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2015.05.21

平茂寛『ねぼけ医者 月を斬る』 医者と剣士、人間と剣鬼の間で

 意外な作家の意外な作品が並ぶ白泉社招き猫文庫ですが、今日ご紹介するのは、朝日時代小説大賞出身者の、一風変わった剣術アクション。小児科医にして御庭番の助っ人という、異彩を放つ青年・宇田川三哲を主人公とした作品であります。

 毎日昼過ぎまで寝ていることから「ねぼけ医者」というありがたくない渾名をつけられている三哲。しかし医者としての腕前は江戸でも屈指、しかも貧しい患者からは診療代を取らないという態度から、診療所は毎日患者で引きも切らない状況であります。

 しかしその三哲が「ねぼけ」ている理由は、医師とは正反対の血なまぐさいもの。
 伝説の流派・無眼流の遣い手である彼は、その腕を買われて御庭番の助っ人となり、夜毎、江戸で跳梁する尾張藩の御土居下同心狩りに参加していたのでありました。

 しかも無眼流の秘剣は、それを修めれば、そして用いれば、剣流に潜むという妖魔にその心身を蝕まれ、血に飢えた悪鬼に変わってしまうという恐るべきもの。
 かくて三哲は、その心身をすり減らしながらも、医師として、剣士として日夜戦うことに……


 と、一見ユーモラスなタイトルに見えて、内容はかなりハードな本作。
 医者として貧しい人々を助けるためには金がいる。そのために剣を振るえば、自分が悪鬼に近づいていく……と、孤独な宿命を背負わされた彼は、最近の文庫書き下ろし時代小説の中でも、かなり重いものを背負わされた主人公のように思います。

 その三哲、さらに本作では近所の悪ガキに裏の顔を知られ、機密保持と良心の間で板挟みとなったり(そしてそれが元で他の御庭番から裏切りを疑われたり)、日頃から懇意にしている9代将軍家重の寵臣・大岡出雲守の娘と身分違いの恋に悩んだりと、受難の連続。
 人間としての想いと、剣士としての宿命の板挟みになる彼の姿は、将軍家の権威を地に落とそうという敵の陰謀の中で、一つのクライマックスを迎えることとなります。


 そんな本作は、ウェットな部分とドライの部分の使い分けも巧みで、さすがにこの作者らしい達者なところを見せてくれるのですが、しかし個人的には主人公像にスッキリしないものが残った、というのが正直なところ。

 別にハードな宿命も、ままならぬ浮き世の悩みも、それはそれで味わいなのですが、主人公がそれに翻弄されるばかり、流されるままで終わってしまったように見えるのには、個人的には共感できませんでした。

 もちろん、幾重にも重なる苦しい状況下では、生き抜くことだけでも素晴らしいことでありましょうし、その苦さを飲み込んで生きることも、大事な道でありましょう。
 それは理解しつつも、もう少し彼には主体的に動いて欲しかった、動ける道を与えて欲しかった……そう感じた次第です。


『ねぼけ医者 月を斬る』(平茂寛 白泉社招き猫文庫) Amazon
ねぼけ医者 月を斬る (招き猫文庫)

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