« 島崎譲『風の道・落第忍法帖』 原点になった作品と、原点になれなかった作品と | トップページ | 篠綾子『藤原定家・謎合秘帖 華やかなる弔歌』 和歌というもう一つの現実の中で »

2015.06.11

平谷美樹『蘭学探偵 岩永淳庵 幽霊と若侍』 探偵と犯人とを動かす屈託

 毎回毎回新鮮な趣向で楽しませてくれる平谷美樹の『蘭学探偵 岩永淳庵』シリーズの第2弾であります。故あって無聊をかこつ若き蘭学者・淳庵が、恋人の辰巳芸者・豆吉、親友の火付盗賊改同心・又右衛門とともに、今回も科学を悪に使う者に挑みます。

 優れた蘭学者として将来を嘱望されながらも、ある事件がもとで蘭学界からドロップアウトし、他家に仕えることもできなくなってしまい、行き倒れ同然のところを豆吉に拾われた淳庵。そのまま彼女の家にに居候することになった淳庵ですが、彼の才気が、それで満足するはずもありません。

 かくて、自分や豆吉が町で聞き込んできた怪事・珍事や、又右衛門たち火盗改が持ち込んできた難事件、当時の常識では考えられないような事件に対し、淳庵は己の蘭学の――最先端の科学知識を生かして、謎解きに挑むのであります。

 さて、そんな基本フォーマットで展開する本作に収録されているのは、前作同様、「蚕と毒薬」「犬と砂」「幽霊と若侍」「球と箱」4つのエピソード。
 いずれも淳庵と豆吉、又右衛門をはじめとするキャラクター、そしてもちろん「科学的」トリックの内容が面白く、安心して読めるエピソード揃いであります。。

 個人的には、前作の第1話のような一歩間違えればバカミス的大仕掛けが好きなので、今回は比較的抑え目に感じましたが、人情もの(のフォーマットの)作品あり、アリバイ崩しあり、バラエティーに富んだ内容となっているのは、もちろん悪くありません。


 そして、そんな本作で特に印象に残ったのは、表題作である「幽霊と若侍」であります。

 本作のヒロインである豆吉は、捕物の際には自ら得物を手にして大の男を叩き伏せるほどの武術の達人ですが、実は旗本の娘。
 その設定自体は前作でも語られていましたが、このエピソードでは、そんな彼女が家を出た理由と、淳庵との絆が描かれることとなります。

 この数日間の豆吉の不審な行動に、新しい男ができたのではないかと焦る淳庵。普段は過剰なほどの自信家の彼が、得意の推理も働かなくなるほど悄れるのがまたおかしいのですが、しかしそこに彼のキャラクターの特徴があります。

 そう、淳庵は、大きな屈託を抱え、それを原動力とする男。蘭学者としての道を半ば立たれ、己の才を活かすことのできない屈託が、彼を悩ませ、そして皮肉にもそれが彼を探偵として活躍させているのです。
 このエピソードでは、ふとした事件がきっかけに浮き彫りとなる、そんな淳庵と彼を想う豆吉の、素直になれない二人の関係――そしてそんな二人を気遣う又右衛門――の関係性が実にいいのであります。


 そしてもう一編、そんな淳庵の特異なキャラクターが生きるのがラストの「珠と箱」でありましょう。
 背景事情を考えれば一ヶ月前に殺されているはずが、どうみても数日前に殺されたとしか思えない状態の死体に対し、どうすればその状態を再現できるか、というトリック(そしてアリバイ)破りの一編ですが、注目すべきは、事件の背後にいるのが、淳庵の宿敵たる悪の蘭学者・森堤蛙。このどこかで聞いたような名前の男、淳庵はその正体をかの大蘭学者・平賀源内と見ており、奴にできることならば俺にも……と、俄然闘志を燃やすのであります。

 それにしても源内が悪の首魁というその意外性もさることながら、考えてみると、淳庵と源内は実は共通点が多い二人。
 溢れんばかりの才と自信を持ちながらも、半ばそれが元で世に受け入れられず(奉公構い状態なのも同じ)、屈託を抱えて、己の頭脳を本来の目的とは異なる方向に蘭学者――淳庵と源内はいわばコインの裏表のような存在なのであります。

 なるほど、自分の最大の敵は自分、淳庵が戦い、乗り越えるべき相手として、これ以上の存在はありますまい。

 もちろん、源内にはまだ秘密がありそうな印象もありますし(というよりあって欲しいのですが)、蘭学者としてはやはり源内に一日の長がある様子。
 果たして淳庵は源内を乗り越えることができるか……それが描かれる時が楽しみなような、不安なような気がいたします。


『蘭学探偵 岩永淳庵 幽霊と若侍』(平谷美樹 実業之日本社文庫) Amazon
蘭学探偵 岩永淳庵 幽霊と若侍 (実業之日本社文庫)


関連記事
 『蘭学探偵 岩永淳庵 海坊主と河童』 科学探偵、江戸の怪事に挑む

|

« 島崎譲『風の道・落第忍法帖』 原点になった作品と、原点になれなかった作品と | トップページ | 篠綾子『藤原定家・謎合秘帖 華やかなる弔歌』 和歌というもう一つの現実の中で »

コメント

コメント失礼致します。

 「どこかで聞いたような名前の男」、僕も気になっておりました。あの名前はやはりあの教授なんだろうなあと。一作目のときは全く気にしていなかったんですが、作中でもコンサルタントみたいな立ち位置ですし。
 他の登場人物も、ひょっとしたらアナグラムとか直訳とかなのかも、とか、読みながらずっと思っておりました……。

 いつも拝見させていただいておりまして、次に読む本の参考にさせていただいております。これからも更新楽しみにしております。

投稿: sn@散財 | 2015.06.12 20:06

sn@散財様

いつもご覧いただいているとのこと、どうもありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。

さて、やっぱりあの人物のネーミングの由来はあれだとして、そうすると主人公側の方は……と思ってしまうのですが、相棒が女性のあたり、もしかするとアメリカドラマの『エレメンタリー』なのかな、などと思ったりもしました。

投稿: 三田主水 | 2015.06.13 23:40

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/61720265

この記事へのトラックバック一覧です: 平谷美樹『蘭学探偵 岩永淳庵 幽霊と若侍』 探偵と犯人とを動かす屈託:

« 島崎譲『風の道・落第忍法帖』 原点になった作品と、原点になれなかった作品と | トップページ | 篠綾子『藤原定家・謎合秘帖 華やかなる弔歌』 和歌というもう一つの現実の中で »