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2015.05.20

『酔ひもせず 其角と一蝶』 男の友情と、隠された人の想いと

 その軽妙洒脱な画風と、横紙破りの言動で知られた絵師・英一蝶が、松尾芭蕉の一番弟子である宝井其角と交流を持っていたことは、それなりに知られているかもしれません。本作はその史実を踏まえつつ、其角と一蝶を探偵役にしてみせた、ユニークな、そして切なくも味わい深い物語であります。

 一番弟子として蕉門のまとめ役でありつつも、周囲に溝を感じて暮らす其角の無二の親友。それが豪放磊落な性格で絵師と幇間という二つの顔を持つ多賀朝湖(後の一蝶)でありました。
 不思議に馬が合う二人は、常につるんでは豪快に酒を飲んでは痛快に遊んでいたのですが――そんな二人の一番の楽しみは、世間で語られる面白い話を集めては、その背後の謎を解くという遊び。

 そんないわば素人探偵の二人が巻き込まれたのは、吉原の妓楼で起きた奇怪な神隠し事件であります。
 屏風に描かれた子犬が動くところを見た遊女三人が次々と神隠しに遭った――妓楼の太夫二人からその解決を依頼された其角と朝湖ですが、遊女たちを救うために奔走するのですが、謎は解けるどころか、深まるばかりで……


 と、いわば有名人探偵ものである本作ですが、何よりもまず印象に残るのは、主人公コンビのキャラクター造形でしょう。

 どちらかと言えば――個性的な親友に振り回される常識人という意味で――ワトスン的立ち位置の其角は、言うまでもなく後世にも名を残す俳人ながら、一言多い性格で、すぐに人を怒らせてしまう男、という設定。
 それがために己の本心を韜晦するようになった彼が、その豪放磊落さを密かに憧れる朝湖の前でだけは自然に振る舞うことができるというのが実に面白いのです。

 そしてその朝湖の方も、描いた絵が動くと言われるほどの腕前を持つ絵師にして、的確な観察眼と――おそらくはそれに裏付けされた――勘でもって人々を楽しませる幇間という設定が実にいい(ちなみに彼が幇間であったのは史実)。
 それでいて、実は心の中に、其角にすら語ろうとしない陰を背負っているというのも、またグッとくるではありませんか。

 本作はそんな全く性格は異なりつつも何故か馬が合う二人の、男臭くもひどく繊細な――それぞれに互いの抱える鬱屈の存在を知りつつも、それを酒に紛れて笑い飛ばすような、実に好もしい友情物語でもあるのです。

 そんな二人が挑む事件も、ミステリとしての仕掛けの面白さもさることながら、二人の捜査の過程で明らかになっていく、事件に関わった人々の心の奥底に秘められた想いの姿がまた魅力的なのです。

 本作の主な舞台となるのは吉原――江戸という巨大都市の真ん中に生まれた巨大な作り事の世界、天国と地獄が背中合わせの世界であります。
 幇間としてそこで生きる男女の姿を誰よりも良く知る朝湖ですが、しかしそれでもなお、人の心は複雑怪奇。其角が、朝湖がそうであるように、心の奥底にしまった想いの在り方、なかんずく己の生に求めるものの形は人それぞれであり――二人が挑む謎解きは、畢竟その隠された想いの姿を紐解くことにほかなりません。

 そしてその先に描かれるのは、朝湖自身の秘め隠してきた想いなのですが――その詳細はもちろん伏せるとしても、絵師と幇間、朝湖の持つ二つの顔を結びつけ、そして彼のその後の足跡にも繋がっていくそれには、ただただ感服させられた、と申し上げるのは構いますまい。


 吉原に集う人々の物語として、男と男の友情物語として、そしてもちろん時代ミステリとして、実に完成度の高い本作。そんな本作に対してあえてケチを付けるとすれば、物語の終わりがあまりにも綺麗にまとまりすぎていることでしょうか。

 いえもちろん、それ自体は素晴らしいことではあります。それでもこう思ってしまうのは、ひとえに二人の友情の姿が素晴らしかったからのみ。二人の語られざる事件がこの先語られることを――そう思うこと自体が野暮の極みと理解しつつも――祈る次第です。

『酔ひもせず 其角と一蝶』(田牧大和 光文社) Amazon
酔(ゑ)ひもせず 其角(きかく)と一蝶(いっちょう)

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