西條奈加『睦月童』 神の力と人の情が交わるところに
東北から江戸の国見屋に招かれた少女・イオ。彼女はその瞳に相手の罪を映す力を持っていた。荒れていた国見屋の跡取り息子・央介は、その力で自分の犯した罪を認め、改心する。その後イオとともに江戸で起こる事件を解決する央介だが、二人は、イオの里を巡る因縁に巻き込まれていくことに……
面白い偶然ですが、この二月ばかりの間に、座敷童(に近い存在)を題材とした時代小説が相次いで発表されました。本作はその一つ――東北のとある村に現れ、その不思議な力で人々に幸を授けるという童女・睦月童を巡る奇譚であります。
東北から江戸に、その睦月童の一人・イオを連れてきた日本橋の酒問屋・国見屋の主。かつて東北で育ち、幼い頃に睦月童と出会っていた彼は、ある目的のために、村に頭を下げて、イオを連れ帰ったのであります。
その目的とは、すっかりぐれてしまった息子の央介のこと――彼が何か悪事を働いたのではないかと恐れた国見屋は、藁をもすがる思いでイオを頼ったのでした。
それぞれが常人にはない力を持つ睦月童たち。イオの持つ力は鏡――彼女の目を見たものは、己の中の罪悪感を直視させられ、激しい良心の呵責に襲われるのであります。
イオと出会ったことで己の罪を直視した央介は何とか立ち直り、一年間国見屋に留まることとなったイオに懐かれることになるのでした。
そして江戸で起きる様々な事件に巻き込まれるようになった二人は、事件の陰に存在する様々な人の想いを知ることに……
という本作の基本設定を見れば、本作は、不思議な能力を持つ存在を狂言回しとしたちょっとイイ話という、まま見かけられるタイプの物語に感じられます。
その印象は、少なくとも半分は正しいものであります。
イオが自分で言うように、彼女の持つ力はあくまでも「鏡」。人が秘め隠していた心を映し出すものの、自分自身で何かができるわけではありません。
何かができるとすれば、それはその鏡で自分の内面を映し出された者のみ。央介がそうであったように、自らそれを償うことを決意できるか、そしてその機会を与えられるか……
本作の前半で描かれるのは、そんな人の想いであり、それは変形の人情ものと呼ぶことができるでしょう。
……が、本作は後半において、大きくその趣を変えていくこととなります。ある事件がきっかけで、睦月の里のことを知る侍と知り合った央介とイオ。そして彼が知るのは、イオの出生の秘密、すなわち睦月童と彼女たちに力を与える睦月神の秘密でもありました。
何故睦月童は不思議な力を持つのか。何故睦月童は女性ばかりなのか。睦月の里が衰亡しつつある理由とは。そして睦月神の正体とは――
ここで描かれるのは睦月童のルーツの物語であり、そしてここに至り物語は、一種の秘境冒険SFの趣すら漂わせるのであります。
この辺りの展開、いや転回は、評価が分かれるところかもしれません。
私個人としては、睦月神の意外な正体と、その神に結びつけられた睦月童の在り方の、大いに伝奇的で、ある意味実にロジカルな秘密に大いに興奮させられたのですが――
しかし、ファンタジー色の濃い人情ものを期待する向きには、前半の方向性のまま終わって欲しかった、と感じる方もいることでしょう。
しかし、睦月童を単純にありがたい神様の使い、不可思議な人外の存在として描くことで終わらせず、そのルーツを描くことで、本作は同時に、彼女たちもまた一人の人間であることを示していることは、心に留めておくべきでしょう。
そして彼女たちの人間性を描くことにどれだけの意味があるか――それは、作中で描かれてきた睦月童たちとその運命を見れば、自ずと理解できましょう。
そのルーツには「神」が関わっているとはいえ、しかし「人」の業が凝った存在とも言える睦月童。彼女たちと関わる者たちだけでなく、彼女たち自身の姿を描くことで、本作はより深く「人」の情を描くことができたのだと、私は考えます。
それは時にひどく生々しく、やりきれないものではあるのですが――しかしそれだけではないことは、本作の結末がはっきりと示しています。
そしてそれこそは、本作における最大の救いではありますまいか?
『睦月童』(西條奈加 PHP研究所) Amazon

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