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2015.05.25

史間あかし『町医者風尹の謎解き診療録』 すれ違う想い、乗り越える想い

 梶浦風尹は、若年ながら腕利きの外科医。ある日、師から呼び出され、女性の変死体の検分を命じられた風尹は、残された縫合の跡から、医師が関わっていることに気付く。用心棒代わりの南町同心・十郎太とともに謎を追う風尹の前で次々と起こる事件。それは、風尹自身の過去にも結びついていた……

 最近とみに増えてきた一般文芸とライトノベルの中間的レーベル。そこで発表される作品の多くは現代ものですが、中には時代ものにチャレンジして下さるありがたい作品もあります。本作もその一つ、第1回ラノベ文芸賞・金賞を受賞した時代活劇であります。

 本作の主人公は、タイトルにあるとおり町医者・梶浦風尹。さる大名家の典医の家に生まれ、まだ少年といっても通じる若さと美貌に似合わぬ外科医の腕を持ちながら、家を飛び出し、神田で職人たちを相手に腕を振るう毎日を送っています。
 そんな風尹の相棒……というか用心棒が、南町同心の十郎太。母と弟妹たちを抱えて苦しい生活を送る彼は、非番の時には風尹に雇われてこき使われているのでした。

 さて今回、体に縫合跡を持つ不審な女性の死体に、自分に勝るとも劣らぬ施術の腕を窺わせるその跡に不審を抱いた風尹が始めた探索の先に浮かぶのは、江戸で密かに流通するある「薬」と、姿を消した女たちの存在であります。
 果たして何故女は殺されたのか。薬との、縫合跡との関係は。そして何よりも、事件の背後に潜む者の目的は。

 少しずつ明らかになっていく秘密は、風尹が背負った心の傷に結びつくもの。今なお自身を苦しめるトラウマと向き合うこととなった風尹、そして十郎太はそんな風尹を何とか支えようとするのですが――


 思い切って先に書かせていただきますが、一冊の時代小説として見た場合、本作は必ずしも万全とは言い難い印象があります。

 本作が時代考証に力を入れているのは大いに評価できるのですが、それに関する描写がやや多く、物語のテンポに影響を及ぼしているやに感じられるのがその理由の一つ。
 しかしそれ以上に、一つの物語に色々と盛り込みすぎている――登場人物がかなり多く、それぞれの視点からの描写もまた多いこと、そして何よりも、物語を、事件を構成する要素が非常に多いことが気になります。

 ほぼ商業デビュー作ということもあってかとは思いますが、一つの物語としては整理が足りない……厳しいのですが正直な印象であります。


 しかしそれであったとしても、本作は独自の魅力を持ちます。風尹と十郎太のみならず登場人物はなかなかに個性的・魅力的でありますし(風尹の現代人的な「僕」しゃべりはどうしても馴染めないものがありましたが、これはまあ仕方ない)、何よりも二人がそれぞれに背負ったものの存在と、それとの対峙が丁寧に描かれているのがいい。

 今なお風尹を悩ませ、狂わせる凄惨な過去。それは風尹一人にまつわるものではなく、その父と母それぞれにに対する鬱屈が生み出すものであります。
 一方の十郎太も、豪勇で知られた亡き父に対して複雑な想いを抱き、父の遺した槍を受け継ぐのを拒んできたという面を持ちます。

 父との相克というのは、まず普遍的なテーマではありますが、時代ものならではのシチュエーションの中でそれを描き、そして主人公たちの成長に繋げていく展開は、やはり読んでいて気持ちの良いものがあります。

 そしてそれ以上に感心したのは、物語の中心に存在する、ある仕掛けであります。
 この仕掛け、時代ものとしては定番ものではありますが、そこにさらにもう一つひねりを加えることで、幾つもの想いがすれ違うこの物語に何とも言えぬ皮肉さと、何よりも哀切さを添えているのは、唸らされたところです。


 レーベルや、タイトルから受ける印象の割りにはヘビーな内容の本作。
 長短様々な側面を持つ作品ではありますが、より広い層に向けた時代小説の誕生を祈るものとして、本作の、作者の試みがこの先も続き、より洗練された形で実っていくことを心から期待しているところです。


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