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2015.08.27

富樫倫太郎『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』下巻 不可能ミッションに挑む男たち

 明治時代に実際に起きた箱館の土地を巡る外交事件・ガルトネル事件を背景に、五稜郭での蝦夷共和国軍と新政府軍の決戦前夜に繰り広げられた奇想天外な戦いの顛末を描くユニークな物語の下巻であります。密かに進行するロシア秘密警察の箱館乗っ取りの陰謀を阻むべく立ち上がった者たちとは……?

 プロシア人ガルトネル兄弟が蝦夷共和国と結んだ、300万坪を99年間借りるという破格の契約(開墾条約)。五稜郭の戦の終結後にその存在を知った明治政府は、莫大な契約金と引き替えにようやくこの契約を破棄できた……というガルトネル事件。
 本作はその背後にロシア秘密警察の工作員・ザレンスキイの存在を設定、土地の所有権を第三者に移転するのを可能とする条項を契約に含めることで、ガルトネルの土地をロシアが転用しようとする陰謀が展開していくことになるのであります。

 その背景にあるのは、蝦夷共和国の資金難。ガルトネル(すなわちその背後のザレンスキイ)は、この契約を結ぶにあたり6万両の資金提供をちらつかせることで、蝦夷共和国首脳陣の大半を取り込み、これに反対するのは、土方歳三ら、ごく一握りのみ……


 というわけで、この下巻においては、この契約の背後にきな臭いものを感じ始めた土方、そして新政府に対する武装蜂起を計画していた軍学者・平山金十郎、彼の門下生ながら新政府を信じ密かにレジスタンス活動を行う斎藤順三郎の三人を中心に、陰謀に抗する者たちの戦いが描かれることとなります。

 当然ながら慎重の上にも慎重を期して進められるザレンスキイの陰謀。その証拠をいかにして掴むか? そして榎本武揚総裁をはじめとする人々が契約に賛成する中、如何にしてこの契約発効を阻んでみせるのか?
 一種の不可能ミッションもの的様相を呈する物語は、共和国側の土方・平山と新政府側の斎藤と、呉越同舟の人々を結びつけ、怒濤のクライマックスに向かって突き進んでいくこととなります。

 その内容はここでは伏せますが、寡勢が奇策をもって多勢に挑むという不可能ミッションの醍醐味横溢の内容であり、それを率いるのが土方歳三なのですからたまりません。

 もっとも、上巻の紹介の際にも述べましたが、本作においては、土方は主人公というより中心人物の一人といった立ち位置にあります。

 本作で大きくウェイトが置かれているのは、共和国側の庶民(に近い立場)の平山、新政府側の庶民の斎藤といった庶民――共和国と新政府の戦いにより、そしてガルトネルへの土地貸与により直接的に被害を受ける人々――視点であります。
 それに対し、あくまでも軍人であり、それも内地から転戦してきた土方は、よそ者に過ぎないと言えましょう。

 しかし土方には土方の、この陰謀を阻むべき理由があります。かつては平山たち同様の庶民であり、それ故に時として武士以上に武士たらんと振る舞う土方。
 そんな彼が戦い続ける理由は、ただ己の望む死を迎えることなのですが――しかし、それはあくまでも正々堂々と戦い抜いてこそ、であります。

 たとえその背後の陰謀を知らぬとはいえ、外国に土地を譲り、その金で戦いを続けるというのは彼の武士としての美意識に反する……その想いが、一歩間違えれば利敵行為ともいうべき作戦へと駆り立てるのであり――そしてもちろんフィクションとはいえ、実に「らしい」土方像として感じられるではありませんか。

 そしてまた、異国人による領土収奪の陰謀(さらにはそれによって起きる同じ日本人同士の争い)という、一歩間違えるとずいぶんと生臭い話になりかねぬ本作の物語に、そんな土方の立ち位置が、生き様が、独特の清々しさを与えているのが実にいいのであります。
(そしてその潔さが、彼のその後に繋がるという歴史の皮肉も……)


 これまで様々な作家により、様々な角度から描かれてきた箱館戦争に、ガルトネル事件という要素を加えることで、がらりとその趣を変え――それと同時に、箱館戦争とそこに戦った者たちの姿を新たな角度から描いてみせた本作。
 作者らしいユニークなアイディアと、職人芸的な物語展開に支えられた快作と言うべきでしょう。


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箱館売ります(下) - 土方歳三 蝦夷血風録 (中公文庫)


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