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2015.06.12

篠綾子『藤原定家・謎合秘帖 華やかなる弔歌』 和歌というもう一つの現実の中で

 鎌倉時代初期の京を舞台に、かの大歌人・藤原定家が、和歌にまつわる怪事件に挑む『藤原定家・謎合秘帖』シリーズの第2弾であります。前作では「古今伝授」を巡り、秘伝の陰に隠された巨大な歴史の闇と対峙することとなった定家ですが、今回は六歌仙を巡る謎の殺害予告に挑むこととなります。

 前作から5年後、後鳥羽上皇の肝煎りで設置された和歌所で、新たな勅撰和歌集の編纂に勤しむ定家。
 そんな中、和歌所に届けられた奇怪な脅迫状には、和歌所の閉鎖の要求と、六歌仙のうち、文屋康秀と小野小町の歌と、それを基にした弔歌が同封されていたのでした。

 要求が受け入れられなければ、当代の六歌仙を死に至らしめる――その六人が誰であるかは不明なものの、当代の歌人で確実に上位6人に入るであろう定家は、自分を含めた周囲に注意するよう、促されます。

 どうやら六歌仙の歌は対象を、弔歌はその死を告げるものと知った定家ですが、その後も六歌仙の歌と弔歌は送りつけられ、ついに六歌仙も残るところ二人に。
 そしてついに出てしまった新たな犠牲者。ここに至り、定家は前作で共に事件に挑んだ美貌の天才僧にして傍若無人の毒舌家・長覚の出馬を依頼することになるのですが……


 前作を読み終えた時には、これだけの完成度の作品に続編を作れるのだろうか、とまことに失礼ながら心配してしまったのですが、もちろんそれは杞憂であった本作。
 共に和歌を題材としつつも、前作が和歌に込められた秘密を読み解く一種の暗号ミステリであったのに対し、本作はむしろ、歌そのものに込められた意味を読み解き、犯人の犯行を未然に防ぐという、前作とは全く趣向が異なる内容なのに唸らされます。

 何しろ、殺害予告の対象とされた当代の六歌仙が誰であるのか……それがまったくわからないのが面白い。
 それも単に六人ではなく、六歌仙――在原業平・僧正遍昭・喜撰法師・大伴黒主・文屋康秀・小野小町――の誰が誰にあたるのか、手掛かりがあるようで手掛かりがない状態なのが心憎いのです(そして、自分が、美男で知られた業平だったら、と夢想してしまう定家がおかしい)。

 さらに、殺害予告たる歌と、その完了通知ともいうべき弔歌が送られるタイミングが、必ずしも一定ではない――最初の二人は同時に送られ、次は歌から少しおいて弔歌が送られるなど――というのが、またややこしくも興味深いのであります。

 正直なところ、前作に比べると伝奇性、そしてスケールでは劣る部分はあるのですが、ミステリとしての面白さでは、勝るとも劣らないと言って良いのではないでしょうか。


 しかし私はそれ以上に、複雑怪奇な事件を通じ、その手段とされた和歌という芸術が持つ意味・性質を描き出して見せた点に、本作独自の大きな魅力を感じます。

 それが恋の歌であれ、自然の美を描く歌であれ、詠み手の想いとは無縁ではない和歌。それは、詠み手を通じて現実が歌に読み替えられたものであり、そこにその想いが影響を与える、あるいは想いそのものが読み込まれているとも申せましょう。

 しかし、その想いは必ずしも詠み手本人の真実の想いとは限らず、そしてそこに詠み込まれた現実もまた、本当にそこに存在するものとも限りません。
 限りなく現実に近いようでいて、現実ではない世界。そしてその世界にたゆたう、全てが真実とは限らぬ――しかしそこに一片の真実を含んだ想い。和歌とはそんな芸術であります。

 本作は、そんな必ずしももう一つの現実/真実ともいうべき和歌、現実と虚構が入り交じった和歌の性質を巧みに生かしたミステリであり――そしてそこに浮かび上がるのは、もう一つの現実の中に遊び、虚構の中に現実を託す、人間の哀しくもけなげな生の姿なのです。

 確かに和歌の中に謎を仕込むというのも見事な趣向でありましょう。しかしそれ以上に、和歌という存在の本質を通じ、そこから生まれる謎を描くのは、より和歌ミステリとして見事ではあるまいか……本作を通じ、そんな想いを抱いた次第です。


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