISTORICA』掲載) Amazon
シジュウ主従 (mobaman-F)


関連サイト
 『艶男HISTORICA』

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2015.04.09

『ガーゴイル』第3巻 ついに明かされる二つの秘密!

 異能の新選組が聖域・京を駆ける伝奇アクション『ガーゴイル』の第3巻が発売されました。常人を遙かに超える力を持つ異能力者集団たる新選組と同じく異能を操る八瀬童子との対決は続きますが――この巻において、いよいよ彼らの正体が、戦いの意味が語られることとなるのであります。

 如何なる理由によるものか、執拗に新選組を狙い、滅ぼさんと企む八瀬童子。第2巻ではその八瀬童子八大金剛が一人・逢是と土方歳三の死闘がほとんど一冊かけて描かれましたが、この第3巻の前半で描かれるのは、沖田総司と八大金剛・清浄比丘尼の対決であります。

 勝利はしたものの大きなダメージを受けた土方に代わり、八瀬童子との戦いに臨む総司。時を操る力を持ち、三段突きならぬ三×三が九段突きを操る彼に、敵う者などいるはずもないと思いきや――

 彼の前に立ち塞がった(後ろから覆い被さった?)清浄比丘尼の能力は「砂」。自らの身体を自在に砂に変える相手に刀は無力、さしもの総司も大苦戦を強いられることとなります。


 そしてこの戦いももちろん盛り上がるものの、この巻のクライマックスはむしろ後半部分。

 強力な精神干渉能力を持つ山南らの前に現れた奇妙な八瀬童子が残した言葉――土方に向けられたその言葉が、新選組の結束に思わぬ亀裂をもたらします。
 さらに、山南の疑念は、池田屋事件以降、彼の能力をしてもその心中を読めなくなった近藤しても向けられるのですが……

 ここで新選組幹部連に対して近藤がついに語るのは、新選組、八瀬童子を含む八つの勢力――八方門家の存在!

 乾・坤・坎・離・火・艮・兌・巽・震と、それぞれ八卦に当たる八方門家のうち、新選組は巽、八瀬童子は艮……その八卦がそれぞれを象徴するというのは、やはり何とも心躍る設定であります。

 この『ガーゴイル』のプロトタイプとも言うべき『サンクチュアリ』にも同様の概念が登場していただけに、本作でもいずれは登場するであろうと思っていましたが、このタイミングで、この形で語られるとは……いやはや、大いに盛り上がります。
(ちなみにこの場面、これまで登場した者も含めて、新選組幹部が結集、いずれも一癖もふた癖もある面構えで、これまた盛り上がるのです)

 しかし、明かされる秘密はこれだけに留まりません。いや、たとえ幹部たちに対しても語られぬ、ただ土方と総司のみが知る秘密が、ここで我々読者に対して明かされることとなります。

 それは、「近藤勇」の正体――彼の身に何が起こったのか、そして何故二人のみがそれを知るのか……

 ある意味、先に語られたもの以上に巨大な秘密、まだまだその全貌を現していないこの秘密は、ある意味本作最大の仕掛け。
 それが物語の中で如何なる意味を持つのか、そして何時明かされることとなるのか、それはまだまだ謎ですが、やはりこちらの意表を突く形で、明かされるに違いありません。


 いよいよ新選組の戦う真の理由が、そしてこの先登場するであろう「敵」たちの姿が描かれた本作。
 八方門家の顔ぶれからすれば、物語のクライマックスはやはりあの戦いであり、そうするとアレはやはりあの場所なのか……などと想像するのもまた楽しいのであります。


『ガーゴイル』第3巻(近藤るるる&冲方丁 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
ガーゴイル 3巻 (ヤングキングコミックス)


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2015.04.08

『妾屋昼兵衛女帳面 8 閨之陰謀』 妾屋稼業これにて仕舞い!? 帳面を狙う黒幕は

 妾を周旋する「妾屋」を営む山城屋昼兵衛と仲間たちが、女を食い物にせんとする者たちに敢然と挑む『妾屋昼兵衛女帳面』シリーズも、残念ながらこの第8巻『閨之陰謀』にて完結であります。しかしラストだけに、彼らが対峙するのは、ある意味最大のスケールを持つ相手。勝てるか昼兵衛!?

