幡大介『真田合戦記 幸綱風雲篇』 戦国時代前夜を駆ける男たち
既に来年の大河ドラマを見越して……ということではないかもしれませんが、本作はその先駆けとなる作品かもしれません。先日、初の歴史小説『幕末愚連隊』を発表した幡大介の歴史小説第2作は、真田一族を描くシリーズ。その第1巻は、真田幸村の祖父・幸綱の名をタイトルに冠した物語であります。
物語の始まりは天文9年(1540年)。信玄も謙信はまだ年若く、信長は幼く家康はまだ生まれてもいない……我々が戦国時代と聞いて思い浮かべる時代の始まる前とでも言うべき頃。
この巻の主人公・次郎三郎は、そんな時代に活躍する武士……ではないのが、本作の面白いところ。そう、次郎三郎は信州善光寺に身を寄せる商人なのです。
しかし商人と言っても、平時のそれとは全く異なるのは言うまでもないお話であります。商売のために往来しようにも日本各地が戦場であり、目的地までの道を行くのも命がけ。いや、それどころか、商売相手が戦場のまっただ中、敵と対峙する軍に対してものを売りに行かねばならぬこともあるのです。
実に本作の冒頭は、まさに織田勢に包囲された松平家の城に、次郎三郎が奇策をもって米を運び込む場面から始まります。
腕といい度胸といい、知恵の回りといい、並の商人ではない次郎三郎ですが、その出自は信州真田の地をかつて治めてきた滋野一族の末裔。今は村上氏に奪われ、散り散りとなった一族の一人なのであります。
そしてこの巻の物語の中心となるのは、この信州の地の争奪戦。
野心に燃える武田信虎――言うまでもなく信玄の父であります――の信州侵攻に始まり、信州の、そして関東の諸将たちの思惑が入り乱れ、その中で次郎三郎もまた、望むと望まざるとに関わらず、滋野一族の一人として巻き込まれていくこととなります。
と、戦国時代前夜とも言うべき時代から始まる本作ですが、それだけでなく、主人公を商人として設定することもわかるように、従来の戦国ものから、少しだけずらしたところから描くのが、いかにも作者らしいところ、と言うべきでしょう。
特に印象的なのは、次郎三郎が商人として依ることになる善光寺の存在でしょう。
仏教徒だとて、宗派が異なれば戦になることも珍しくもない時代において、その諸宗派が分かれる前から存在する一本寺院たる善光寺。中立地帯として存在し、それ故に商業・経済が栄え、誰とでも取引ができるという場を舞台の一つとして選んだのは、本作の着眼点の見事さと言うべきでしょう。
また、キャラクターの個性も――文庫書き下ろしものに比べるとさすがにおとなしめかもしれませんが――作者ならではでしょう。
特に信虎、原美濃守、山本勘助とエキセントリックな面子が揃った武田側のキャラクターは、物語でも主体的に動く勢力だけあって、かなり印象に残ります。
と、なかなかに快調な滑り出しではあるのですが、実は欠点……と言っていいのかは微妙ながら、ちょっとおかしかったのは、実はサブタイトルとなっている「幸綱」が、この巻には登場しないこと。
主人公と「幸綱」の関係は、史実上明らかではあるため、問題はないのですが、少々引っかかったところではあります。
『真田合戦記 幸綱風雲篇』(幡大介 徳間文庫) Amazon

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