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2015.08.28

『天穹は遥か 景月伝』第1巻 武侠か歴史か、向かう先は

 大正妖怪漫画『書生 葛木信二郎の日常』の倉田三ノ路の新作は、中華もの――それも(おそらくは)架空の中華風世界を舞台にした、武侠ものの色彩も強い作品であります。故あって国妃の兵に追われる少年と、護衛を生業にする剣士と……二人の出会いから物語は始まることとなります。

 幾つもの国が互いに激しく相争い、世情混沌とした「中原の地」。その一つ「舜」のヒョウ局(護衛業。ヒョウの字は「金+票」)の剣士・暁天が出会ったのは、一仕事終えたある街で、舜の兵に追われる青年・朱潤と、彼を師兄と呼ぶ少年・景月でありました。
 自分の眼前で捕らわれた二人を助け出した暁天。しかし逃走の途中に朱潤と思わぬ別れを告げることとなった暁天は、朱潤から景月を――そして本人自身も知らぬその出生の秘密を――託されることになるのですが……


 ヒョウ局、という存在をご存じの方は、武侠小説ファンを除けば、残念ながらほとんどいないのではないでしょうか。
 ヒョウ局とは、簡単に言ってしまえば、上で軽く触れたように、一種の護衛・用心棒業……あまりに広い大陸において、国家による治安維持が行き届かない時代に、各地を行き来する商人や旅人を護衛することを生業にしたヒョウ師の集団のことであります。

 街を離れればいつ山賊やならず者に襲われるかわからない稼業故、当然彼らに求められるのは度胸と機転、そして腕っ節。任務に失敗すれば金や信用はもちろんのこと、命も失いかねぬ危険な稼業であります。
 中には護衛だけでなく輸送そのものを請け負う者もあり、現代の運送業者的な存在として成功する者も現れたりなどとなかなかユニークなこのヒョウ局、武侠ものにはしばしば様々な形で登場いたします。
(武侠ファンであれば、金庸の名作『笑傲江湖』冒頭で悪人たちに一族郎党を殺された林平之の実家……と言えばおわかりかもしれません)

 しかしあまりに独特な存在故、滅多に日本の漫画に登場することはないこのヒョウ局。
 作者が元々武侠ファンというのは存じ上げておりましたが、ここでヒョウ局の存在を中心に据えた物語を描いてみせたのは、なるほどさすがは……と感心すると同時に、すっかり嬉しくなってしまった次第です。


 しかし……正直に申し上げれば、本作がどこに向かうかはまだまだ見えない、という印象があります。

 書店サイトなどを見れば「本格歴史ドラマ」「ファンタジーではなく本格派」といった(時に挑発的にすら見える)惹句が並ぶ本作ですが……しかしこの第1巻の時点では、歴史ものという言葉から期待されるスケール感はあまり感じられません。

 それは一つには、本作の舞台となる世界が、現実の中国のある時代、ある土地ではなく、中国風の架空の世界による点がありましょう。
 もちろん、歴史ものが必ずしも現実世界を舞台とする必要があるわけではありません。それは古今の架空世界を舞台とした歴史ものを見れば明らかですが……しかしその場合には、物語を支えるだけの架空世界の構築が必要であることも、言うまでもないことでしょう。

 もちろん、現実世界の過去を舞台にすれば、その辺りは省けるものの、今度は史実という大きな縛りがあるのも事実(例えば史実ではヒョウ局が一般化したのは清代とのことですし……)。
 身も蓋もないことを言えば、まだまだマイナーな中国(風)もので架空でも史実でも、初めて触れる読者には関係ないのかもしれませんが……しかし確固たる世界観が物語に与えるものは決して小さなものではありますまい。

 その一方で本作は、武侠ものとして見るにも――もちろん、先に述べたとおりヒョウ局という独特の存在を取り入れているものの――まだ弱いという印象があります。
 確かにキャラクターの個性はさすがと言うべきですが、そのキャラクターたちを活躍させる物語、武侠ものでおそらくは最も重んじられるであろう血沸き肉踊る物語という点では、未だしと言うべきでしょう。


 大変厳しい感想となってしまい恐縮ですが、それも本作が切り開く(ことを目指しているであろう)未知の世界、この作者なればこそ描けるであろう世界を期待してのこと……
 というのは勝手な言い訳でしかありませんが、しかしプロローグであろうこの第1巻を超えた先にあるものを見せて欲しいというのは、武侠ファン、中国歴史ファンとしての正直な気持ちであります。


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