 吉原を牛耳る西田屋との抗争の中で、店を焼かれるなど苦戦を強いられたもののついに勝利し、吉原を味方につけた昼兵衛。しかし店を再建しようとした昼兵衛は、地主から妾屋の帳面(顧客名簿)を売り渡せと迫られるのでありました。
 もちろん、信用第一の妾屋にとってこの帳面は命とも言えるもの。顧客の弱みともなる情報が記された帳面を売り渡すわけがありません。

 しかし地主の背後の敵はなおも執拗に昼兵衛に迫り、彼のもとには刺客が送り込まれるまでに。悪いことに昼兵衛にとっては飛車角の一人とも言うべき大月新左衛門は前作の戦いで傷を負って療養中、戦力が低下した中、それでも昼兵衛は徹底抗戦を決意します。

 そんな中、昼兵衛に迫るのは、彼らに復讐を誓う西田屋の残党。さらに悪いことに、吉原に隠れた新左衛門と八重に対し、過去からの因縁とも言うべき敵までもが……


 と、チーム山城屋が幾つもの敵を向こうに回して死闘を展開することとなる本作。物語の中心となるのが、シリーズのタイトルにある「帳面」というのがまず面白いのですが、あまり大きな事件に見えなかったものから、あれよあれよと状況が変化していき、チームの存亡にまで関わる事態になるのは、いかにも裏稼業ものの最終回らしい味わいがあります。

 そんな中、新左衛門と八重がセミリタイア状態というのは痛いところですが、そんな時だからこそ結束が固まるのが山城屋に集う男たちの魅力。
 もう一人の用心棒たる山形将左、瓦版屋の海老に飛脚の和津と、これまで以上のフル回転で活躍するのも、ファンには嬉しいところであります。


 その一方で、シリーズラストということもあってか、物語全体を通してどこか「エピローグ」的な本作。新しい敵も登場するものの、前作までの吉原編の後始末的雰囲気も強く、昼兵衛に次ぐ主役格であった新左衛門が後ろに引いているだけに、小じんまりとした印象は否めません。

 しかし、冒頭に述べたとおり、終盤に明かされる敵の正体はシリーズ最大。もちろん、降りかかる火の粉を払うことに躊躇いはない昼兵衛ではありますが、さすがにこれは……
 そして結末に至り昼兵衛が選んだ道とは――一歩間違えれば彼にとっては己のこれまでの生き様を否定することになりかねぬ選択ではありますが、しかし同時に、決して昼兵衛が、仲間たちがそこで終わるような連中ではないことを、我々は知っています。

 あとがきによれば、いずれ昼兵衛たちは、より大きく舞台を変えて新たな物語で帰ってくる予定とのこと。確かに、ラストから考えれば、彼らの戦いはこれまで以上にスケールが大きく、そしてあらゆる意味で困難なものになることでしょう。

 女を売り、女を守る昼兵衛たちが、新たな舞台で活躍する姿を期待しつつ、まずは一つの物語の終わりに拍手することとしましょう。


『妾屋昼兵衛女帳面 8 閨之陰謀』(上田秀人 幻冬舎時代小説文庫) Amazon
妾屋昼兵衛女帳面八 閨之陰謀 (幻冬舎時代小説文庫)


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2015.04.07

『ケダマメ』第2巻 今明かされるあの男の真実!

