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2015.04.02

『死んでたまるか』 負け続けた男が知る「生」の意義

 伊東潤は、歴史上の敗者の方により脚光を当てる作家という印象が強くあります。が、そんな作者の作品の中でも、ここまで負け続けた人物が主人公のものは珍しいのではありますまいか。幕末の動乱の中、北関東から東北、箱館五稜郭までしぶとく戦い抜いた大鳥圭介を描く『死んでたまるか』であります。

 大政奉還となり、幕臣のほとんどが、いや将軍が戦いを放棄した中、一人気を吐く大鳥。
 播磨の医師の子に生まれながらもフランス式軍学を学び、幕府陸軍を育成し、歩兵奉行とまで登り詰めた彼にとって、戦わずして諦めることなど認められるものではなく、自らが鍛え上げた伝習隊を率いて江戸を脱走することとなります。

 こうして北関東を皮切りに、土方歳三ら各地の旧幕側勢力を糾合し、各地を転戦する大鳥ですが、しかし、ここから先は負けの連続。
 緒戦こそ勝利を飾ったもののそれ以降は敗戦が続き、東北での戦いの末、会津戦争で大打撃を受け、榎本武揚の艦隊と合流、箱館共和国の陸軍奉行として五稜郭に依って戦ったものの……その結末はよく知られているとおりであります。

 確かに幕末の一連の戦いにおいて、幕府側が戦いに敗れることは動かしようのない真実ですが、それにしても全くいいところがなかったわけではありません。
 しかしそんな中で、負け続きの大鳥を敢えて主役に据えてみせたのが、本作の実に面白い点であることは、言うまでもないことでしょう。

 いささか皮肉めいてきますが、大鳥の一種の座右の銘は「(負けて)たまるか」。たとえ今は負けても明日は勝つ。明日は負けても明後日は……というのは、一歩間違えれば悪しき精神論に繋がりかねませんが、それをそうは見せないのは、ある意味本作の巧みさであります。

 幕臣の多くが戦いを投げ出し、外様はおろか譜代親藩まで新政府軍の先鋒として向かってくる中、それでも幕府の武士としての意地を見せるため戦う。
 それは見方によっては悪あがき、周囲を巻き込むだけはた迷惑なものともなりかねません。しかしその意地すら失った時、そこに残るのは、単なる打算と保身のみで動く者の姿であり、そんな連中が動かす世界がどのようなものになるか……それは考えるだにおぞましいものでありましょう。

 そんな中で、負けても負けても、ただ武士としての、人間としての意地のみを拠り所に戦う大鳥の存在は、実にまぶしく感じられるのであります。
(もちろんそれだけでなく、彼らの戦い抜くことにより、旧幕側の人間の新政府における存在感が高まる……という、一種ロジカルな説明がきちんとされているのもいい)


 しかし、本作のタイトルはそんな大鳥の胸中にあった「負けてたまるか」ではなく、「死んでたまるか」であります。そしてそこに、本作の最大の価値であり、心を動かされる点があります。

 大鳥たちと共に五稜郭で戦ったフランス軍人ブリュネ。作中で彼が大鳥で語ったフランスの格言として、「行けるところまで行き、しかるべき時に死ぬ」という言葉が存在します。
 これはまさに、大鳥をはじめとする箱館共和国の人々の胸中にある言葉であり、そして大鳥にとっては「しかるべき時に死ぬ」ことこそがゴールだったのですが――

 しかし、物語の中において、大鳥は自らの意地を貫いて死ぬよりも、なお険しく、そして大事な道があることを悟るのであります。それは生きて後世のために貢献すること……すなわち「行けるところまで行」くこと。
 本作はいわば、「死」という意義を求めてきた男が、「生」の意義を知るまでの物語であると、そういうことができるのです。
(それ故、それを悟った明治以降の大鳥の人生にあまり紙幅を費やしていなくとも、大きな問題はないと私は感じます)


 大鳥の戦いが長期かつ数多くの戦場に渡り、それ故描くべきことが多くなってしまったのか、史実の羅列的に感じられる部分があることは否めず、そこは本作の弱点とも言えましょう。
 その点はあるにしても、大鳥の生き様、それ以上に彼の辿り着いた答えを描いた本作はは、なかなか「勝ち」に至れない我々にとっては実に魅力的に映ります。

 そしてもう一点……本作の土方像は、実にシンプルに格好良い。『池田屋乱刃』での新選組像からすると、あまり良い役にならないのではないかと思っていましたが、どうしてどうして、本作の格好良い部分を一人で持っていった感があり、個人的にはこの点も嬉しかった、というのが正直なところであります。


『死んでたまるか』(伊東潤 新潮社) Amazon
死んでたまるか

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