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2015.05.22

松永弘高『決戦! 熊本城 肥後加藤家改易始末』 それぞれの「武士」であることの意味

 昨年の第6回朝日時代小説大賞優秀作の一つが、本作であります。副題にあるとおり、江戸時代前期、三代将軍家光の時代に改易された肥後加藤家を巡る波瀾を描く作品ですが、これが作者のデビュー作とは思えぬ豊かかつこなれた内容の本作、受賞もむべなるかな、という印象です。

 かの加藤清正の加藤家が、その子・忠広の代で改易されたのは紛れもない事実。しかしその理由については未だはっきりしないところに、本作成立の余地があります。

 忠広が半ば不意打ちに近い改易の沙汰を従容と受け入れ、他家に預けられた一方で、手つかずのままなのは、彼の領国である肥後は熊本城。当然この城も幕府に徴収されるべきものですが、しかし相手は強情で知られる肥後武士の一団、ただで済むとは思えません。

 折しも家光は将軍の座に就いたばかり、幕藩体制の秩序がいまだ完全には確立されていないこの時代に、一歩間違えれば幕府と加藤家の間で全面戦争となりかねない――
 本作は、そんな状況下でこの難事に当たることとなった、幕府側、加藤家側の士の姿を描き出します。

 幕府側の中心人物として描かれるのは、備後水野家二代・勝重。戦国を往来した父・勝成の跡を継ぎ、真面目に、慎重に大名としての勤めを果たす人物であります。
 この勝重、大坂の陣にも出陣しており、決して大人しいだけの人物ではありませんが、かぶき者として知られる父や弟・成貞(かの水野十郎左衛門の父)に比べれば、いささか地味な人物。

 そんな彼が、上使・稲葉正勝を補佐して肥後に向かうのですが――しかし、これは上で述べた状況を考えれば、実質的には幕府軍先鋒とも言うべき役割。家光の一の寵臣たる正勝を支え、事あらば先頭に立って堅城を攻めねばならぬ立場であります。
(ここで家光の旗本であった成貞が、勝手に江戸を抜け出し、鑓持ちに扮して家重の一行に紛れ込む、という展開がまた面白い)

 そして対する加藤家の中心人物は、主席城代たる加藤正方。清正を、忠広をこれまで支え、そしていま江戸で下った沙汰に対し、主君の言葉を背負って肥後での対応を一任された傑物ですが――

 しかし、彼を待ち受けるのは、幕府の大軍と戦って破れ、民もろとも蹂躙される道か、戦わずして天下の笑い者となる道。
 どちらを行っても苦しみのみが待つ状況で、彼は主君に代わり、藩を背負わされたのであります。
(ここで清正の継室であり、勝成の妹でもある清浄院が、主戦派として城内で重きをなしているのがまたつらい)


 このような状況にある場合、幕府側が悪役とされるのはある意味定番かもしれません。しかし本作は、どちらかを善と、悪とするのではなく、この一件に携わった全ての人々の立場に優劣を付けることなく描き出します。
 本作で描かれるのは、勝重の、正方の、勝成の、成貞の、正勝の――それぞれの立場で、それぞれが背負った責任と覚悟。そしてそれは言い換えれば、それぞれにとっての「武士」「侍」であることの意味であります。

 本作の舞台となるのは、いわば乱世と泰平の(後者に大きく寄った)過渡期。乱世を知る勝成や正方のような人間はほとんど消え、辛うじて乱世に間に合った勝重や、完全に泰平の世しか知らぬ成貞・正勝のような人間が生きる時代であります。
 そんな時代において、武士の、侍の意味が変質していくことは言うまでもありませんが――しかしそれを甘んじて受け入れることができぬのもまた当然でしょう。

 乱世と泰平の間の世代の鬱屈、泰平の世代の不安――その交錯こそが、まさに「決戦」。
 本作のクライマックスは、いささかあっけなく感じられるかもしれませんが、しかしそこで繰り広げられたものは、実際に槍を手にしての合戦にも劣らぬ、武士と武士のぶつかり合いと感じられるのです。

 一種歴史の皮肉とも感じられる、結末に語られる登場人物たちのその後の姿も印象的で、冒頭から結末まで、鮮烈な「戦い」の姿を見せていただいた思いであります。


『決戦! 熊本城 肥後加藤家改易始末』(松永弘高 朝日新聞出版) Amazon
決戦! 熊本城 肥後加藤家改易始末

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