 西暦1246年の鎌倉に現れた奇怪な男・虚仮丸が、傀儡の少女・まゆを守るため奇想天外な戦いを繰り広げる『ケダマメ』の第2巻であります。虚仮丸とまゆ、彼らを襲う敵たちにまつわる数々の謎の、そのあまりに意外な答えの全てが、ここで明かされることとなります。

 混沌とした鎌倉を訪れた傀儡一座で下働きを務める隻腕の青年・虚仮丸。自分自身のことを問われても常に虚仮ではぐらかす彼には、恐るべき能力がありました。
 それは、彼のないはずの左腕をはじめ、身体の一部を――例えば腕を蟹の爪に、蛸の触腕へと――他の動物の一部に変えて操る能力。己の身体を、人間と他の動物の混合に変化させる能力であります。

 そしてその奇怪な能力を使う彼の目的は、同じ一座の踊り手・まゆを守ること。
 いかなる理由によるものか、普段の脳天気な言動にも似ぬ真摯さでまゆを守らんとする虚仮丸ですが、守る者があれば襲う者がいます。

 「明日の国」から来たという教祖を戴き、鎌倉に隠然たる力を持つ宗教教団・髑髏道に狙われたまゆを救うべく、ついに虚仮丸は己の秘めた力を全開にするのですが、その代償に苦しむこととなります。
 その身体を癒すために彼が取った手段とは……


 虚仮丸はどこから来たのか、何故まゆを守るのか。何故まゆは狙われるのか。そして何よりもその奇怪な身体の正体は何か……
 何から何まで謎だらけであった本作。しかし、驚くべきことに、と言うべきでしょう、この巻の前半で、その答えの大半が明かされることとなります。

 それは――
 いや、こればかりはここで明かすわけにはいきますまい。

 時折現代の言葉を使う虚仮丸、「明日の国」なるワードから、おそらくは……というところまでは第1巻の時点で想像がつきましたが、しかしそれは本当に謎と秘密のごく一部に過ぎません。
 明かされてみればある意味シンプルにも感じられる真実ですが、しかしその一つ一つが物語を構成する要素と密接に結びつき、分かちがたく成立していることには感嘆すべきでありましょう。

 青年誌に掲載される漫画の中には、時に(そのメディアとしての要請から)全く異なるジャンルとしての装いを取りつつも、その背後で芳醇なSF的アイディアを用意し、そのギャップによってかえって強烈に、プロパー作品にも負けず劣らずのSFマインドを感じさせる作品がままあります。
 作者の代表作『オメガトライブ』もそうした作品の一つでありましたが、本作もまた、この系譜に属するものでありましょう。


 もちろん、今回感じた衝撃は、今回のみのもの。虚仮丸が、この物語が持つ秘密の大半が明かされたかのように見える今、物語の先行きが心配にならなくもないのですが――
 しかしここで手の内を明かしたということは、それでもやっていける、これに留まらぬものがまだあると……まだまだ伏せられた切り札があると想像してもよいように思います。

 何よりも虚仮丸がどれほど重いものを、想いを抱いて戦ってきたのか、そしてどれほど深い孤独を背負って生きてきたのか――それを知ってしまった今、こちらとしても彼を応援しない、あるいは見守らないわけにはいきません。

 未知の男の未知の物語をまだまだこれからも楽しみたい……それが偽らざる気持ちであります。


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2015.04.06

『でんでら国』(その二) 奇想と反骨と希望の物語

 老人たちの理想郷に依る老人たちと、彼らからその地を奪おうとする侍たちとの丁々発止の攻防戦を描く『でんでら国』の紹介の後編であります。作者一流の奇想と反骨精神を以て描かれる本作は、しかし決して単純明快な勧善懲悪の物語に留まるものではないのです。

 そう、本作は、決してでんでら国の住人たちを、農民を一方的な弱者として描くわけでも、侍たちを一方的な悪として描くわけでもありません。

 確かに本作において大平村とでんでら国の人々は藩の侍たちの理不尽な攻撃を受ける存在であり、また、棄老を行うとして、他の村の農民たちから差別される状況にあります。
 しかしその一方で彼らが行っている棄老(厳密には異なるわけですが)も隠田も法度破りであることは間違いありません。たとえそれが侍側の定めた一方的な理屈であるとしても、それを守っている人々もいる以上、でんでら国の主張もまた、彼らの一方的な理屈とも言えるのであります。

