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2015.07.03

高井忍『柳生十兵衛秘剣考 水月之抄』(その一) 剣術無惨の根源に

 柳生新陰流の麒麟児・柳生十兵衛と、手裏剣の達人・毛利玄達が諸国を巡る中、剣豪たちの様々な逸話・秘伝に秘められた真実を突き止める短編連作『柳生十兵衛秘剣考』、待望の第二弾であります。今回二人が挑むのは三つの流派にまつわる謎の数々。いずれも剣豪ファン垂涎の物語であります。

 いかなる理由か、お役目を解かれて今は気楽な廻国の旅の柳生十兵衛。そんな彼とかつて立ち会い、これまでもしばしば十兵衛と旅を共にした女武芸者・毛利玄達。
 そんな腐れ縁とも言うべきおかしな二人が、今回も探偵役となります。

 最初の作品『一刀流“夢想剣”』で描かれるのは、兵法史上最も有名かつ重要なものの一つであろう、伊東一刀斎の道統を継ぐ二人――大峰の善鬼と神子上典膳、後の小野次郎右衛門の決闘。
 この決闘に勝ち残り、一刀流を継いだ次郎右衛門が亡くなり、幼少期に因縁のあった十兵衛が、彼の墓参りに出かけたことから、思わぬ真実を知ることとなります。

 さて、二人を争わせた伊東一刀斎という剣豪は、その盛名にも関わらず、謎多い人物でもあります。如何にも剣豪的な逸話には事欠かないものの、その出自はおろか、晩年のことも――その最期も含めて――知られていないのは明らかに不審というべきでしょう。
 二人の決闘を通じて本作で語られるのは、まさにその一刀斎にまつわる謎なのです。

 なぜ一刀斎は消えたのか――ここで扱われるのは、ミステリ的には基本中の基本とも言うべき一種のトリック。しかし剣術の伝授、相伝という世界においては、それがむしろ当然とも思わされてしまうのが心憎い。
 そしてそれが次郎右衛門にもたらしたものを思えば、何とも切ない後味が残ります。


 第二話『新陰流“水月”』は、タイトルこそ新陰流ですが、中心となるのは一羽流と微塵流の血で血を洗う闘争の物語であります。
 病に伏した師・諸岡一羽を捨て、一人江戸に出た根岸兎角。その没義道な行いに憤った同門の岩間小熊は衆人の前での決闘で兎角を破ったものの、後に風呂に入っている際に兎角の門人たちに討たれ……
 血で血を洗う、無惨一羽流とも言うべき逸話ですが、命を狙われた兎角のかつての門人の孫を救ったことがきっかけで、十兵衛と玄達は思わぬ謎の存在を知ることとなります。
 上記のとおり、風呂で命を落とした小熊。しかしその風呂は完全に閉ざされた空間であり、そこには下手人の姿もなければ凶器の存在もなかったというのです。

 閉ざされた風呂の中で、誰が、どうやって小熊を殺したのか――そう、本作で描かれるのは密室トリックなのであります。
 まさかこのエピソードから密室ものが、と作者の着眼点に驚かされますが、しかし真に驚くべきものは、ハウダニットの先にある、ホワイダニットの中身でしょう。

 なぜ小熊は死ななければならなかったのか……そこに秘められたものは、剣術というものが本質的に持つ残酷さだけでなく、その根源にある、人間という存在が秘める負の部分。果たして本当の勝者は誰なのか、「水月」を喩える十兵衛の言葉が印象に残ります。


 残る一話は、長くなりますので次回紹介いたします。


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