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2015.05.27

瀬川貴次『化け芭蕉 縁切り塚の怪』 芭蕉vs芭蕉が意味するもの

 『鬼舞』『ばけもの好む中将』と、平安時代を舞台とした、ちょっとコミカルで妖しい時代ものを得意とする瀬川貴次の新作は、何と江戸時代、それも若き日の芭蕉と曾良を主人公とした妖怪ものでありますが、これが何ともこちらの想像とはまた違う方向に展開していく異色作であります。

 松尾芭蕉が元々伊賀の無足人の出身であることはよく知られている史実。
 そして自分を近くに取り立て、ともに俳諧を楽しんだ主君・藤堂良忠を若くして亡くし、藤堂家を致仕した後、句匠として江戸で名を挙げるまで、様々な苦労を重ねたこともまた、それなりに知られているのではありますまいか。

 本作の主な舞台となるのは、この良忠が亡くなった直後。自分のことを評価、理解してくれていた主君を失い――そしてその一方で主君の継室に淡い想いを寄せ――空虚さと煩悶を胸の内に抱えていた若き日の芭蕉、松尾宗忠が、これまた若き日の曾良、河合惣五郎とともに妖怪絡みの事件に挑むのですが……
(ちなみに史実ではこの時点で芭蕉と曾良はまだ出会っておりません)

 いわゆる有名人探偵もの的な展開(のみ)を期待していると、大いに驚かされることとなります。


 これは物語のごく序盤で明かされる設定なのでここで紹介してしまいますが、実は本作のもう一人の主人公とも言うべき存在は、死の床にあった老いたる松尾芭蕉(!)。
 死を目前にして、出仕もせず妻子も持たず、旅に明け暮れた己の人生に深い悔恨を抱いた芭蕉は、いかなる力の作用によるものか、芭蕉翁と名乗って若き日の自分・宗忠の前に現れ、彼が自分と同じ道を歩むことを阻もうとするのであります。

 奇怪な妖をけしかけてくる芭蕉翁がまさか未来の自分自身とも知らず苦しめられる宗忠。しかしさらにそれに加え、一連の妖騒動にはさらに一ひねりが用意されているのですが――さすがにこれは読んでのお楽しみ、であります。

 ただ一つ言えるのは、本作のシチュエーションが、多くの人が抱くであろう二つの想い――すなわち、若き日の不安と、老いて後の悔恨のせめぎ合いであるということであります。
 そしてそれは同時に、如何に過去と決別し、未来に踏み出していくかということであり――芭蕉vs芭蕉とも言うべき奇想天外なシチュエーションが、それを巧みに描き出していると、そう感じるのであります。


 冒頭に挙げたような作者の他の作品のファンからすると少々意外なテイストかもしれませんし(宗忠の個性的な家族の描写に、いつもの瀬川節が濃厚に漂っているのですが)、この結末はアリなのかな、と個人的には思いますが……
 しかしここまで描いたのであれば、この先も見せていただきたいな、と感じるのも確かな気持ちであります。


『化け芭蕉 縁切り塚の怪』(瀬川貴次 角川文庫) Amazon
化け芭蕉  縁切り塚の怪 (角川文庫)

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