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2015.06.25

上田秀人『百万石の留守居役 五 密約』 不可能を可能とする戦いに挑め

 スタートダッシュから勢いを失うことなく、気付けばもう第五作目となった『百万石の留守居役』。五代将軍に綱吉が決まったことで終結したかに見えた暗闘は、なおも形を変えて続き、その中に前田家が、瀬能数馬も巻き込まれていくこととなります。

 宮将軍擁立も潰え、死に体となったかに見えた大老・酒井忠清が仕掛けた無謀とも見える策。
 伊賀忍びが、前田家の加賀忍びから奪った手裏剣を使って綱吉を襲撃するというこの策により、前田家の立場は一気に悪化するのでありました。

 何しろ、自分には全くその気はなかったとはいえ、前田綱紀は一度は将軍に推薦された人物。綱吉にとっては己の地位を脅かす敵であります。
 その命を受けた綱吉の寵臣・堀田正俊も、前田を疑いつつも、同時に酒井の逆襲の可能性も捨てられず……と、皆が疑心暗鬼に取り憑かれた状態となるのでありました。

 と、そんな状況下でものを言うのは「情報」。そしてそれを収集する役目こそは留守居役であります。
 そう、ここで数馬の出番……とすぐにはならないのが、新参者の辛いところ。いかに麒麟児とはいえ、まだまだ数馬は留守居役としては見習い同然、留守居ならぬ留守番が彼の主たる役目で――


 しかしもちろん、それで彼の出番が終わるはずもありません。新参者与し易しと彼に伸ばされる魔手――甘言と脅しと、硬軟使い分けて忍び寄る相手に、独り挑むことになった場面こそ、数馬の独壇場、口と剣と、ここで見せる彼の冴えは、これぞ主人公、と言いたくなるような痛快さであります。

 そして彼の出番はまだ終わりません。事態収集のため、ついに頂上会談を行うこととなった綱紀と正俊。
 しかし事件の渦中にある二人が会ったと知られれば、さらなる波紋を生み出すことは確実、それでは……というところで数馬に意外な役割が回ってくるのも面白い。

 とはいえ、活躍ばかりでもなく、彼の存在が意外な窮地を……と、ここから先は伏せましょう。

 いずれにせよ、複雑怪奇な政治情勢の中で数馬を埋没させずに活躍させてみせる――それもリアリティを保ちつつ――のにはただ感心するばかり。
 そして、その数馬の存在がまた周囲に複雑な波紋を生み、それが物語をさらに動かし……というところまでくると、これは作者ならではの巧みなさじ加減と言うほかありません。


 さらに、本作の面白さは、そんな一種のキャラクター性に留まりません。
 数馬がその任に就く留守居役というお役目――そして彼らが行う「外交」というものの怖さ、奥深さが、本作をさらに面白くしていると感じます。

 幕府と藩、藩と藩――そのプレイヤーはそれぞれでありますが、異なる立場にある存在が接触する時に、ポジティブであれネガティブであれ、必ず発生する反応。
 それを時に最小限に抑え、それを時に最大限に利用する――そのための活動が「外交」でありましょう。

 百万石という、大名のうちでも破格の存在でありながら、正面切っての争いでは決して幕府には勝てない前田家。
 しかし外交を通じてであれば、決して膝を屈するばかりではなく、幕府と対等にやりあうことも不可能ではないのであります。
(そしてもちろんそれは、前田家もまた、自分よりも弱き存在に屈する可能性もあるということですが……)

 不可能を可能にする戦い――これは主人公が参加するにふさわしいものでありましょう。
 留守居役という、地味なイメージのある存在を中心に据え、まことにエキサイティングな物語を展開してみせる……本作に、本シリーズに大いに魅力を感じる所以であります。


『百万石の留守居役 五 密約』(上田秀人 講談社文庫) Amazon
密約 百万石の留守居役(五) (講談社文庫)


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