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2015.08.02

『江戸ぱんち 夏』 アベレージの高い市井もの漫画誌

 昨年の秋、今年の春ときて、この夏に三回目の刊行となった『江戸ぱんち』であります。言うまでもなく『お江戸ねこぱんち』の姉妹誌でありますが、 タイトル通り、猫抜きの、女性向け時代漫画誌である本誌、今回もなかなかに収録作のアベレージが高く、おっさんが読んでも楽しめる一冊です。

 以下、特に印象に残った作品をいくつか挙げてみましょう。

『飛び耳茶話』(永尾まる)
 もののけや付喪神ばかりが集まる老縫箔職人・将護のもとで働く抜け首(飛頭蛮)の少女・シノリを主人公とした連作の一編であります。

 使いに出た際、店の客である臨月の女性・お今と出会ったシノリ。
 二人で道を行くうちに大雨が降り始めお今は川に転落、シノリと彼女についてきた蝙蝠の背守りの付喪神によって何とか引き上げられたものの、助けを呼ばなければ危ない状態に……

 普通に考えれば、いかに少女とはいえ、ビジュアル的に少々恐ろしい抜け首。しかし本作においては、誰かのために懸命に生きるシノリの姿を、いささかも他の人間と変わらぬものとして、微笑ましくも暖かく描きます。

 クライマックスはそんな彼女が抜け首として奮闘するのですが――
 なるほど、こういう見せ場の作り方があったか、と感心、さすがはこの作者ならでは……と唸った次第です。


『八朔の朝顔』(栗城祥子)
 幼い頃から朝顔に魅せられたお亀と鶴之助。朝顔職人になると宣言した鶴之助は、しかし長じて後は朝顔のブローカー的な立場で荒稼ぎするようになり、お亀の気を揉ませます。
 そんなある日、多額の賞金がかけられた花合わせに朝顔を出品した鶴之助が、その金でもって吉原の太夫を身請けしようとしていると知ってしまったお亀は……

 江戸ならではの職人の世界と、幼なじみの淡い想いが交錯するというシチュエーションは、実は本書でも何度か登場するのですが、その中でもキャラ配置といい、物語のひねりといい、特に印象に残ったのが本作。
 終わってみればこれ以外の終わりはないと思えるのですが、そこに朝顔職人という一風変わった題材が巧みに絡められ、気持ちの良い人情ものとして成立しております。


『のら赤』(桐村海丸)
 今回も表紙と口絵を飾った作者の作品は、春号に掲載された『桶と田楽』同様、ちょっとおかしなキューピッドの活躍(?)が楽しい逸品であります。

 かつて旅役者と恋に落ち、今は女手一つで赤子を育てるおすず。彼女の長屋にベロンベロンに酔っぱらって転がり込んだ赤助が、その帰り、飲み直しに立ち寄った夜泣きそば屋で出会ったのは……

 とくればこの後の展開は予想がつくかと思いますが、前作に比べると物語的にかなりストレートになった印象の本作。
 それでも十分に読まされてしまうのは、やはり作者の人物・風景描写の巧みさというほかありません。

 健気な女性に男たちのだらしなさ、小汚くも活気に満ちた裏長屋の情景と、江戸の庶民の世界を様々な角度から――それもごくごく自然に切り出してみせるのは、この作者ならではの妙味でありましょう。


 と、取り急ぎ三作品を挙げましたが、それ以外にも、酒の仲買人という珍しい主人公を描いた『恋娘生一本!』(結城のぞみ)、おなじみ猫侍・斑目久太郎が猫と出会う前の物語『猫侍 番外編』(山野りんりん)、なかなか勝ち星に恵まれない力士の奮闘を骨っぽく描く『江戸力士咄』(にしだかな)など、水準以上の作品ばかり。
 収録されているのはいずれも江戸の市井を舞台とした作品ですが、ほとんど全く題材となる商売や舞台が重なることなく、バラエティーに富んでいるのが素晴らしいのです。

 編集者の言を見たところでは、『江戸ぱんち』誌はこの第三号を限りとするようですが、しかし本誌が見せてくれた方向性は、他にはない非常に貴重なものであり、それに見合う内容であったことは間違いありません。
 どのような形であれ、この先の展開にも期待したいと心より思う次第です。


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