 そんな、簡単には割り切れぬ本作の構造を象徴するのは、侍側の主人公とも言うべき別段廻役(犯罪捜査に当たる役人)の舟越平太郎の存在であります。
 代官の命を受け、大平村の、でんでら国の秘密を探る平太郎は、いわば侍側の急先鋒であり、そのロジックの代弁者とも言うべき存在。普通であれば、そんな彼は憎々しい悪役として描かれてもおかしくはないのですが……

 しかし、本作は決してそのような描写をするものではありません。実は隠居した彼の父は耄碌してしまい、平太郎のことを認識できなくなっている状態。
 若い知人として自分の父に接し、父が自分のことを他人に語るように話すのを聞く――そんな老いの悲しみを、彼は骨身に染みて知っているのであります。

 さらに探索の途中に思わぬ形ででんでら国の人々に接することとなった平太郎は、侍としての自分と、身内に老人を抱える人間としての自分の間で葛藤を抱えることになるのですが……それは、この作品を読む我々自身もまた感じる葛藤なのです。

 そんな彼の、我々の葛藤が鮮やかに昇華される本作の結末は、あるいはあまりにも美しすぎると感じる方もいるかもしれません。

 しかし、そこにあるのは、人間らしく生きることすらままならぬ世界においても、なお理想を持ち、それに向けて苦闘を続けた者に与えられる、一つの希望の姿でありましょう。
 そしてそれが決して甘いだけのものではないことは、本作の結末において、老人側・農民側の主人公とも言うべき善兵衛が、平太郎にかける言葉からも明らかなのであります。


 奇想に満ちた時代小説というファンタジーという枠組みの中で、自由な生き方を妨げるものへの反骨精神と、それでも決して屈することなく生き続ける者の希望を描く――
 そんな作品を描き続けてきた作者の、これは一つの到達点とも言うべき作品であると、私は強く感じるのであります。


『でんでら国』(平谷美樹 小学館) Amazon
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2015.04.05

『でんでら国』(その一) 痛快なる老人vs侍の攻防戦

 陸奥の小藩・外館藩の大平村では、60才になった老人は村を離れ、御山参りするという、周囲からは棄老と見られる風習があった。ある事情から、その背後に大規模な隠田があることを疑った藩により始まる探索。果たして老人たちは、山中の「でんでら国」で豊かな暮らしを送っていたのだが……

 「デンデラ野」と言えば、『遠野物語』に登場する、姥捨ての風習があったと言われる地。その名に由来するタイトルを持つ本作は、これまで多くの作品で東北を舞台とし、そしてほとんど全ての作品で独創的な物語を描いてきた平谷美樹ならではの、何とも痛快かつ内容豊かな物語であります。

 棄老の風習があると周囲の村からは忌まわれつつも、飢饉の際でもきちんと年貢を収める内証の豊かさを持つ大平村。
 その豊かさを支えるのは、実は「棄てられた」老人たち――60才になって村を離れ、山中に密かに作られた隠れ里・でんでら国で暮らす老人たちでありました。

 幕末に至るまで何代にもわたる老人たちが暮らし、そしてその秘密が守られてきたでんでら国。しかし財政難に悩み、藩内の収入の洗い直しを行っていた藩の役人は、大平村が、たとえ棄老を行っていたとしても説明の付かない豊かさを持つことに気づきます。

 かくて代官所から送り込まれた役人たちと、でんでら国の老人たちの丁々発止の知恵比べが勃発。老人たちはでんでら国を守り抜くことができるのか、そしてでんでら国の秘密とは何か。どんどんエスカレートしていく事態は、思わぬクライマックスを迎えることとなります。


 ……江戸時代の農村を舞台とする作品は数多くありますし、農民たちの武士への抵抗を描く作品もまた枚挙に暇がありません。しかしそんな中でも、本作ほど奇想天外にして痛快な作品はありますまい。

 確かにでんでら国は棄老の地。しかしそこを訪れた老人たちは、確固とした、しかし自由なコミュニティを作り上げ、その中で老い(惚けや病気・怪我も含めて)に自分たち自身で対応していくシステムを構築しているのであります。

