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2015.06.08

長谷川卓『嶽神伝 孤猿』上巻 激突、生の達人vs殺人のプロ

 「外れ」として一人暮らす無坂は、ある事件がきっかけで、太原雪斎と知り合う。折しも武田信虎の庶子・太郎が攫われたことから、二ツの力を借りて太郎を追う無坂。一方、武田晴信は太郎暗殺のために精鋭集団「かまきり」を放つ。さらに上杉の軒猿も動き出す中、山の民たちは争いの渦中に……

 嶽神サーガとも言うべき長谷川卓の山の民ものの最新作であります。主人公の一人は山の民・木暮衆の一人・無坂――前作『嶽神伝 無坂』から引き続いての登場となります。

 前作において、よんどころない事情から山の民の掟に背き、4年の間、「外れ」として木暮の里から離れることとなった無坂。放浪の旅の途中、風変わりな少年・日吉と出会ったのを幕開けに、無坂は再び戦国のうねりの中に巻き込まれることとなります。

 忍びの群れに襲われていた今川家の軍師・太原雪斎を助けたことから、彼の下に一時身を寄せることとなった無坂と日吉。
 そんな彼に対し、雪斎は、今川家で隠居状態の武田信虎の庶子・太郎が、山の民に攫われたことを打ち明け、助力を求めてくるのでありました。

 それに応え、日吉の知人であり、かつて自身も関わりを持った南稜七ツ家の二ツを助っ人に旅立つ無坂。
 そしてかつて無坂と共に戦った山の民・月草と真木備もまた、武田の精鋭忍び集団「かまきり」に追われていた長尾家の忍び・軒猿の男を助けたことから、この一件に巻き込まれることとなります。

 この機に乗じて武田晴信(後の信玄)から太郎暗殺の命を受けた「かまきり」。その動きを知り、「義」の名の下に、長尾景虎(後の謙信)から太郎保護を依頼された月草と真木備、そして軒猿の面々。そして「かまきり」とかつて死闘を繰り広げた二ツ。
 幾重にも入り組んだ因縁の末、山の民・軒猿連合と「かまきり」は、太郎争奪戦の中で幾度となく死闘を繰り広げることに……


 戦国時代の関東・甲信越の情勢と密接に関わりつつも、あくまでも山の民の生活を中心に描かれた前作。それに続く本作は、その内容を踏まえつつも、よりアクションに寄った――ジャンルで言えば、むしろ忍者もの的な印象があります。

 この上巻の中心となるのは、上で述べたとおり、無坂たち山の民と「かまきり」の死闘。そこで描かれるのは、山で暮らし、自然を友とする山の民ならではの縦横無尽のアクションと、殺人のために腕を磨いてきた「かまきり」たちの秘術のぶつかり合いであります。

 それぞれに並の武士とは異なる技の持ち主同士が激突するというシチュエーション自体がまず盛り上がりますが、それが己が生き抜く術の達人と、冷酷な殺人術のプロとという、ある意味全く相反する相手同士というのも、また実に興味深い対決ではありませんか。

 そしてそれ以上に、以前からの作者のファンにとって嬉しいのは、本作が作者の山の民ものの源流である『南稜七ツ家秘録』二部作のミッシングリンクを埋める内容であることでしょう。
 本作の主人公の一人である二ツは、元々はこの『南稜七ツ家秘録』の主人公。その少年時代を描く『血路』、そして晩年を描く『死地』――本作において描かれるのは、二つの作品の間で大きく空白となっていた、彼の謎めいた生き様の一端でもあるのです。

 実は前作のラストは、『血路』のラストにオーバーラップするもの。すなわち、本作は『嶽神伝』の続編であると同時に、『南稜七ツ家秘録』の続編でもあるわけで――これが嬉しくないはずはありません。


 しかし、忍者たちとの死闘や、シリーズものとして趣向も、全ては確たる地盤があってこそ。そして本作におけるそれは、無坂に象徴される山の民の生であります。

 里の民の持たぬ自由を持ちながらも、しかし同時に厳しい掟を持ち、そして外部の民からの差別に晒される山の民。
 本作で登場する子売りを生業とする集落や、掟で男たちを皆殺しにされ女たちだけの「外れ」となった集落などは、その過酷な生の現れの一つであります。

 しかし、過酷な生だからこそ、その中から生まれる善きものが生まれることもあります。通常の武士たちから見れば異質でしかない無坂たちの義と情を重んじる生き様は、その過酷さの裏返しとも言うべきものでしょう。

 その義と情によって、武士たちの争いの渦中へと巻き込まれていく無坂たち。その生の向かう先は――下巻を早く手に取ることとしましょう。


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