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2015.05.05

上田秀人『お髷番承り候 10 君臣の想』 踏み出した君臣の道

 5年間に渡り刊行されてきた『お髷番承り候』シリーズもこの第10巻でついに完結。4代将軍家光と、彼の髷を結うお髷番にして寵臣たる深室賢治郎――若き主従の苦闘は、ここに一つの結末を迎えることとなります。二人に対して家光の寵臣・阿部豊後守が語る最後の教えとは……

 将軍の身に刃物を向けられる唯一の役職・お髷番として家綱の近くに仕え、彼の耳目として、手足として活動してきた賢治郎。
 しかし未だ跡継ぎのいない家綱の「次」を巡り、甲府綱重・館林綱吉・紀伊頼宣とその家臣が暗躍、孤独な戦いの中で賢治郎は甲府方の用人、館林方の黒鍬者と、様々な敵を作ることとなります。

 そんな因縁が積もり積もった末、養家である深室家が襲撃を受け、当主である作右衛門が目付の厳しい取り調べを受けることに。さらに賢治郎を逆恨みする兄・主馬が、権力の座を狙う堀田備中守と結び、賢治郎の許嫁である三弥に魔手を伸ばし……


 これまでのシリーズでは、正直に申し上げて状況に振り回される印象が強かった賢治郎。その状況が状況だけにやむを得ないのではありますが、しかしこの最終巻に至り、彼は家綱への忠義と、彼個人の想いに挟まれることとなります。
 既に自分とは縁が薄れつつある娘を見捨て、お役目を取るか。はたまた、家綱に捧げた身を危険に晒してまで三弥を助けるか……と。

 本作で賢治郎が先達たちから学んだことを考えれば、どちらを取るべきかは明らかであるかもしれません。
 しかしここで彼が別の選択肢を選んだことは、彼がこれまでの寵臣たちと異なる道を歩みつつあることを示す何よりの証であり、そしてそれはもちろん、この物語の結末に示されるべきものでありましょう。

 しかし本作は、それよりもなお厳然たる意思の存在をも描き出します。
 これまで、賢治郎に厳しく寵臣としての道を示してきた阿部豊後守。彼が家綱にのみ告げた言葉の苛烈極まりない内容を考えれば、真の寵臣の、そして真の主君の道の険しさが――そして賢治郎も家綱も、まだその道に踏み出したばかりであることがわかろうというものであります。

 その内容をここで詳しくは述べませんが、玉と石の譬えはまさに圧巻であり、さらに本作の原点にまで遡っての深謀遠慮が示されるのには、ただ言葉を失うばかりであります。


 二人の若者の成長の物語の結末で、先達の言葉が強く印象に残ってしまうのは、複雑なものを感じなくもありません。
 それでもなお、これまで長きに渡り描かれてきた物語において、複雑に入り乱れた様々な要素それぞれに落ち着くべきところを与えてみせたのは、やはり見事と言うべきでしょう。

 この先、歴史の示すところを思えば、色々と考えさせられるところではありますが――まずは一つの物語の結末であります。
(豊後守の言葉の中でさりげなく家綱の最期の刻までの伏線を張っているのもまた心憎いのですが……)


『お髷番承り候 10 君臣の想』(上田秀人 徳間文庫) Amazon
お髷番承り候(十) 君臣の想 (徳間文庫)


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