 そんな彼らであるからして、藩の側の追求に対しても、決して無力な存在ではありません。山の住人として同盟関係にある修験者たちや野狗手(狼使い)とともに、時にコミカルな、時にシリアスな様々の仕掛け、罠を用いて、あの手この手で侍たちをこてんこてんに叩きのめしてみせるのであります。

 そしてそこにあるのは、作者の時代小説のほぼ全てに通底する一種の反骨精神――人が人らしく生きようとすることを妨げる時代の、社会の仕組み、それに乗って他者を虐げる者たちへの激しい怒りであることは、言うまでもありません。
 もっともらしい理屈を振りかざしつつも、より弱き立場にある者から収奪することしか知らない連中を、その弱き者たちが笑い飛ばし、やりこめてみせる……これを痛快と言わずして、何と言いましょうか。

 しかし――
 以下、少々長くなりますので、次回に続きます。


『でんでら国』(平谷美樹 小学館) Amazon
でんでら国

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2015.04.04

『着物憑きお紺覚書』 古着を売り、幸せを売る彼女の商人道

 白泉社招き猫文庫で昨年刊行されたユニークなアンソロジー『てのひら猫語り』。そこに短編が掲載された『着物憑きお紺覚書』が、一本立ちして帰ってきました。日本橋の古着屋の跡取り娘にして、不思議な能力を持つお紺が、着物に込められた想いが招く事件に挑みます。

 一種のリサイクル社会であった江戸において、人の古着を売り買いする古着屋が相当数存在していたことについては、時代ものファンにはお馴染みでしょう。本作に登場する江戸日本橋の多可良屋もその一軒でありますが――しかし、他の店にはない特色が一つあります。
 それは、この店が、「いわくつき」の着物を扱うこと。もちろんそれだけを扱っているわけではありませんが、他の店では嫌がるような、そして客も手元に置くのを嫌がるような、様々な因縁を持つ着物を、この店では買い取るのです。

 さて、第1話に登場する福次郎少年とその母は、そんなことは知らずにこの店を訪れることになります。
 行商をしていた二人の前に現れ、自分の着た立派な着物と、みすぼらしい福次郎の母の着物を取り替えてくれとせがむ女。根負けして取り替えした着物を売るために多可良屋に足を踏み入れた福次郎に対し、お紺は着物に込められた想いの存在を感じ取り、意外な行動に出ることになります。

 実はお紺は、着物憑き――着物に籠もった想い、記憶を自分に取り憑かせ、それを追体験する能力の持ち主。お紺は一糸まとわぬ身体の上にその着物をまとうことで、その能力を発揮するのでありました。
 着物憑きの力で、女の想いを知ったお紺は、福次郎とともに、その想いを叶えさせようとするのですが……

 本作は、そんな第1話の物語が縁でお紺の店に奉公することとなった福次郎改め福松が、自分が奉公するうちに見聞した事件の数々を記した『覚書』。
 亡くなった猫好きの女が遺した着物が数々の奇瑞を起こすという謎にまつわる第2話も(そして冒頭に挙げた『てのひら猫語り』収録の作品も)、同様のスタイルで描かれることとなります。


 商家を舞台とする作品の中には、その店で扱う物に込められた人の想いと、それを感じとる能力を持つ者を題材とするものは少なくありません。
 もちろん本作もその一つでありますが、扱う物が物だけに、「着る」ことでそれを知るというのは、なかなかに面白い趣向でありましょう。

 人がその身を包む着物。基本的に人は生まれてから死ぬまで、その生のほとんどで着物に包まれて暮らすことを思えば、その着物に人の想いや記憶も包まれることは、理屈抜きで納得できるように感じられるのです。

 しかし本作の特色は、お紺がその想いを知ることだけで終わらせずに、その後もその想いを――関わった人が幸せになる方向に――成就させようと積極的に行動する点にあります。

 それは一歩間違えればお節介、善意の押し売りともなりかねないのですが……しかしそれこそが彼女が着物憑きの力を持つ理由。
 自分たちの扱った着物に関わった人々を少しでも幸せにしたい、そのための手助けがしたい――それこそが彼女の行動原理であり、商人道なのであります。


