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2015.07.21

鳴神響一『鬼船の城塞』 江戸の海に戦う男たち

 寛保元年、日本近海では、謎の赤い巨船の目撃が相次ぎ、「鬼船」と呼ばれ恐れられていた。焔硝探索の命を受け、御用船で伊豆諸島を巡っていた鉄砲玉薬奉行・鏑木信之介は、ある日この鬼船に遭遇、御用船の乗員は皆殺しにされ、鬼船を操る阿蘭党に一人捕らわれてしまう。果たして阿蘭党の正体とは……

 デビュー作『私が愛したサムライの娘』で第6回角川春樹小説賞を受賞した鳴神響一の第二作は、なんと海洋冒険活劇。時代小説・歴史小説では脈々と存在し続けているものの、決して数は多いとは言えないこのジャンルに、真っ向から挑んでみせた作品であります。

 舞台となるのは、八代将軍吉宗の治世も末期の頃。日本近海で、この国のものとも思えぬ巨船が出没し、近づいた者は一人も帰ってこないという、半ば伝説のような「鬼船」の存在が、海上を行く者の間で語られていた……という出だしから大いにそそられる本作。

 御役目で海に出ることとなった直参旗本・鏑木信之介は、洋上でこの鬼船に遭遇、腕に覚えの剣術で奮戦したものの、彼一人を残して船は沈没、自分は鬼船に捕らわれ……と、名作『海底二万哩』を思わせる冒頭の展開であります。

 実は鬼船を操っていたのは、館島(今の父島)を根城とする阿蘭党。戦国時代の後北条水軍の残党であり、遡れば鎌倉時代の梶原景時にまで至るという海賊であります。
 剣の腕を認められて彼らの賓客となった信之介は、島では女子供も含めた人々が平和に、安らかに暮らしているのを目の当たりにしますが、しかし仲間を皆殺しにされた彼のわだかまりがすぐに解けるはずもありません。

 そんな中、島に現れた新たな船影。鬼船を遙かに上回るその巨船はイスパニアの軍艦――ある目的を秘めて日本を目指してきたイスパニア海軍は、館島を自分たちの基地とすべく、攻撃を開始します。
 否応なしに戦いに巻き込まれた信之介は、阿蘭党とともに、圧倒的な戦力を誇るイスパニア軍に挑むことに……


 言うまでもなく日本は周囲を海に囲まれた島国、それゆえ時代小説でも海を舞台とした作品は数多い……とは必ずしも言い難いのは冒頭に述べたとおりですが、その理由の一つは、やはり江戸時代の鎖国政策でしょう。
 簡単には遠洋に出られなくなった時代を舞台に、どうすれば海洋ものを描くことができるか……本作はその答えの一つであります。

 秀吉に破れた北条水軍の残党が、南方に脱出していたというのは、北条家が紀伊出身の梶原水軍を抱えていたという史実を考えれば決してあり得ない話ではありません。
 また、日本で鎖国していた間、世界の海の覇権を賭けて、ヨーロッパ諸国が激しい争いを繰り広げていたことを考えれば、本作の物語は、歴史の間隙を突きつつも、十分なリアリティを備えたものと言えましょう。

 そして本作のさらに巧みな点は、北条残党の海賊とイスパニア海軍とを結びつけるに、日本のある国内事情を用意してみせた点でしょう。
 イスパニア軍艦に同乗する謎の日本人武士・久道主馬――故国を裏切り異国についたかのように見えたこの男の正体には、そう来たかと(特に作者の作品の読者は)唸らされることでしょう。

 しかし、もちろんこれらの設定は、言ってみれば物語の背景を構成するもの。あくまでも、舞台となる海の、船の描写あってこそですが――その点も本作は問題ありません。
 様々な姿を見せる海の描写はもちろんのこと、何よりも船の描写、そしてその船を舞台とした、あるいは船同士の戦いの描写は相当のもの。特に物語の後半で繰り広げられる阿蘭党とイスパニア軍の決戦の迫力には、なかなかに引き込まれるものがあります。


 もちろん、残念な点がないわけではありません。阿蘭党に対する信之介の心情の変化は、本作の物語において欠くべからざる部分だけに、もっともっと踏み込んでも良かったのではないかと――阿蘭党の面々がなかなかに魅力的だっただけに――個人的には感じます。
 また、イスパニア側も、それなりに理由や事情はあるものの、敵役の域を出ない描写であったように思えます。

 しかし、それで本作ユニークの魅力が帳消しになるかと言えば、少なくとも読んでいる最中は物語に没頭し、一気に痛快極まりないラストまで連れ去られてしまった、と申し上げればよろしいでしょう。
 魅力的なこの世界で、まだまだ物語は、キャラクターは描ける……この一作で終わってしまうのが惜しい作品であると感じた次第です。


『鬼船の城塞』(鳴神響一 角川春樹事務所) Amazon
鬼船の城塞


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