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2015.05.23

竹下文子『酒天童子』 理想の武士、理想の「大人」としての頼光

 これまでこのブログでは、児童書の時代(伝奇)ものも取り上げるようにしてきました。その中にはオリジナルももちろん数多くありますが、古典のリライトものにも見るべきものが少なくありません。本作もその一つ、また見逃せません。源頼光とその配下の四天王の活躍を描く物語であります。

 源頼光とその四天王――渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武――といえば、本作のタイトルともなっている酒天童子(酒呑童子)や土蜘蛛、一条戻り橋の鬼など、鬼や妖怪と戦った(という伝説・巷説が残されている)面々。

 本作は、そんな頼光と四天王の活躍を、タイトルにある酒天童子との対決を中心に長短5つのエピソードを通じて描いたもの。
 鬼の腕、土蜘蛛、盗賊鬼同丸、酒天童子など、いずれもお馴染みのものでありますが、それぞれが『平家物語』『今昔物語集』『御伽草子』等、別々の出典によるものが、一つの物語としてまとめられているのは、案外に珍しいのではありますまいか。

 この点、主人公は同一とはいえ、別々の物語を一つにまとめるというのはなかなかに難しいのではないかと思いますが、一つの物語としてしっかりと成立しているのは、ベテランの技と言うべきでしょうか。
 それも頼光と四天王のみならず、さらに安倍晴明や藤原保昌など、他の同時代人のエピソードも取り込み、さらに物語やアクションのディテールに、能や歌舞伎で描かれたそれを盛りこんでいるのも実に楽しいのです。

 『村上海賊の娘』などで知られる平沢下戸のイラストはいかにも今風ですが、中身は堅実かつ複雑に組み立てられた、なかなかによくできたリライトと感じます。


 そして、そんな本作において特に感心させられるのは、頼光の一人称で――すなわち頼光の視点から物語が描かれる点であります。

 本作におけるその頼光像は、一言で言えば「大人」ということになりましょうか。
 武士らしく血気盛んなところはあるものの、四天王をはじめ一族郎党を率いる長として、帝にそして藤原氏に仕える身として、分別ある、沈着な視点を彼は持ち続けます。

 主人公がこのようなキャラクターの場合、ともすればイケメンで冷静だが仏頂面の綱、天真爛漫な金時、生真面目な貞光、皮肉屋の季武と、四天王のキャラクターをわかりやすく設定することで、物語に膨らみを与えているのも巧みな点でしょう。
(また、一人称で描くことが、先に述べた物語としての一貫性にも寄与していることは言うまでもありません)

 閑話休題、こうした頼光の視点、頼光の人物像が最も良く機能しているのは、彼が酒天童子と対峙した場面においてであります。

 本作における酒天童子は、奇怪な妖術を操り、恐るべき鬼の群れを率いながらも、見かけは美しく、そしてどこか移り気な青年。
 そんな酒天童子が見せる狂気、気紛れさ、残酷さ、無邪気さ――それは、人を守る武士たる頼光の持つ分別や誠実さと対比すべきものとして設定されているやに感じられます。

 そう、頼光が「大人」だとすれば童子はまさに「子供」――そんな童子に対する頼光のある言葉は、童子の本質を見事に突いたものとして、大いに唸らされます。

 最近の様々な作品では、頼光が単純な正義の味方としても、童子が単純な悪鬼として描かれることはむしろ珍しいと言えますが、しかし本作の描写は、従来のイメージを踏まえつつ、さらにそこから一歩踏み込んだものを感じさせるのです。

 そしてその中に描かれるのは、武士として、あくまでも等身大の人間として、武士として己の在り方を求める頼光の姿であり、そこには「童子」と対比されるべき理想の「大人」の姿がある……と解するのは格好良すぎるでしょうか。


 本作の最後に収められているのは、老境の頼光が、東宮に求められて狐を射た際の物語。今昔物語集に収められたこの逸話は、己の手柄を誇らぬ彼のの人柄を示すと言われるものであります。

 時系列でいえばある意味当然とは言え、あるべき弓取りの物語で本作が終わるのは――そして本作の冒頭で語られるのが、名剣としてあるべき格を備えた髭切丸と膝丸の逸話であることも併せて――なかなかに示唆に富んでいるように感じられるではありませんか。


『酒天童子』(竹下文子 偕成社) Amazon
酒天童子

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