 着物憑きという本作独自の特殊な設定や、お紺ではなく福松視点で語られること、そして何よりも着物に込められた一種ミステリめいた真相から、語り口が重い印象はあります。
 その点は残念ではありますが、突き詰めれば人に幸せを売ろうとするお紺たちの姿は、やはり何とも気持ちよく映ります。

 基本的な設定の紹介がされた今後に、この物語で描かれるものに期待しましょう。


『着物憑きお紺覚書』(時海結以 白泉社招き猫文庫) Amazon
着物憑きお紺覚書 (招き猫文庫)


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2015.04.03

『凍鉄の花』 二人の総司、二つの顔を持つ侍たち

 鳥羽伏見以降の新選組を描く『北走新選組』で新選組ファンに知られる菅野文の、もう一つの新選組ものは、数ある新選組ものの中でも一際ユニークな作品でありましょう。何しろ、沖田総司が二重人格の持ち主であり、そしてもう一人の総司は、土方歳三を憎み抜き、その命を狙っているのですから。

 幼い頃に父を亡くし、半ば口減らしのために近藤の道場に預けられた総司。そこで兄とも慕う土方をはじめ、原田、藤堂、永倉といった仲間たちと出会った彼は、やがて浪士組、新選組として活躍することに……
 という点は他の新選組ものと変わりませんが、ここで総司の運命を大きく変えることとなったのは、病で亡くなったと聞かされていた父が、実は町でのいざこざで斬り殺され、そしてその相手が土方であったと知ってしまったこと。

 その時から生まれたもう一つの人格は、総司が新選組として血刀を振るう中で目覚め、成長し、やがて彼の身体の主導権を奪うまでに。そしてもう一人の総司が、土方への復讐の刃を振り上げたのは、土方の夢が叶おうとする瞬間――そう、新選組がその勇名を挙げることとなったあの事件の最中で……

 全4話から構成される本作の、これが第1話。
 以降、土方たちの上京前、(総司の父を斬ったことにより)刀を持てなくなった土方と彼の許嫁のl交流を描く第2話、もう一人の総司の存在を知った芹沢鴨と総司・土方の三人の想いが交錯する第3話、そして病に倒れた総司が、ついに父の死の真相を知ることとなる第4話と、物語は時系列を錯綜させながら展開していくこととなります。
(ちなみに第2話に登場する土方の許嫁の名が「お琴」なのにはニヤリ)

 新選組ものといえば、ある意味キャラクターものとしての側面も強いジャンル。近藤であれば豪快、土方であれば冷徹、原田であれば無鉄砲、新選組の有名隊士のキャラクターイメージは、作品は異なっても、それぞれある程度固まっているように感じられます。

 沖田ももちろんイメージが固まっていることは間違いありませんが――彼の場合、無邪気で子供好きの好青年というイメージの裏でもう一つ、無邪気に人を斬るどこか欠落した青年というイメージがあるように感じられます。
 本作で描かれる総司の二つの人格は、いわばその両者を一つの作品に登場させてみせたものと言えるかもしれません。

 しかし、二つの顔を持つのは、実は総司だけではありません。
 新選組のために鬼になると誓い、その通り振る舞いながらも、一度は刀を捨てようと思い詰めた土方。これもイメージどおり粗暴な言動を続け、それがために討たれながらも、ある真意を秘めていた芹沢。

 総司が尊敬していた父の存在も含め、本作のメインとなる登場人物たちは、いずれも二つの――多くの場合正と負の――顔を持ち、それ故に苦しみ、もがき……しかしその中で己の生を全うせんとするのであります。


 正直に申し上げれば、そんな本作の中核を成す総司の父の死の真相が容易に想像できてしまうという弱点はあります。

 しかしそれでもなお、お馴染みのキャラクターを描きつつ、ある意味それを逆手に取ったドラマを展開してみせた本作は、その手法のユニークさだけでなく、それで浮き彫りにしたものの内容を以て、印象に残る新選組ものであると……そう感じるところであります。


