« 越水利江子『うばかわ姫』 真実の美しさを生み出すもの | トップページ | 小松エメル『一鬼夜行 雨夜の月』(その一) 三兄弟の挑んだ試練 »

2015.07.12

鏑木蓮『イーハトーブ探偵 山ねこ裁判 賢治の推理手帳II』 真に裁かれた者の名は

 あの宮沢賢治が名探偵として活躍する『イーハトーブ探偵 賢治の推理手帳』が帰ってきました。賢治と親友の藤原嘉藤治――ケンさん、カトジと呼び合う仲の二人が、大正の東北で起きる不可思議な事件に挑む連作短編集は、いよいよ味わいを増してきた印象であります。

 大正12年――それぞれ花巻農学校と花巻女学校の教員をしていたケンジとカトジ。ともに本来であれば探偵などとは全く縁のない暮らしですが、しかし、不可思議な出来事があると、俄然持ち前の好奇心を燃やすのがケンジの性格であります。
 かくて、きっかけは様々なれど、事件に巻き込まれたケンジは、その観察眼と豊富な知識、そして猪突猛進の行動力で謎解きにまっしぐら、後から心配しいしいカトジがついて行く……という展開となります。

 そんな基本フォーマットを踏まえた本作に収録されているのは、全部で5つの短編。
 石工会社の社長が採石場で石に潰されて亡くなった事件の真相を探る『哀しき火山弾』
 とある名家に代々伝わる宝珠の中から、秘仏が忽然と消えた謎『雪渡りのあした』
 完全な密室の蔵から、次々と高価な品物が盗み出された事件に潜む悲しい想いを描く『山ねこ裁判』
 肝試しをしていた生徒たちが墓場で聞いた言葉に秘められた真実『きもだめしの夜に』
 二人の男に想いを寄せられた娘が、彼らの眼前で首を吊った謎を解き明かす『赤い焔がどうどう』

 前作同様、トリッキーな事件でありつつも、今回もフェアな推理が、ケンジによって行われることとなります。


 さて、最初に触れたように、探偵でも警察でもないのにもかかわらず、事件に首を突っ込んでいくケンジ。
 依頼されることもあれば、偶然その場に居合わせることもあり、彼がその事件を知り、興味を抱くのに毎回きちんと必然性はあるのですが……しかし本作においては、それ以上に彼が謎解きに没頭する理由があります。

 本作の舞台は、先に述べたとおり大正12年。前作は11年ですから、一年後ということになりますが――その間に、ケンジにとって大きな、大きすぎる出来事があったことは、ケンジのファンであればご存じでしょう。それは、彼の最愛の妹であったトシの死、であります。

 良き理解者であった彼女の生と死に対する彼の想いは、『永訣の朝』などの詩に鮮烈に残されていますが、本作の舞台となっているのは、その影響が強くケンジに残っていた時期なのであります。
 ショックのためか、創作の筆を折っていたケンジ。そんな彼にとって、謎解きは一種の気晴らしであり……そして事件の中の生と死を見つめることは、トシのそれを受け入れることに繋がっていくものであったのです。

 前作同様、本作で描かれる事件のどれも皆、事件のための事件というものはありません。どの事件もそれぞれに、この時代、この場所で起きるべくして起きた――時代性を背負った事件なのであります。

 そしてそうした事件に挑むことは、ケンジにとっては、彼が終生考え続けた、皆が幸せになる世界――イーハトーブの希求であり、そしてそれを阻むこの世の悲しみ、苦しみ、矛盾との対峙でもあります。

 そうした点から、本作で最も印象に残るのは、表題作の『山ねこ裁判』でしょう。

 正直に申し上げれば、本作はミステリとして見た場合、真犯人がすぐに予想がつく形となっており、その意味での歯ごたえはさまでない作品ではあります。
 しかし――ケンジが知った事件の真相、何よりも、彼がそれにたどり着くに至った証拠からは、この時代、この作品ならではの痛切なものを感じさせます。

 タイトルの『山ねこ裁判』は、ケンジの『どんぐりと山猫』から取ったものですが、事件が、真犯人が裁かれた後に本当に裁かれた者は誰だったのか……それが明らかになった時、我々は粛然たる気持ちにならざるを得ないのであります。


 正直に申し上げれば、純粋にミステリとして見た場合には、前作に比べれば小粒な印象はある本作。しかし、そこに込められたものの重さと、それに挑むケンジの想いの強さは、より先鋭化しているやに感じられるのであります。


 ちなみに、本作の解説は漫画家のますむらひろし(!)。比べるのも恐れ多いのですが、私のしかつめらしい文章とは全く異なる、生の賢治について語る解説は必見であります。


『イーハトーブ探偵 山ねこ裁判 賢治の推理手帳II』(鏑木蓮 光文社文庫) Amazon
イーハトーブ探偵 山ねこ裁判: 賢治の推理手帳II (光文社文庫)


関連記事
 『イーハトーブ探偵 ながれたりげにながれたり 賢治の推理手帳』 本格ミステリと人の情と

|

« 越水利江子『うばかわ姫』 真実の美しさを生み出すもの | トップページ | 小松エメル『一鬼夜行 雨夜の月』(その一) 三兄弟の挑んだ試練 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/61874454

この記事へのトラックバック一覧です: 鏑木蓮『イーハトーブ探偵 山ねこ裁判 賢治の推理手帳II』 真に裁かれた者の名は:

« 越水利江子『うばかわ姫』 真実の美しさを生み出すもの | トップページ | 小松エメル『一鬼夜行 雨夜の月』(その一) 三兄弟の挑んだ試練 »