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2015.06.10

島崎譲『風の道・落第忍法帖』 原点になった作品と、原点になれなかった作品と

 Kindleなど電子書籍の利点の一つは、これまで諸般の事情で書籍化されていなかった作品も、電子書籍化により簡単にアクセスできるケースが増えたことでしょう。今回紹介する2作品も、これまで書籍化されていない、それどころか作者の(現ペンネームでの)デビュー前の作品であります。

 島崎譲といえば、多岐にわたるジャンルで活躍しつつも、『青竜の神話』(こちらも電子書籍化によって新たに生まれ変わったため、近日中に紹介したいと思いますが)をはじめとする時代ものがまず浮かびます。
 この2作品も、いずれも時代もの。1984年の作品ということですが、今から約30年前のものとは思えぬ、作者のその後の活躍を感じさせる作品です。


 収録作のうち、『風の道』は、親の顔も知らぬまま育てられた孤独な青年忍び・丈太郎を主人公とする一編であります。

 家督相続問題で揺れる藩の守旧派側に雇われた彼は、藩主の嫡子・忠広を狙うのですが、思いもよらぬ武術の腕と賢明さを持つ忠広の前に失敗。しかし忠広は彼を許し、己の道を歩めと解き放ちます。

 とは言われたものの、忍び以外の道は知らず、そして任務を放棄した形となって仲間のもとにも帰れぬ丈太郎。
 そんな彼は、周囲の者から迫害される貧しい少女と出会ったことで一筋の光明を見いだすのですが、しかしその前に師をはじめとする忍びたちが……

 と、物語としては比較的オーソドックスではあるものの、一種の青春もの的味わいを加えた忍者ものとして十分に面白い本作。
 主人公と師の因縁についてはある程度予測がついてしまうのですが、悩める主人公が道を見いだすのが、自分と同じように孤独な少女との出会いを通じて、というのは悪くありません。

 しかし何よりも驚かされるのは、その絵的なクオリティでありましょう。もちろん、一種の粗さ、古さは感じなくもないのですが(この辺り、作者がどのような作家の影響を受けているか考えてみるのも楽しいのですが)、受ける印象はそれ以降、現在までの作者のそれそのまま。

 もちろんこれは、作者の絵がデビュー前からそのまま、ということではなく、むしろその時点からほぼ完成されていた、ということであり……作者の原点はまさにここにある、と言えるのではないかと感じた次第。

 ちなみに一つだけ残念なのは、なかなかに魅力的だった忠広の出番が少ないことで……(そして、いきなり鎖分銅を握ったのにはちょっと噴き出しそうに)


 一方、『落第忍法帖』は、タイトルから察せられるとおり、忍者学校の落第生・信太郎を主人公とするコメディなのですが……作者曰く、「最後のコメディ作品」というのが凄まじい。
(ちなみに、「忍者学校」「落第忍者」と聞いて連想する作品よりも2年早い発表であります)

 コメディ全盛の当時、デビューを狙いやすい……という理由で描いたものの、自分を曲げて周囲に迎合するのはいかがなものか、という理由で封印されたという本作。
 なるほど言われてみれば当時のコメディはこんな感じでありましたか、という印象はありますが、しかしキャラといい、忍法を用いたギャグといい(さらにちょっとしたどんでん返しもあって)、なかなかに楽しめます。

 これであればコメディも十分にいけたのでは、というのは、読者の勝手な印象でしょう。
 むしろここは、それだけの器用さを持ちながら、きっぱりと自分の志向に合わぬものを切って捨てた――そしてそれが今に至るまで貫かれている=間違っていなかった――作者の判断力・決断力に感心するべきでありましょうか。


 同時期に描かれながらも、原点と言うべきものとなった作品と、原点になれなかった作品……作者のファンとしては、実に貴重なものを見せていただきました。


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風の道・落第忍法帖

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