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2015.07.07

史間あかし『あやし絵刺繍幻燈譚』 時代の境目に生きる人々への救い

 先日ご紹介した『町医者風尹の謎解き診療録』の史間あかしが、同じ富士見L文庫から発表した明治もののファンタジーであります。文明開化――日本古来の文化芸術が忘れられがちな時代に、幼なじみが営む織物屋に勤める原画師の早苗と刺繍師の瑞穂の兄弟が、奇怪な事件に挑むことになります。

 早苗は物静かなお人好し、瑞穂は傲岸不遜な自信家と、正反対の性格ながら、共にそれぞれ優れた腕を持ち、肩を寄せ合って生きてきた二人。そんな二人が巻き込まれたのは、とある華族の屋敷に眠るという、呪われた刺繍にまつわる事件でありました。

 曰く付きの刺繍コレクターでもある上得意の子爵の依頼を受け、その孫娘の駒子とともに屋敷を訪れた二人を待っていたのは、もの狂いしたような奥方と、能面を被り、刺繍の前にから動こうとしないその息子・緋扇丸。
 心を閉ざした彼に共感し、その刺繍――安珍と清姫、すなわち『道成寺』を描いたと思しい刺繍を修復することで彼の心を解き放てるのではないかと早苗は考えるのですが……実は瑞穂には大きな秘密がありました。

 古代から連綿と受け継がれてきた、刺繍したものに魂を宿し、具現化させるという秘術――瑞穂はその現代の伝承者だったのであります。
 その特異な力ゆえ、時に周囲から忌避され、時に権力者たちに利用されてきた秘術の伝承者たち。これまでただ一度の例外を除き、決してその技を使うことはなかったのでした。

 それでも決意を固め、早苗が原画を、瑞穂が刺繍をした清姫がうみだされた時、事態は思わぬ方向に展開していくことに……


 衣服に、装飾品に、我々の生活の中で、ごく普通に目にする刺繍。しかし芸術品としての刺繍には、普通の生活ではなかなかお目にかかれない――というより、芸術品としての存在を知らないことすらあり得る――のではないでしょうか。

 本作は、そんな身近なようでいて知らないことも多い刺繍を中心に据えた作品。芸術もの、職人ものは数あれど、刺繍職人を主人公とした、それもファンタジー要素の強い作品は、珍しいのではないでしょうか。
(ちなみに、作中でも言及されているように、子供の衣服に縫い込む背守りなど、ある種の呪力を持つと考えられていた刺繍は、ファンタジーとは相性が良いと言えるかもしれません)

 もちろん、本作はもの珍しさのみを売りにしている作品ではありません。人に取り憑くという奇怪な刺繍の謎を縦糸に、瑞穂が受け継ぐ伝説の秘術の存在を横糸に――
 複雑に絡み合った中から浮かび上がるのは、文明開化の明治という、ある意味時代の境目に生きる人々の、満たされぬ想いであります。

 早苗が、瑞穂が、駒子が、緋扇丸が、子爵が……本作の登場人物たちが抱えるのは、過去の悔恨、未来の不安といった想い。
 もちろんそれぞれがそれぞれの形で抱えるそれは、江戸という過去を否定し、明治という未だ定まらぬ未来に向かおうとする者たち特有の――それでいて、現代の我々にもどこか馴染み深い――想いなのです。

 そして、早苗が描き、瑞穂が縫う刺繍がもたらすものは、その想いへの救済。新しい時代の苦悩から人々を救い出すのが、数々の時代を重ねてきた伝来の技が生み出す美というのは、なかなかに象徴的ではありますまいか?


 あえて申し上げれば、後半のどんでん返しが、いささか唐突に感じられた――○○という以外、共通点が存在しないように見えてしまうのが残念――きらいはあります。

 しかし、刺繍という珍しい題材を扱いつつ、その存在を過不足なく語り(いささか盛り込み過ぎの感があった前作からの変化は大きいと感じます)、ステロタイプに終わらない様々なキャラクターを描いてみせたのは、大いに評価されるべきでありましょう。

 江戸の町医者に明治の刺繍職人――はたして作者が次に描くのは誰か、今から楽しみになるではありませんか。


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あやし絵刺繍幻燈譚 (富士見L文庫)


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