戸部新十郎『最後の忍び 忍者小説セレクション』 滅びと隣り合わせの忍者たち
戸部新十郎というと、『秘剣』シリーズのような剣豪もののイメージがありますが、大作『服部半蔵』や『忍法水滸伝』、研究書『忍者の履歴書』等、忍者ものでも活躍した作家であります。本作はそんな作者の忍者もの短編を集めたオリジナル作品集、戦国から幕末まで、様々な忍者の姿を描きます。
一口に忍者といってもその在り方は様々。(忍びにはあるまじきことではありますが)華々しく活躍して歴史に名を残した者もいれば、表舞台に出ることなく、ひっそりと消えていった者もいます。
本書に収録された全9編それぞれの主人公は、みな後者に当たる者ばかり。様々な歴史上の事件や有名人の陰で生き、戦い、散っていった者たちであります。
さて本書はそんな忍びたちが登場する作品を、舞台とする時代順に並べるという、なかなか心憎い構成の一冊。以下に簡単に収録作の内容を述べましょう。
『金剛鈴が鳴る』……家族を殺した風魔小太郎の一党に入り込んだ少年・藤五。しかし彼が見た小太郎は、北条幻庵の操り人形だった。
『玄妙・収気の忍』……家康の伊賀越えで、収気の術を用いて追っ手を倒した伊賀忍び。しかし生き延びた相手は意外な形で彼に迫る。
『身は錆刀』……二代目半蔵への謀反の首謀者として父が処刑された庄五郎。彼の前に現れた新たな組頭・大久保甚右衛門の真意とは。
『忍の道茫々』……本多正信に父の代から仕える八十助。智恵者で吝嗇で好色という、忍びの主人に適さないと言われる正信の素顔は。
『生死輪転』……二人の伝説的忍びに翻弄されるまま、里を出て、決戦迫る大坂城にある命を帯びて潜入した角内を待つ運命は。
『ずンと切支丹』……草笛を吹く他は己の意志を持たぬ才丸。島原の乱が迫る中、切支丹に雇われて凶行を繰り返す才丸だが。
『潜み猿』……平和な加賀前田家で、幼い頃から父に厳しい訓練を受けてきた織部は、思わぬ出来事から自分が潜み猿(草)だと知る。
『越ノ雪』……任務の末廃人と化した兄の後を継ぎ、銭屋五兵衛の抜け荷を探る矢介は五兵衛の大きさを知り、魅了されるが……
『かたしろの甍』……錦の御旗の前に惨敗した幕府軍。憤懣やるかたない矢五郎は、各地の草を糾合して薩摩に挑もうとするのだが。
以上、駆け足でありますが、本書が様々な時代、様々な事件を舞台とすることはご理解いただけるでしょう。
作者の短編は、ことさらに感情を煽り立てることのない、どこか硬質さのある静かな文体で語られながらも、しかし結末においてこちらの心を大きく揺さぶるというスタイルが多いのですが、本書に収録された作品はまさにそうした作品揃い。
忍びたちの生と死を淡々と描くこれらの作品には、ひどく苦くも、しかし決して不快ではない不思議な奥深い味わいがあります。
そんな本書の作品を振り返ってみれば、ほとんどの作品において、忍びたちが滅びと隣り合わせに存在していることに気づきます。
北条の尖兵として猛威を振るいながらも、主家が滅びれば盗賊に堕する他なかった風魔。徳川幕府の体制に組み込まれ、忍びとしての牙を抜かれた伊賀者。既に探る城もなく、商人の懐を探る太平の忍び。そして忍びという存在が単なるシンボルとなった幕末――
それぞれの時代において、彼らはそれぞれの姿で静かに滅びつつありました。
そしてそれは、収録作のほとんどの主人公が、経験の浅い若き忍びを――己の考えというものを持つに至らず、先達に導かれ、あるいは指嗾されるままに動くほかない者たちを主人公としていることと、無縁ではありますまい。
ただ人に操られ、消費されていく――滅んでいく忍びたち。
その姿は、単に忍びだけのものではなく、歴史に翻弄される者全てに共通するものである……というのは徒に主語を大きくしているだけかもしれませんが、作者の筆の描くところに、不思議な共感が生まれるのは間違いありますまい。
戸部新十郎ファン、忍者ものファンであれば是非読んでいただきたい本書ですが、ただ一つ残念なのは、収録作品の初出が記載されていないことでありましょう。
更なる作者の作品を求める者の道標として、そうしたデータは是非残していただきたかったものです。
『最後の忍び 忍者小説セレクション』(戸部新十郎 光文社文庫) Amazon

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