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2015.05.13

あさのあつこ『燦 6 花の刃』 絡み合う三人と二人の運命

 十ヶ月ぶりの『燦』であります。田鶴藩の後嗣・圭寿に仕える筆頭家老の子・吉倉伊月と、藩に潜む異能の「神波」一族の少年・燦。田鶴から江戸に場面を移して描かれてきた運命の双子の物語は、ここに来て再び田鶴へと向かうこととなります。

 急逝した父の跡を継ぎ、藩主になる準備を進める圭寿について江戸に出てきた伊月。しかし江戸で待っていたのは、圭寿や伊月を狙う暗殺の刃であり、そしてその背後に潜むのは、燦も知らぬ謎の一団「闇神波」でありました。
 藩邸深くまで食い込んでいた闇神波の刺客を辛うじて倒した伊月と燦。しかし長きに渡り膿の溜まった藩政の立て直しはこれから始まることに――


 というこれまでの展開を受けての本作は、山谷で言えば谷の印象。燦・伊月・圭寿による状況の再確認的部分が大きいのですが、しかしもちろん、静けさの中にも今後に大きく意味を持つであろう展開が幾つも仕掛けられています。

 これまでの物語の中で残された最大の謎――闇神波が圭寿を狙ったのは何故なのか、そして何者が闇神波を動かしたのか。

 闇神波という存在の意外性、そして刺客の正体に気を取られてしまっていたこれらの謎の答えは、なるほど、言われてみればそれ以外はないものではあります。
 しかしさらにその背後にほのめかされる「事実」は、それが「真実」であれば、おそらくは大きくこの先の物語を大きくかき乱すものでありましょう。

 しかし、こうした展開にも劣らず、いやそれ以上に物語を動かしかねない――そしてこちらの心に強く残るのが、本作に登場する二人の女性の存在。
 それは、かつては掏摸として身寄りのない子供たちを養っていたお吉と、圭寿の兄の側室であった静門院であります。

 町で伊月の財布を掏ったことがもとで、彼はもとより燦、そして圭寿と縁を持ったお吉。愛する人と無理矢理引き裂かれて以来心を殺し、戯れの関係に溺れていた静門院。
 本来であれば交わるはずのない二人が出会った時、三人の少年(特に伊月と圭寿)の運命にも大きな影響が生まれるのですが……いやはや、こう来たか、という印象であります。

 神波・闇神波といった伝奇的ガジェットとも、田鶴藩の命運といった大きな流れとも異なる、市井で起きた(しかし当事者たちにとっては途方もなく重い)事件。
 それがこのように物語に絡んでくるというのは、登場人物それぞれが決して一面的ではなく、様々な素顔を持つ――その代表が、戯作者としての顔を持つ圭寿でありましょう――本作ならではと感じます。

 そしてさらに感じ入ってしまうのは、静門院のキャラクター造形であります。

 初登場時の強烈な(そしてある意味ステロタイプな)悪女ぶりから、その印象を一転させるような前巻で描かれたあまりに哀しい彼女の過去。
 しかし、人が背負ってきたものは、決して簡単に脱ぎ捨てられるわけではありません。お吉を前にしての彼女の行動は、それを痛切に感じさせるのですが――しかしそれが非常に血の通った女性として、魅力的に感じられるのです。

 そしてそんな自分自身から抜け出そうともがく彼女の姿もまた。
 その結果が、また大きな波瀾を招きそうなのですが……


 と、今回も大いに引き込まれるところではあり、キャラクター同士のやりとりも実に楽しいところなのですが――

 しかし(毎度毎度で恐縮ですが)この分量で谷の部分がほとんどというのは、非常に厳しい。豪華な食事の、前菜だけをずっといただいている気分……というのは失礼にすぎるかもしれませんが、その味が絶妙なだけに、もっともっとと感じてしまうのです。

 ……あ、これは作者の術中にはまっているということでしょうか。


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燦 6 花の刃 (文春文庫)


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