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2015.04.02

『死んでたまるか』 負け続けた男が知る「生」の意義

 伊東潤は、歴史上の敗者の方により脚光を当てる作家という印象が強くあります。が、そんな作者の作品の中でも、ここまで負け続けた人物が主人公のものは珍しいのではありますまいか。幕末の動乱の中、北関東から東北、箱館五稜郭までしぶとく戦い抜いた大鳥圭介を描く『死んでたまるか』であります。

 大政奉還となり、幕臣のほとんどが、いや将軍が戦いを放棄した中、一人気を吐く大鳥。
 播磨の医師の子に生まれながらもフランス式軍学を学び、幕府陸軍を育成し、歩兵奉行とまで登り詰めた彼にとって、戦わずして諦めることなど認められるものではなく、自らが鍛え上げた伝習隊を率いて江戸を脱走することとなります。

 こうして北関東を皮切りに、土方歳三ら各地の旧幕側勢力を糾合し、各地を転戦する大鳥ですが、しかし、ここから先は負けの連続。
 緒戦こそ勝利を飾ったもののそれ以降は敗戦が続き、東北での戦いの末、会津戦争で大打撃を受け、榎本武揚の艦隊と合流、箱館共和国の陸軍奉行として五稜郭に依って戦ったものの……その結末はよく知られているとおりであります。

 確かに幕末の一連の戦いにおいて、幕府側が戦いに敗れることは動かしようのない真実ですが、それにしても全くいいところがなかったわけではありません。
 しかしそんな中で、負け続きの大鳥を敢えて主役に据えてみせたのが、本作の実に面白い点であることは、言うまでもないことでしょう。

 いささか皮肉めいてきますが、大鳥の一種の座右の銘は「(負けて)たまるか」。たとえ今は負けても明日は勝つ。明日は負けても明後日は……というのは、一歩間違えれば悪しき精神論に繋がりかねませんが、それをそうは見せないのは、ある意味本作の巧みさであります。

 幕臣の多くが戦いを投げ出し、外様はおろか譜代親藩まで新政府軍の先鋒として向かってくる中、それでも幕府の武士としての意地を見せるため戦う。
 それは見方によっては悪あがき、周囲を巻き込むだけはた迷惑なものともなりかねません。しかしその意地すら失った時、そこに残るのは、単なる打算と保身のみで動く者の姿であり、そんな連中が動かす世界がどのようなものになるか……それは考えるだにおぞましいものでありましょう。

 そんな中で、負けても負けても、ただ武士としての、人間としての意地のみを拠り所に戦う大鳥の存在は、実にまぶしく感じられるのであります。
(もちろんそれだけでなく、彼らの戦い抜くことにより、旧幕側の人間の新政府における存在感が高まる……という、一種ロジカルな説明がきちんとされているのもいい)


 しかし、本作のタイトルはそんな大鳥の胸中にあった「負けてたまるか」ではなく、「死んでたまるか」であります。そしてそこに、本作の最大の価値であり、心を動かされる点があります。

 大鳥たちと共に五稜郭で戦ったフランス軍人ブリュネ。作中で彼が大鳥で語ったフランスの格言として、「行けるところまで行き、しかるべき時に死ぬ」という言葉が存在します。
 これはまさに、大鳥をはじめとする箱館共和国の人々の胸中にある言葉であり、そして大鳥にとっては「しかるべき時に死ぬ」ことこそがゴールだったのですが――

 しかし、物語の中において、大鳥は自らの意地を貫いて死ぬよりも、なお険しく、そして大事な道があることを悟るのであります。それは生きて後世のために貢献すること……すなわち「行けるところまで行」くこと。
 本作はいわば、「死」という意義を求めてきた男が、「生」の意義を知るまでの物語であると、そういうことができるのです。
(それ故、それを悟った明治以降の大鳥の人生にあまり紙幅を費やしていなくとも、大きな問題はないと私は感じます)


