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2015.04.19

山田正紀『天動説』 時を超えて甦る超越者との戦いの物語

 血まみれの船頭たちの死体を乗せ、品川沖に漂流してきた巨大な千石舟。これを皮切りに、江戸では死者が蘇り、奇怪な術使いたちが跳梁する怪事件が続発する。事件に巻き込まれた浪人・こうもり鉄太郎と岡っ引きの仙三は、事件の影に潜む者に迫るが、敵は想像を絶する存在だった……

 昨年、都筑道夫の伝奇時代小説を次々と復刊してくれた日下三蔵編の戎光祥出版の時代小説コレクション、次なる作家は山田正紀――ということで、その第一弾が『天動説』であります。
 ほぼ四半世紀前にノベルス上下巻で刊行されて以来、一度も復刊されてなかった幻の名作がここに復活したのは、欣快の至りです。

 本作の物語は天保年間、品川に血塗れの千石船が漂流してきた場面から幕を開けます。
 船頭たちは喉を切り裂かれて帆柱に吊り下げられるという無惨な姿を晒す一方で、乗客も積み荷もない状態で漂流してきた巨船には、実は……

 と、ここでホラーファンであれば、何かに似ていると思われることでしょう。ブラム・ストーカーの名作『吸血鬼ドラキュラ』において、ドラキュラがデーメテール号でロンドンに乗り込んできた場面に似ている……と。

 そう、(これは帯等に明記されているゆえ、ここでも書いてしまいますが)本作は『吸血鬼ドラキュラ』を――そしてその翻案である横溝正史の『髑髏検校』を下敷きとした作品であり、そして吸血鬼時代小説の名品なのであります。
 横溝正史の『髑髏検校』については以前紹介いたしましたが、上に述べたとおり『吸血鬼ドラキュラ』を巧みに江戸時代の日本を舞台に置き換えてみせた作品。それを下敷きとした本作は、いわばドラキュラの孫とも言うべき作品ですが……もちろん、天才・山田正紀が、そのまま原典をいただいてこと足れりとするはずがありません。

 まずユニークなのは、吸血鬼の脅威に立ち向かうのが、見かけはおよそ冴えない浪人の青年である点でしょう。
 町方同心の次男として生まれながら、武士の柄ではないと家を飛び出した彼は、万事優秀な兄・主馬とは違い、ものぐさで呑気にその日を暮らす青年。いわゆる昼行灯なのですが――しかし「こうもり」の渾名のように、夜になると別人のように活発になるという、ある意味、夜の眷属に立ち向かうのに相応しい人物であります。

 そしてそんな彼の敵となるのは、天保の世では既に物語中の存在のような、奇怪で個性的な忍術使いたち(特にその中でも、笠と合羽に身を包んだ藤八五文は、ビジュアルといい行動といいインパクト十分)。
 さらにその背後に潜むのが、蝦夷地渡りの吸血鬼「さたん」とくれば、盛り上がるなという方が無理でしょう。


 しかしそれよりも何よりも感心させられるのは、本作の物語が、原典を踏まえつつも、時代背景と密着した、この時代ならではの物語として描かれている点でしょう。

 本作の主な舞台は天保年間、大御所家斉の時代から、その子・家慶を戴いた水野忠邦の改革の頃。そして本作において重要な背景となっているのは、この家斉派と家慶派の――いわゆる西の丸派と本丸派の対立なのであります。
 表には出せぬ暗闘を繰り広げていたであろうこの両派の対立に、この世の者ならぬ魔物が絡んでいたら……というのは、あまりに魅力的な想像。江戸のど真ん中に吸血鬼が出現するという、荒唐無稽といえばそのとおりのアイディアに、見事にこの史実が結びつき、伝奇小説として、時代小説としても一級の作品として、成立しているのであります。


 連作形式の雑誌連載という形式もあってか、特に終盤が駆け足となった感も強く、また後半の敵方の動きなど、冷静に考えると無理がある部分もあって、こうして一冊になってみると、粗さを感じる部分はあります。
(上で述べた西の丸派・本丸派の対立に絡む部分にも矛盾が感じられます)
 また、この一度見たら忘れられないタイトル、『天動説』の意味するところについては、賛否が分かれるところかもしれませんが……

 しかし、先に述べた本作の魅力の数々はもちろんのこと、時代を超えて繰り広げられる、そして、何時終わるとも知れぬ人知を超えた悪の化身と対峙しても、決してあきらめず、戦いを止めない主人公たちの姿は、強く強く印象に残ります。

 超越者との絶望的な戦いの中にあっても、人としての意地と希望を捨てず、戦いを続ける主人公たちの姿は、我々の愛する作者の作品に通底する主人公像であり、それはまさに天保の昔から、いや四半世紀の時を超えても変わるところはないのであります。


『天動説』(山田正紀 戎光祥出版 山田正紀時代小説コレクション) Amazon
天動説 (山田正紀 時代小説コレクション1)


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