相川真『明治横浜れとろ奇譚 堕落者たちと、ハリー彗星の夜』 三人の自由人の冒険記
ハリー彗星の接近で世情騒然たる明治43年、役者になるために実家を飛び出し、横浜に流れ着いた前島寅太郎は、抽象画家の谷、自称・浪漫研究家の有坂と知り合う。定職にもつかず己の道に没頭する三人は、なりゆきから彗星撃退を依頼されたのに始まり、横浜を騒がす様々な事件に巻き込まれることに……
最近賑やかなライト文芸レーベルの一つ、集英社オレンジ文庫(公式サイトで「ライト文芸」を謳っていて少々驚きました)。その中で、タイトルの「明治」「奇譚」を見て気になっていた作品であります。
と、そのタイトルに冠された「堕落者」なるワードですが、本作の主人公・寅太郎と二人の仲間を指しての言葉。
定職にもつかず、己のやりたいことをやって生きる彼らは――いずれも実家はいい所なのを思えば――昔流には「高等遊民」と言うべき存在でありましょう。
しかし作中での彼らの根無し草のような、毒にも薬にもならないような生き方を見れば、なるほど「堕落者」とは言い得て妙かもしれません。
さて本作は、その堕落者トリオが、流れ着いた先の横浜で出会い、そしてそこで起きる奇妙な事件の数々に巻き込まれる姿を描きます。
折しも地球に接近しつつあるハリー彗星に怯える富豪の依頼で彗星捕獲をすることになったり、無理心中を迫るストーカーから洋菓子店の美女を守ることとなったり、横浜を騒がす窃盗団、さらには意外な巨悪に挑むことに……
ここで何といっても楽しいのは、一見役に立たないような彼らが、役者志望の寅太郎は演技、画家志望の谷は精密な絵、浪漫研究家(?)の有坂は優れた科学知識と、それぞれの夢に基づく特技をもって、様々な状況に立ち向かうことでしょう。
もっとも、寅太郎は10人以上の観客の前ではアガってしまい、谷はキュビズムかぶれ(ちなみにこの時点では最先端……すぎて誰にも理解されない技法)、有坂も誇大妄想気味の珍発明ばかり――
と、やっぱり変なのですが、それもまた半ばお約束とはいえ、本作の魅力の一つでありましょう。
ハリー彗星騒動という、まさにこの時代ならではの事件を扱って、本作ならではの世界を作り出している点も、好感が持てます。
そんなわけで、文芸というよりはかなりライトノベルよりの、軽めのエンターテイメントとして楽しむことができたのですが……個人的には悪い意味で気になる部分もあります。
上で述べたとおり、本作の主人公たちは高等遊民。今は夢のために苦しい生活をしているものの、家に帰れば豊かな暮らしが彼らを待っています。それはいい。
その一方で――ここからは物語の先の方の内容に触れてしまい恐縮ですが――本作には、貧しい家に生まれてひたすら働きづめに暮らし、フッと魔が差して悪事に手を出してしまう人物が登場するのに、何ともスッキリしないものが残ります。
もちろん、寅太郎たちと対照的な存在として描かれているのだとは思いますが、だとすればあまりに後者には救いがなく(皆無ではないのですが)、裏を返せば、主人公たちは結局「いいご身分」の人間でしかない、と見えてしまうのはいかがなものか。
特に本作の結末、本来であれば大いに楽しい結末で描かれているものを考えれば、そこに何かの意図があるのか……というのはもちろん言い過ぎにしても、釈然としない気持ちになるのが正直なところです。
人生のレールから外れて、見当違いの方向に、しかし自由に走っていくのが彼ら「堕落者」だとすれば、ただひたすらに彼らの破天荒な自由さだけを見ていたいと――それはそれで難しいことではありますが――思うのであります。
『明治横浜れとろ奇譚 堕落者たちと、ハリー彗星の夜』(相川真 集英社オレンジ文庫) Amazon

| 固定リンク

コメント