 大鳥の戦いが長期かつ数多くの戦場に渡り、それ故描くべきことが多くなってしまったのか、史実の羅列的に感じられる部分があることは否めず、そこは本作の弱点とも言えましょう。
 その点はあるにしても、大鳥の生き様、それ以上に彼の辿り着いた答えを描いた本作はは、なかなか「勝ち」に至れない我々にとっては実に魅力的に映ります。

 そしてもう一点……本作の土方像は、実にシンプルに格好良い。『池田屋乱刃』での新選組像からすると、あまり良い役にならないのではないかと思っていましたが、どうしてどうして、本作の格好良い部分を一人で持っていった感があり、個人的にはこの点も嬉しかった、というのが正直なところであります。


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2015.04.01

『オニウドの里 秘闘秘録新三郎&魁』 今度は脱出劇とゲリラ戦!

 山の民たちから離れ、江戸に向かう新三郎と魁。しかし宿敵の忍び・蜘蛛一族の頭領の息子・小太郎の罠に填まり、新三郎は一族の本拠の里に囚われてしまう。何とか脱出せんとする新三郎、そして救出に向かった魁を次々と襲う忍びの罠。二人は里から脱出できるのか、そして小太郎の真の狙いとは……

 先日、最終巻第6巻『シャクシャインの秘宝』が刊行された『秘闘秘録 新三郎&魁』シリーズの丁度折り返し地点に当たる第3巻が本作であります。
 脳天気なバカ侍から心身ともに逞しく成長した苗場新三郎と、山の民最強のハンターにしてスナイパーの魁、二人の冒険は、今回も趣向を凝らした舞台で展開されることとなります。

 甲斐山中の隠れ谷での、山の民と謎の忍び・蜘蛛一族の決戦を生き延び、カムイの導きで一族の本隊から離れて江戸に向かうこととなった新三郎たち。
 執念深い蜘蛛の残党を警戒して偵察に出た新三郎と魁ですが、早速敵の狡猾な罠に新三郎が捕まり――と、今回もいきなり気になるシチュエーションから物語は一気に展開することとなります。

 新三郎が連行されたのは、本作のタイトルとなっているオニウドが茂った隠れ里――蜘蛛一族の里。そこで前作ともに戦った山師たちと再会した新三郎ですが、彼らを人質に、頭領の息子・小太郎から執拗な拷問を受けることになります。
 ただ一人外に残された魁も、もちろん新三郎を救うべく行動を開始しますが、何しろ里は忍びの本拠、幾重にも張り巡らされた罠の前にさしもの彼も危機また危機の連続……

 と、集団対集団の攻防戦(防衛戦)が繰り広げられた前作からうって変わり、今回は味方側が(山師たちを除けば)たった二人で多数の敵を相手にする本作。
 その点だけ見れば、第1作の前半、すなわちシリーズの原点に戻ったとも言えますが、舞台となるのが敵地のど真ん中、そこで数も知れない敵を相手にするというのは、これまでにない趣向であり、実に新鮮であります。
(しかも新三郎サイドは脱出劇、魁サイドはゲリラ戦と二人主人公という特色を活かした展開なのも実にうまい)

 驚くべきは物語の大半――実に8割近くがこのシチュエーションのみで展開していくことで、それだけの分量を、こちらを全く飽きさせることなくグイグイと引っ張っていく物語のパワーと作者の力量にはただ感心するばかりです。

 しかしそれでは残る2割は、となりますが、そこからの展開は、こちらの想像を絶するもの。
 これまで山の民が活動する山中が主たる舞台ということもあって、正史と関わってくることはほとんどなかった本シリーズですが、ここに来て意外な形で物語は表の世界と関わってくるのには驚かされます。

 ここまで来たら全て里の中で物語を決着させてくれた方が……などと最初は思いましたが、まさかここに繋がってくるとは。
 ここまで来たら留まることなくスケールアップして欲しい、というこちらの期待に応えるかのような引きで物語も続き、後半戦に向けて理想的な展開と言うべきでありましょう。


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オニウドの里―秘闘秘録 新三郎&魁 (新潮文庫)


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