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2015.06.18

和月伸宏『エンバーミング -THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-』第10巻 絶望と狂気の先にあったもの

 連載終了、そして発売からずいぶん間をおいての紹介で恐縮ですが、『エンバーミング -THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-』の最終巻であります。フランケンシュタインの後継者たちによって生み出された人造人間たちの物語も、人造人間の都ともいうべきインゴルシュタットにおいて、遂に結末を迎えることとなります。

 かつては人間と人造人間の理想郷でありながらも、グロース=フランケンシュタインの暴走、Dr.リヒターの無関心、そして死体卿の暗躍により、いまや人造人間たちが人間を狩る死都となったインゴルシュタット。

 この都市で繰り広げられた戦いも、いよいよ終盤、ヒューリーがロンドンで過去に決着をつけたように、アシュヒトが己の父の対峙を通じて自分の過去に別れを告げ、残るは死体卿のみ。
 究極の人造人間、この世に死体の世界の存在と化した死体卿と対峙する壊し屋・ジョン=ドゥの戦いの行方は……


 というわけで、最終巻の大半を費やして描かれるのは、本作で描かれた争いの、死の多くの原因たる死体卿との大決戦。
 文字通り殺しても死なない敵に対し、様々に形を変えて繰り広げられる一進一退の攻防は、ラストバトルらしく巨大な敵との激突もあり、これまでの敵の能力を持った相手の激突ありと、最後まで読み応え十分でありました。

 最後の最後にヒューリーが、というのは、彼が一種物語を終わらせるための装置的に見えてしまうきらいもなくはありませんが、最後の切り札となったのが、ジョンとピーベリー、そしてリヒターの姓を持つ者にとって因縁の……というのは実に燃える展開。
 設定的に死体卿を倒して全てが終わり、というわけではありませんが、しかしヒューリー、エルム、ジョンの三人の物語としての本作を終えるべき場所はここ以外にありますまい。
(最終話の冒頭はさすがに度肝を抜かれましたが……)


 さて、この『エンバーミング』は、作者初のダークヒーローものとして発表されたと記憶しています。

 死から甦ると引き替えに元の記憶・人格に欠落が生じ、そして多くの場合狂気を宿す人造人間。そしてその「人造人間に進んで関わるのは悪人か狂人のどちらかだけ」という世界観。
 ある意味魅力的ではある一方で、しかし作者がこれまで描いてきたヒーローものとは、なるほど大きく異なる趣向の物語である……というのは、しかし一面的な受け止め方であるようにも感じられます。

 確かにこれまでの作品では、正義や希望、未来といった、ポジティブな価値のために戦ってきた作者の作品の主人公たち。それに対して、復讐や執着、過去のために戦う本作の主人公たちは、対極の存在であるかもしれません。
 しかし、過去の主人公たちと本作の主人公たち、それぞれの価値観は、そのまま「人間」というコインの裏表であると……そう感じられるのであります。

 人造人間として繋ぎ合わされた生は、なるほど元のそれとは異なり、そして決して元には戻らないもの――異形に過ぎないのかもしれません。
 そして彼らの肉体同様、精神の方もまた、過剰と欠落を抱えたものであり、その現れの一つが狂気と呼んでよいでしょう。

 しかしそれらは――特に後者は――いずれも、人間のそれと決して断絶したものではなく、その延長線上にあるものでもあります。
 それは、この巻で描写された、本作において最も人間離れした存在、自身も人間であることを否定していた死体卿が抱えていた想いが、極めて人間的なものであったことからも明らかではないでしょうか。

 極論すれば、本作のメインキャラクターたちは、誰もが皆「人間」であった――時に過ぎるほどに――であったと申せましょう
 だとすれば、本作はあくまでも肉体の、精神の異形を通じて描き出された「人間」の物語。その人間たちがその肉体と精神を賭して戦った「生」の記録であって――その根底にあるものは、これまで作者が描いてきた物語といささかも変わるものではありますまい。


 ……物語の結末、ジョンへの依頼と、その報酬の内容を彼に伝えるヒューリーの言葉に、私は胸を突かれるような想いを抱きました。
 呪われた生を生き尽くした者から、オマケの様な生を生きる者に託されたもの――それは確かに希望であり、愛であったのですから。

 絶望と狂気の先にある希望と愛を描く物語――本作はそんな、作者一流のダークヒーロー譚であります。


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